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221.「平和に関する論点整理」(10)


20160509ヒメシャガ1
  20160509ヒメシャガ2

 「平和に関する論点整理」は、Ⅸ(9)章になります。

Ⅸ.日米亜安全保障条約と念仏者の立場
 「日米安全保障条約(抑止力も含む)と自衛隊による安全保障政策によって戦後日本の平和が保証されてきたという考え方がある中で、そうした平和を享受しつつ安易に武器なき平和をとなえるのは、真俗二諦(しんぞくにたい)的な生き方になっているのではないでしょうか?」
 ・「真俗二諦」の使い方には注意が必要である。
 ・世俗権力に対して無批判な態度が、戦争への加担となった。
 ・軍事力に守られていながら、非戦平和を説くのは矛盾ではないか。
 ・矛盾を忘れて生きることと、矛盾を自覚して生きることは異なる。
 ・安易な現状肯定に陥らず、現実を相対化する生き方が求められる。


 今回の論点は、現実の国際情勢の中で我が国が日米安全保障条約による米国の軍事的な保護のもと、自衛隊という軍事力とによって平和を維持しているという現実と、殺生を禁じ、武力を否定する仏教の教えとをどのように整理するのかという問題です。

 「論点整理」の中で「真俗二諦」という言葉が取り上げられていて、「その使い方には注意が必要」だとされています。
 「論点整理」の本文でも説明されていますように、「真俗二諦」の本来の意味は、真如そのものを示すのが「真諦」、それを世間で理解されるように表現したものが「俗諦」だとされています。私たちの分別、認識を超えた存在である真如(真諦)を私たちに理解できるように仮に説きあらわされたものが俗諦であって、両者は根本では同一のものと考えられます。
 ところが、真宗にはこの「俗諦」を国王・王法(時代の権力、時代の法)と理解してきた歴史があると、「論点整理」で述べられています。このような解釈が、時代の権力、風潮を受け入れることは仏教の教えに背くことにはならない、という理論につながり、先の大戦においても戦争を肯定し、推進する背景となったとされています。
 宗門が置かれた厳しい環境があったことと思われますが、仏教の徹底した平和主義と現実の戦争遂行とは矛盾するものではない、とする「真俗二諦」の解釈が戦争を止めることではなく、戦争を容認し推進することにつながりました。

 そのことを踏まえて、軍事力によって支えられている平和というものの中にいる私たちは、どのようにして念仏者としての立場を維持していくことができるのでしょうか?あるいは、念仏者としてこの現実の中でどのように考え、行動することができるのでしょうか?
 このことを考えることこそが、この「論点整理」の最大の課題、最終の目的なのだと思います。

 「論点整理」でも示されているように、平和の問題に限らず、私たちは現実の生活の中で念仏者として矛盾を感じながら生きなければならないということはたくさんあります。
 例えば、私たちが生きていくためには多くの命を奪わなければなりません。そのことをいつも自覚して生きていくことと、そのことから目を背けて生きていくこととは全く違います。私たちの命が他の命を奪いながら維持されていることを常に思うことは、そのことに感謝の念を持ち、私たちの命の一瞬一瞬を大切に生き続けることにつながります。
 そのような自覚を持たない命は、他の命だけではなく結局自分の命をも粗末にしていることになります。

 「論点整理」では、現実の中で「矛盾を忘れて生きること」と「矛盾を常に背負っていることを自覚し生きていること」には大きな隔たりがあると述べられています。私たちが武力によって保たれている平和の中にあるという現実の矛盾を常に自覚していることによって、重要な局面で時代の大勢、時代の風潮に対して疑問を持ち、適切な行動をとることが可能になると考えられます。

 また、「論点整理」では、私たちが自己の中にこのような矛盾を抱えていることを自覚することにより、正義を振りかざし他者を攻撃することを避けることができ、他者を許容することにつながるという指摘もありました。
 このことこそ、矛盾を自覚した念仏者の行動が戦争を避けることにつながる姿だと思います。

 ここでも、以前取り上げました吉野弘さんの「祝婚歌」の次の一節が思い出されます。
 「互いに非難することがあっても 非難できる資格が自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい」
 「非難できる資格」とは、内部に矛盾を抱えた私自身の姿のことをいっているのだと改めて思います。

(写真は、ヒメシャガの花です。)

 昨年もご紹介したご門徒さんの志賀英治さんの奥さんが育てておられます。昨年は花期を少し外れていましたが、今年は満開の時期に遭うことができました。
 ヒメシャガ(姫射干または姫著莪)は同じアヤメ属のシャガよりも一回り小さな植物です。花色はシャガよりも濃いようで、シャガは常緑で葉は冬も枯れずに残りますが、ヒメシャガの葉は冬には枯れるという違いもあります。自生しているものは、環境省の準絶滅危惧種に指定されています。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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平和に関する記事、興味深く読ませていただいています。
ここで、疑問がわいてきました。
それは「人間は、何故、人間を相手にして戦うのか?」という疑問です。

動物も戦いますが、自分が生きるための必要最小限で終わります。テリトリーを広げて、世界制覇しようとするような戦いは、動物の世界には見られないようです。

人間は、世界を制覇しようとし、富を蓄えようとし、さまざまな理由で戦い、殺戮を繰り返しています。
人間は、人によって違いますが、いろいろな「欲望」に対して、コントロールできない人たちが世界中に存在するようです。

では、どのようにすれば、平和が実現できるのでしょうか?
ふと、教育の問題が頭に浮かんできました。
「人間は、欲望に対して負けてしまいやすく出来ている」ということを、子供の時から教育の中に入れ込み、欲望をコントロールすることを教えることが必要なのではないでしょうか。

宗教者から、教育者への働き掛けをして頂くと有り難いなと思います。
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