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219.長寿社会に思う


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 前回まで学んできたました「曇鸞讃」の中で、不老長生の仙術を身につけたとする曇鸞大師に対してインドから来ていた菩提流支三蔵が「カッ」と大地に唾を吐いてこれを否定し、『観無量寿経』を授けられて、これを読んだ曇鸞大師は仙術を記した仙経を焼き捨てられた、という場面が強く印象に残っています。

 先日ご報告しました上宇内地区の降誕会で、この逸話を取り上げてお話をしたこともあり、以下長寿社会について感じていることを記してみます。

 日本人の平均寿命は男性が80歳を超えて80.5歳、女性は86.8歳なのだそうです。これは女性が世界一、男性も6位、男女平均でも世界一、と日本は世界一の長寿国です。
 この平均寿命というのは、0歳の赤ちゃんが平均して生きられる期間(平均余命)を言いますので、例えば70歳の方の平均余命は男性で15.5歳、女性で19.8歳。ということは70歳の方は、平均して男性では85.5歳、女性では89.8歳まで生きることができるということになります。

 また健康寿命という考え方もあります。健康で自分一人で生活できる年齢のことで、全国平均で男性は70歳強、女性は73歳強となっているそうです。この健康寿命の算出方法がよく分からず、少し短すぎるような気もしますが、いずれにしても、平均余命と健康寿命の差は「健康でない」状態で生きている期間ということになりそうです。

 不老長生の術を身につけた曇鸞大師が「仏法の中に中国の仙経にも勝るほどの長生不死の法はあるのですか」と問われたのに対して菩提流支三蔵は次のように言われたと伝えられています。
 「これは異なことをおっしゃる。たとえ長寿を得ることができて、少しの間死なないですんでも、ついにはさらに輪廻するだけではないか」
 たとえ、寿命を伸ばすことができても、六道を迷い、煩悩に悩まされ、生死の不安にかられ、心の休まらない長寿になんの意味があるのか、たとえ自分一人で健康な生活を送ることができているにしても、本当に心の平安を得た状態で生きることができるのか、ということを菩提流支三蔵は問われたのだと思います。そのような状態のままの長寿は、苦しみの延長に過ぎないではないか、と示されたのです。

 先の、「健康でない」長生きの期間だけでなく、健康寿命の中でも身体の健康だけでなく、心の平安、心の健康を得ることがますます重要になってくると思われます。
 そのような課題にも宗教が重要な役割を果たすものと思います。

(写真は、寺の境内のシラン(紫蘭)です。鮮やかなピンクが緑の葉に映えます。)

 以前、秋吉台でこのシランが自生しているのに出合ったことがありました。「ほー、こんな所にも咲いているのか」と思ったのですが、よく考えてみるともともと野生のシランを庭に持ち込んで栽培しているのですから、野生の方が本家なのだと気づいて苦笑いでした。
 
(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
 
 
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