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195.お正信偈を読む(38):依釈段(15)/曇鸞讃(2)


20160208雪景色

 前回に続き曇鸞讃の2回目になります。

「御文」 三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦 (さんぞうるしじゅじょうきょう ぼんじょうせんぎょうきらくほう)

「訓読」 三蔵流支(さんぞうるし)、浄教(じょうきょう)を授けしかば、仙経(せんぎょう)を焚焼(ぼんじょう)して楽邦(らくほう)に帰(き)したまひき。

「訳文」 菩提流支三蔵から浄土の経典を授けられたので、仙経を焼き捨てて浄土の教えに帰依された。

 曇鸞大師は不老長寿を得るために北中国からはるばる南中国まで道教の第一人者の陶弘景を訪ねられ、道教の仙経を与えられて北中国五台山まで戻られました。

 その五台山への帰途のことです。
 大師が当時の都の洛陽に入られたときに、インドから渡って来られていた仏教の学者の菩提流支(ぼだいるし)三蔵がお経の翻訳をされていました。
 大師はこの三蔵に会われ「仏法の中に長生不死を説くこと、この仙経に勝れたるものがあるか」と問われました。
 これに対して、三蔵はカッと大地に唾を吐いて次のように言われたと伝えられています。「この国の仙経に説く長生不死の法は、真の長生不死の法ではない。必ず遠からず死んで流転の苦悩を承けねばならぬ。もし真の永世の道が知りたくばこれを見られよ」と言われ、大師に『観無量寿経』を授けられました。
 大師はこの経を拝読して、たちまちにこれまで大事に持っていた「仙経」を焼き捨てて、浄土の教えに帰依されたと伝えられています。

 三蔵は、例え長生の仙術によって命を長らえたとしても、生死のはざまを迷い続けるだけであって、根本苦としての生死を超えることはできない、ということを示され、大師はただちにそのことを悟られ、翻然として浄土のみ教えに帰依されました。

 日本はかつて経験したことがない長寿社会になっていますが、単なる長寿社会の進展は上記の仙術によって命を長らえることに当たるのかもしれません。生老病死の苦を解決できないまま物理的な命だけが長くなっていく、そんな姿も見えるような気がします。

 全く私事になりますが、いつ頃だったのでしょうか、私はこの「三蔵流支授浄教」のところ、内容はわからないもののルーシーさんという人の話なのだと思い込んでいた時がありました。子供のころに「ルーシーショー」という番組がありましたが、その影響だったのかもしれません。今でも、お経がこの部分に来るとそのことを思い出します。

(写真は、昨日の朝の雪景色です)
 寺の周辺には雪が積もったのですが、自動車の屋根に雪を載せて車で10分ほどの吉部まで降りるとそこではほとんど積もっていませんでした。きっちり高低によって降りわけています。
 前のデジタルカメラが調子が悪くなり、新しいカメラに変えて最初の写真です。前のは2002年に買ったものですから、それから随分と進化したというか、複雑になっています。ぼちぼち使い方を調べてみましょう。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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