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188.お正信偈を読む(36):依釈段(13)/天親讃(7)


20160115六甲山氷漠

 今回は、親鸞聖人が天親菩薩を讃嘆された天親讃の最後の2句になります。

「御文」 遊煩悩林現神通 入生死薗示応化(ゆうぼんのうりんげんじんずう にゅうしょうじおんじおうげ)

「訓読」 煩悩(ぼんのう)の林に遊んで神通(じんずう)を現(げん)じ、生死(しょうじ)の薗(その)に入りて応化(おうげ)を示すといへり。

「訳文」 (天親菩薩は)さらに迷いの世界に還り、神通力をあらわして自在に衆生を救うことができる」と述べられた。
 
 前の2回で、天親菩薩は、信心を得ることができた者は次の2つの利益を得ることができる、とお示しいただいたことを学びました。
 ○この世で菩薩の仲間入りができる
 ○浄土に生まれるとただちに仏になれる

 今回の2句は、先に学びました「五念門」、「五果門」とのかかわりでいえば、第五の「回向門」(自己の功徳のすべてを衆生にふりむけて、ともに浄土に生まれたいと願う)とその結果としての第五の「園林遊戯地門」(本願力の回向によって、浄土に往生しさとりを開いて仏となった後に迷いの世界に還って他の衆生を救うことができる)が述べられています。

 この御文の中の「煩悩の林」も「生死の園」もともに迷いの世界を示しています。
 私たちは、信心をいただいて浄土に往生し仏となった後には、他の衆生を救う働きをさせていただくのだと、お示しいただいています。
 これが他力の信心をいただいた者が受けることができる、3番目の利益ということになります。

 ただ、私は「迷いの世界に還って」という言葉は、「浄土から霊魂のようなものが還ってくる」というような印象を与えかねないなあ、と感じて、そのことをうまく表現できずにいます。
 「往生を遂げ仏となられた方々の願いが、阿弥陀如来の願いと同じようにこの世に残された私たちに届いていただく」といった感覚でお伝えできればいいなあ、と思っています。
 
(写真は、氷結した六甲山の「七曲の滝」です。)
 2010年1月16日に撮影したものです。最近はこの「氷漠」もなかなか目にするのが難しくなっているようです。
(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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