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182.お取越しをお勤めしました


20151225焼野海岸

 11月末からお取越し(ご門徒さんのご家庭でお勤めする報恩講です。本山の御正忌報恩講に先立って、取越してお勤めすることから「お取越し」と呼ばれています)のお勤めにご家庭に伺っていましたが、先日予定を終了しました。

 11月30日の記事で11月16日に急逝されたご門徒さんのことを書きましたが、その約1か月後の12月13日にもう一人のご門徒さんが突然おなくなりになりました。

 このお二人は年齢も1歳違いで親友といえる仲のよい間柄だったそうです。先に亡くなられた方をAさん、後に亡くなられた方をBさんと仮にお呼びすることにしますが、お二人はよくお酒を一緒に飲んで話するのが好きだったそうです。その後お二人は決まってそれぞれのご家族にその楽しかった話をされていたということです。
 Bさんは、農作業などでは指導役だったようで、草の刈り方から始まり、畑の耕作、柚子の栽培とAさんにアドバイスしておられたようです。

 そんなAさんが亡くなられて、Bさんは随分気落ちされていたのだそうです。
 Aさんが亡くなられてしばらくして、Bさんは柚子と柿を携えて、Aさんの奥さんを訪ねられたことがあったということです。Aさんが育てていた柚子だけど放っておいたら猿に持っていかれるから持ってきたよ・・と言って奥さんに渡されたのだそうです。

 このお話を奥さんからお聞きして(まだBさんが亡くなる前にです)、Bさんのやさしさを改めて感じたことを覚えています。
 Bさんは、かつては総代さんとして寺を支えていただきました。またその後、総代を降りられてからも、総代さんにお願いしている草刈などの作業にはいつも参加していただいていました。
 Bさんが持っておられた動力付きのブロワーは落ち葉や刈った草を動かすのに力を発揮していて、いつもお礼を言っていました。すると、Bさんはにこにこ笑顔で「いやあ、好きで来とるんですけえ・・」というようなことを言っておられました。
 Bさんのご家族にお聞きすると、Bさんはこの草刈を本当に楽しみにしておられたのだそうです。みんなに会えるのが楽しみだったのだそうです。

 その後、Bさんは亡くなられる少し前に、筍を持って再びAさんの奥さんを訪ねられたということです。今の時期ですから筍そのものは非常に珍しいもので、どこか限られた場所で採れたのだとBさんは言っておられたそうですが、とてもおいしい筍だったと奥さんは言っておられました。
 その時、Bさんはやはり元気がないように見受けられて、奥さんは気がかりだったそうです。

 今年のお取越しにBさんのお宅に伺った時には、Bさんは所要でおられずにお会いできませんでした。でもその後、Bさんが亡くなる2,3日前でしたが、Bさんのお宅の前を車で通った時に、少し離れた場所におられるBさんの姿を見かけました。それで車を止めて車の中からですが会釈をして手を振りました。Bさんも気づいていつもの笑顔で挨拶されました。
 それがBさんを見かけた最後になってしまいました。あの時一言でも声をかけて、話ができていたら・・・と今でも残念に思っています。

 Aさんの時もそうでしたが、お二人ともあんなにいい笑顔をしておられたのに、もうその笑顔を見ることができなくなったのです。
 Bさんのお宅の周辺には、今では耕作する人がいなくなったり、離れて行かれたり(Aさんもそうなんですが)した田や畑があります。これまではBさんが黙々と草刈をしておられたのだそうですが、もうその作業をする人もいなくなりそうです。

 「死と生は紙の裏表」と法座でお聞きした言葉が再び実感となりました。

(写真は、山陽小野田市の焼野海岸の夕焼けです)
 新聞「壽福寺だより」をお配りする途中にたまたま通りかかりました。この海岸から眺める夕日は雄大です。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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