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172.お正信偈を読む(30):依釈段(7)/天親讃(1)

20151120天親菩薩  

「御文」 天親菩薩造論説 (てんじんぼさつぞうろんせつ)

「訓読」 天親菩薩(てんじんぼさつ)『論』を造りて説(と)かく、

「訳文」 天親菩薩は『浄土論』を著して説かれた、

 「お正信偈を読む」の「依釈段」は今回から、七高僧の第二祖天親菩薩を讃えられた「天親讃」の6行12句に入ります。

 天親菩薩は、お釈迦さまが入滅されてから約900年後、5世紀にガンダーラ国の現在のペシャワールに誕生になられた方です。
 3人兄弟の第二子だったそうで、はじめは部派仏教の一派である説一切有部で出家され、大乗仏教を批判する立場で著述をされていたと伝えられています。
 その後菩薩は、大乗仏教を非難する弟を心配した兄の忠告、戒めにより大乗仏教に転じられ、多くの経論を著されました。

 その多くの著述から天親菩薩は千部の論師と呼ばれましたが、浄土真宗で「正依の聖教」とされているものは『浄土論』(『往生論』とも呼ばれます)という書です。
 この『浄土論』は、その注釈書である曇鸞大師の『往生論註』を通して、その後の浄土教の思想に大きな影響を与えたとされています。そのことから親鸞聖人は天親菩薩を七高僧のお一人として尊崇されました。

 天親菩薩が大乗仏教に転じられた経緯について次のようなことが伝えられています。
 先にも書きましたように兄(無着というお名前でした)は弟のことを心配し、「重病だから来るように」と使いを出されたそうです。心配して駆けつけた弟の天親に「お前はお釈迦さまのみ教えを誤って解釈している、私はそのことが心配で心の病にかかっている」と諭されます。
 この兄の言葉に天親菩薩は深く反省され、大切な教えを非難してきた自分の行動を悔やみ舌をかみ切ろうとされました。兄はこの弟に「舌をかみ切ったとしてもその罪は消えるものではない。その舌を正しく使うことがお前の道だ」と諭されたと伝えられています。

 上記のように「千部の論師」と呼ばれた天親菩薩は、大乗仏教に帰依されるまでにも多くの書を著され、後の仏教に大きな影響を残されました。日本で「南都六宗」と呼ばれる諸宗の、俱舎宗や法相宗の基礎をつくられた方ともされています。

(写真は寺の天親菩薩の御影です)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

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