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171.連続研修会(3)

20151116研修会

 11月14日に、光安寺さんを会場に第3回目の宇部北組連続研修会が開催されました。

 今回のテーマは「葬儀」でした。

 最初に、講師の養福寺の津室住職から「葬儀について」という題で問題提起をいただきました。
 講師からは、仏教の日本伝来以来の葬儀と仏教の関わり、死生観の変遷についての説明の後に、現代の葬儀の特徴についての情報提供がありました。
 最近では新しい形態の葬儀として、家族葬(身内だけで行われる葬儀)、直葬(通夜や葬儀を行わずに火葬するもの。東京では20%がこの形だという報告がありました)、無宗教葬などの多様な形がとられており、遺骨の取扱いも自然葬(樹木葬や海洋葬など)があったり、宅配便で納骨を受け付ける寺院が登場したり、はては宇宙葬なるものまで登場しているのだそうです。

 このような葬儀の「多様化」の背景として、価値観(葬儀というものの受け止め方)の多様化や高齢者所帯の増加、地域社会の崩壊、家族・親戚関係の希薄化などがあり、葬儀費用の増高というものも大きな要因になっていると説明がありました。

 浄土真宗では、「葬儀は、故人に対する追善回向の仏事や、単なる告別の式ではなく、遺族・知友があいつどい、個人を追慕しならがら、人生無常のことわりを聞法して、仏縁を深める報謝の仏事」とされています。

 葬儀は、私たちの生というものが実にはかなくもろいものであること、生と死とは紙の裏表のように不可分のものであることを改めて思い返す大切な機会だということです。そしてそのような危うい存在である私たちをいつも見守っていただき、私たちが死に向かうときには間違いなく救いとると仰っていただいている阿弥陀如来のことを思い、そのご恩に報謝するという大切なご縁でもあるのです。

 このように考えるとき、「葬儀の多様化」というのは、現在行われているような過剰な飾りつけの中で流れ作業的に行われる葬儀に対して問題が提起されているという一面もあるのかもしれません。
 印象に残った葬儀というものを思い返してみると、住み慣れたご自宅で行われたもので、ご家族・親戚や親しかった友人、近所の方々に見送られた葬儀が多かったように思います。

 大切な方の死を通して私たちの生のことを考え、阿弥陀如来のご恩に報謝するという葬儀の本来の姿を現在の環境変化の中で実現するためにどうしたらよいのだろうかと思いながら、研修に参加させていただきました。

(写真は、講師による問題提起の様子です)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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