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163.お正信偈を読む(26):依釈段(3)/龍樹讃(2)

20151019龍谷会龍谷会2  20151019龍谷会3

「御文」 悉能摧破有無見         (しつのうざいはうむけん)
     宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽 (せんぜつだいじょうむじょうほう しょうかんぎじしょうあんらく)

「訓読」 ことごとくよく有無の見(けん)を摧破(さいは)せん。
     大乗無上の法を宣説(せんぜつ)し、歓喜地(かんぎじ)を証(しょう)して安楽に生(しょう)ぜんと。

「訳文」 有無の邪見をすべて打ち破り、
     尊い大乗の法を説き、歓喜地の位に至って、阿弥陀仏の浄土に往生するだろう」
     と仰せになった。

 前回お釈迦さまが龍樹菩薩がこの世にお生まれになることを予言されたところの続きになります。本日の3句までがお釈迦さまが仰られた内容です。

 お釈迦さまは、まず龍樹菩薩は「有無の邪見を打ち破り」と言われます。これはお釈迦さまが明らかにされた法(真理)「全てのものは因と縁によって生じ、また滅し、変化する」に対して、永遠不変の実体があるとしてそのことに執着する見方(有の見)と全てのものは無(虚無)であるとしてそれに執着する見方(無の見)(=有無の邪見)のいずれも排する立場を言います。
 龍樹菩薩はこの両極端に偏した見方を排して、「中道」に立つことを説かれました。「レッツ正信偈」ではこれを「有無を言わせない」教えだと表現されていました。

 龍樹菩薩はこのように、有と無のいずれにも偏らない見方を示されたのですが、さらに進んで「空(くう)」の思想を打ちたてられたと伺いました。
 この「空」という言葉は難しい言葉なのですが、『浄土真宗辞典』では次のように述べられています。
 「もろもろの事象は、因縁によって仮に和合しているのであって、固定的な実体(自性)はないことをいう。」
 この固定的な実体のないものについて、「有」や「無」として認識(誤認)しそれに捉えられているというのが私たちの姿だと示していただいたのだと思います。

 次いでお釈迦さまは、龍樹菩薩は大乗の法を説き、歓喜地に至って、阿弥陀仏の浄土に往生するだろう、と予言されます。
 以前にも学びましたが、「大乗」は「大きな乗り物」の意味で、一切の衆生を救済するというお釈迦さまのみ教えを受け継ぐ立場です。「歓喜地」とは、菩薩の修行の段階(52位)の第41位に当たり、この位に達すれば真如をさとり後戻りすることがない境地だと伺いました。

 龍樹菩薩という方は色々な文書にお名前が登場される方なのですが、その一方で確実な伝記が伝えられていない方のようです。現代では、前回学びましたように南インドご出身の紀元150年~250年頃の方だとする学説が有力になっているようです。
 多くの著書を著され、インドはもとより中国やチベットにも大きな影響を与えられた方で、その思想は広く諸宗の基盤となっていることから、日本では「八宗の祖師」とお呼びしている方でもあります。
 親鸞聖人は、龍樹菩薩をお釈迦さまからみ教えを伝えられた高僧の中の第一祖とされました。

(写真は、大谷本廟で営まれた龍谷会での庭儀の様子です)
 龍谷会は、毎年10月15、16日の両日大谷本廟で営まれる報恩講で、15日にお参りすることができました。
 庭儀は法要が行われる場所まで行列を編成して進む作法で、当日は導師である即如前ご門主を中心に集会所(しゅうえしょ)から明著堂(めいちょどう)まで雅楽が奏される中、行列が進みました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

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