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162.前進座公演「如月の華」

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 10月13日に山口市民会館で催された、前進座の公演「如月の華ー九條武子ものがたりー」を観賞してきました。

 九條武子夫人は、明治20年に本願寺第21代門主の明如上人の次女としてお生まれになり、与謝野晶子、柳原白蓮とともに大正時代の三大女流歌人と謳われた方です。
 また、仏教婦人会の設立に関わられ、女性の地位向上、女子大学(現京都女子大学)の設立にご尽力されました。
 大正12年の関東大震災ではご自身も被災されながら被災者の救護活動に身を挺して当たられました。震災後も診療施設「あそか病院」や保護少女教育感化施設「六華園(りっかえん)」を設立されるなど社会活動にご尽力されていましたが、このような激務が原因で病を得られ昭和3年2月7日42歳の若さでご往生されました。
 毎年ご命日の2月7日には本願寺で仏教婦人会総連盟が「如月忌」を営み、ご遺徳をお偲びしています。

 今回の公演は、武子夫人90回忌に先立ち浄土真宗本願寺派、本願寺派仏教婦人会総連盟の後援により全国で行われているものです。
 当日はその山口公演に当たるものですが、会場の山口市民会館の大ホールがほぼ満席となるほどの来場者でした。

 劇の前半では、武子夫人の活発な少女時代、義理の姉に当たられる大谷籌子(かずこ:「かず」という字は見えにくいですが竹かんむりに「壽」です。武子夫人の兄、鏡如ご門主夫人です。)様や歌人の柳原白蓮との交流の様子や、本願寺が迎えた困難な状況などが描かれ、そして関東大震災に遭遇されます。
 震災ではご自身も命の危機に遭われるのですが、一人の老人が現れ「そなたにはまだやるべきことがあろう」という言葉とともに差し出された手により救われるという印象深い場面がありました。
 このようにして九死に一生を得られた夫人は、震災の直後に設置された本願寺震災救護班に医療を求めてやってくる人々の診療を助け、たくさんの孤児の世話をされました。
 その最期は、病院のベッドで生母、夫、実の兄(真宗木部派のご門主)、宗門や仏教婦人会の人びとそれに震災の中で助けられた多くの人びとが称える「南無阿弥陀仏」の唱和の中で短い生涯を閉じられました。

 写真をお借りした公演のパンフレットに武子夫人の歌として紹介されている歌を記しておきます。

  「おほいなる もののちからにひかれゆく わがあしあとの おぼつかなしや」

 この歌を刻んだ歌碑が東京の築地本願寺の境内にあるということです。

(写真は舞台と会場の様子です。舞台の撮影ができませんでしたので、パンフレットからお借りしました。)
 

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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