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138.終戦70年「平和のつどい」

20150724ピアノ  20150721高橋氏

 7月21日山口別院で、終戦70年「平和のつどい」、が開催され、総代の井上さん、坊守と3名で参加しました。
 このつどいは、御同朋の社会をめさす運動山口教区委員会が主催されたもので、当日は追悼法要の後に講演会、被爆ピアノによるコンサートが行われました。

 追悼法要では、阿弥陀経を拝読するなか参拝者一同は戦没者を追悼して焼香を行いました。

 続く講演会では、講師に高橋哲哉氏をお迎えし「靖国神社について考える」という演題でお話を伺いました。

 高橋氏からは、靖国神社が現在問題となっている状況を、外交および政教分離の観点からお話しいただきました。靖国神社が、宗教施設というよりは軍あるいは国の施設として戦意高揚に利用された歴史を説明いただきました。
 国のために命を落とされた方をどのようにして追悼するのか、その中で「二度と戦争をしない」という決意をどのように表現するのかという重い課題を改めて実感しました。

 続く被爆ピアノによるコンサートは、古いピアノを再生し福祉施設などに寄贈する活動をされている矢川光則さんと、ピアニストの大下由紀江さん、ソプラノの大島久美子さんによる演奏会でした。

 広島や長崎で被爆したピアノを再生した「被爆ピアノ」は全国で10台ほどあるのだそうですが、当日演奏されたピアノは昨年矢川さんに託されたものなのだそうです。被爆したこのピアノにはガラスの破片がたくさん突き刺さって、赤土がこびりついたものだったそうですが、矢川さんはこれを可能な限り元の姿を残しながら再生され、鍵盤も滑らかに動くようになったということです。
 この3人の方は全国を回って演奏を行い、戦争や原子爆弾の悲惨さ、非人間性を訴える活動を続けておられます。

 演奏会では、「原爆許すまじ」から「死んだ男の残したものは」、「さとうきび畑」や組曲「原爆ドーム」などの曲を聴きました。
 いずれも戦争の悲惨さを伝える曲なのですが、その曲が被爆から再生されたピアノで演奏されているということに、一つの光明を見出すことができるような感銘も受けました。
 「死んだ男の残したものは」の5番、6番の歌詞は次のようになっています。多くの人々の犠牲の上に私たちの今日があること、これを大切に生きていかなければならないことを改めて思いました。
 「死んだ彼らの残したものは、生きてるわたし生きてるあなた、他には誰も残っていない、他には誰も残っていない
  死んだ歴史の残したものは、輝く今日とまた来るあした、他には何も残っていない、他には何も残っていない」

 開会の挨拶の中で、専如新ご門主の「法統継承に際しての消息」の中の次のお言葉が紹介されていました。
 「時代の常識を無批判に受け入れることがないよう、また苦渋の選択が必要となる社会が到来しないよう、注意深く見極めていく必要があります。」
 安保法制の議論の中で、現在の国際情勢、国内情勢を前提にしてどのようしにて国民の安全を守っていくのかということが論じられています。高橋氏が講演の中で言っておられた「Point of No Return」(引き返すことができなくなるポイント)、この地点にまで踏み込んではいけない、苦渋の選択を突きつけられる事態にならないために今どのような選択が必要なのか、と改めて考えさせられます。

(写真は、当日演奏された「被爆ピアノ」と講演中の高橋哲哉氏です。)

 ピアノの白鍵は象牙製で被爆当時のものが使われているのだそうです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
 
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