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132.ご紹介します(6):「馬関でまっちょるそ」

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 今日は、「馬関でまっちょるそ」という本をご紹介します。

 著者は平井優子さんという福岡県春日市在住の方ですが、平井さんの祖父にあたる山本瑳企(たまき)さんという方が吉部の長谷のご出身で、山本家はかつては壽福寺のご門徒さんでした。

 「馬関でまっちょるそ」はこの山本瑳企さんを中心にした山本家の方々の実録なのですが、実際に一緒に暮らした経験や、直接接した人から聞かれたことが文章にされていて、登場人物の息遣いが感じられるような本でした。

 山本瑳企さんは、明治29年(1896年)旧厚狭郡吉部村(現宇部市西吉部)で誕生、上京し苦学しながら大学に進学されたのですが在学中に召集を受けました。第一次大戦終戦後は台湾に渡り公務員として勤務、その後醤油の粉末化の研究に着手しその技術を確立されました。
 醤油の粉末化というのは、運搬に負担が大きい液体の醤油を粉末化することにより、戦地でも「日本の味」を味わうことができるという画期的な技術で、この技術の活用により兵士は戦場でもふるさとの味にひと時心の安らぎを得ることができたと思います。
 終戦後、引退を考えていた瑳企さんは請われて防府での会社経営に関わるのですが、その会社は倒産することになります。そのような中でも、瑳企さんは新しい商品の研究開発に尽力され、ついには負債も完済されたのです。

 瑳企さんは唱和63年(1988年)に91歳でご往生されました。
 瑳企さんのご生涯を見ていますと、「世のため、人のため」という言葉がすべてを表しているように思います。戦場でも日本の味を味わってもらいたいと粉末醤油を開発し、戦後の引揚者を雇用しようと会社を経営し、請われれば技術を指導し、経営にかかわるという行動がそのことを如実に表しています。

 この著書を読んでいて感銘を受けましたのは、ご家族はもちろん、友人や瑳企さんを取り巻く方々が瑳企さんに対して抱かれていた尊敬の念、親しみの気持ちです。もちろんこんな瑳企さんの好意を利用しようと近づいてきた人々がいたことも書かれていますが・・・特に著者の母の瑛子さん(瑳企さんの長女)が娘さんの優子さんに語られた瑳企さんの姿は生き生きとしていて、この本の魅力となっています。

 本題とは外れますが、本の中で印象に残ったことを二つ、
  戦時下では各家庭で自家用の防空壕を作ったのですが、家族の力量で立派な防空壕になったり、そうでないものができたりしたのだそうです。立派な防空壕ができた家にはみんなが「見学」に行ったのだそうですが、苦しい戦時下の記事の中でにこりとさせられるエピソードに感じました。

 もう一つ、「粉末醤油ー陸軍と海軍編」と瑳企さん自身が記されたメモで、粉末醤油を戦地で役立ててもらいたいと訪問したときの陸軍と海軍の反応を記しておられます。両者の(体質の)違いを端的に表しているなあ、と思いながら読みました。
  陸軍「兵隊に食わせるのだからどんなに安い物でも良い」
  海軍「兵隊に食わせるのだからどんなに高い物でも良い」

 去る6月19日、優子さんが吉部を訪ねられ、壽福寺にもおいでいただきました。
 長谷の山本家の家屋はもう残っておらず場所もはっきりしなかったのですが、短時間でしたが長谷の地を見ていただくことができました。

(写真は、その「馬関でまっちょるそ」です。)

 『「益っさん」がきた!』と帯にありますが、幕末明治の元勲、大村益次郎氏は瑳企さんの母方の親戚に当たり、「益っさん」と呼ばれて親しく行き来があったということです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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