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123.お釈迦さま(5)

20150601涅槃堂1s   20150601仏教遺跡3

 梵天の強い勧めを受けて、お釈迦さまはご自身が得られたさとりの内容について説くことを決心されました。

 お釈迦さまは、まず一緒に修行していた5人の比丘(びく:出家者のことです)に法を説こうと考えられました。この5人はお釈迦さまが出家された際に父王が警護の意味もあって付き添わさせた人で、その後お釈迦さまが苦行を捨てられたのを見て修行を放棄されたのだと考えてお釈迦さまのもとを去っていました。

 お釈迦さまはこの5人の比丘が住んでいる鹿野苑(ろくやおん)という場所に向かい、5人に対して初めてさとりの内容について説かれました。これを「初転法輪(しょてんぽうりん)」とお呼びしています。
 5人の比丘ははじめは、「修行を捨てた」とお釈迦さまを蔑んでいましたが、説法を聞くうちにお釈迦さまが説かれている内容がこの上なく尊い真理だということに気づき、5人はお釈迦さまの教化を受けた最初のお弟子となりました。

 お釈迦さまがこの5人の比丘を教化したことによって、仏(仏陀)、法(教法)、僧(信者)の三者(三宝)が備わり、仏教教団が成立したとされています。

 初転法輪の後、お釈迦さまはその後の45年間をご生涯を通して、相手をいとうこともなく時も所も嫌うことなく人びとの教化に努められました。
 その教化の範囲はガンジス川の中流域をカバーする広範な地域にわたり、雨期を除いてこの各地を巡って教化を進められたと伝えられています。
 またこの間、各地の王侯や有力者などが精舎と呼ばれる施設をお釈迦さまとお弟子に寄進され、ここが教化、布教の拠点となったとされています。マガダ国王のビンビサーラが寄進した竹林精舎、シュラバスティーの祇園精舎や、アームラパーリーという遊女が寄進したマンゴー林などが知られています。

 お釈迦さまがお示しになられた真理(法)については別途学んでいきたいと思っていますが、お釈迦さまが法を説かれるその説法は「対機説法、応病与薬」と呼ばれています。お釈迦さまは、相手の悩みの内容、理解度に応じて法を説くということを徹底して実行されたと伝えられます。
 このような説法により、お釈迦さまは王侯貴族から一般の民衆までを含む幅広い人びとに真理をお伝えになられ、それが受け入れられ、多くの信者がお釈迦さまのもとに集まりました。

 お釈迦さまは、45年の布教活動の後クシナガラの地で沙羅双樹のもとで静かに入滅されました。80歳のお年でした。
 次の言葉がお釈迦さまが残された言葉として伝えられています。
 「自らを灯とし、他を灯とするなかれ、自らに帰依し、法に帰依し、他に帰依するなかれ」

(写真はお釈迦さま入滅の地クシナガラに建てられている「涅槃堂」のお釈迦さまの像です)

 切手は前回ご紹介したシリーズの1枚で、同じクシナガラにあります「荼毘塚」と呼ばれている遺跡を描いたものです。お釈迦さまのご遺体はここで荼毘に付されたと伝えられています。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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