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122.お釈迦さま(4)

 20150529ボダイジュ  20150529ボダイジュ2 

  心の平安を求めて29歳で王子の地位と家族を捨てて出家されたお釈迦さまは、最初に名高い修定者のもとで修行を重ねられましたが満足を得ることができず、その後苦行の道に入られました。
 そこでの命がけの苦行にもかかわらず真のさとりを得ることができなかったお釈迦さまは、苦行の場を離れて村娘のスジャータの差し出す乳粥を口にされました。

 元気を回復されたお釈迦さまは、ガヤーという村のピッパラという樹木の下に静座し瞑想に入られました。「今、悟りを得なければ生きてこの座を立たない」という決意を込められたと伝えられています。

 お釈迦さまが菩提樹のもとで瞑想を続けておられたときに悪魔が近づいてきてお釈迦さまの瞑想を妨害をしようとしたというお話が伝えられています。
 悪魔は時には甘くささやき、時には強く襲いかかりお釈迦さまの瞑想を邪魔立てします。
 この「悪魔」は、外界に存在するものではなく、自身のうちにひそんでいる煩悩のことを表しているのだと教えていただいたことがあります。真理を求める望みが強ければ強いほど、この「悪魔」の妨害も強くなると伺いました。

 お釈迦さまはこの「悪魔」との壮絶な戦いの後、ついにさとりを得られました。35歳の12月8日だったと伝えられていますので、王子の身分を捨てて出家されてから6年を経ていました。

 お釈迦さまはさとりを得られた後、しばらくはその場に坐したままさとりの楽しみを味わっておられました。
 また、さとりの内容を人びとに語り伝えるべきかどうか、ということについても思いを巡らせておられたということです。このさとりについて語ったとしても、人びとはその境地を理解できないのではないかと、衆生に語ることをためらっておられたと伝えられています。
 しかしその場に梵天(インドの神様で仏教の守護神ともされます)があらわれ、お釈迦さまにさとりの内容を衆生に説くように繰り返し請いました。(「梵天勧請:かんじょう」とお呼びしています)

 お釈迦さまはこの梵天の強い勧めを受けて、ついにご自身が得られたさとりの内容について人びとに説くことを決意されました。
 こうして、お釈迦さまによって明らかにされた真理が人びとに語られることになり、その結果、遠く時間と空間を隔てた私たちもお釈迦さまが得られた真理をお受けすることができることになりました。

(写真は、お釈迦さまがそのもとで瞑想されさとりを開かれたピッパラ樹で、ブッダガヤの「大菩提寺(マハーボーディー寺院)」にあります)

 お釈迦さまが瞑想をされさとりを開かれた場所は「金剛座」と呼ばれています。
 1997年にはインドからその金剛座を描いた右の切手が発行されました。この切手は、インドで開催されたINDEPEXという国際切手展を記念して発行された4枚セットのひとつですが、他の3枚にもインドの仏教遺跡が描かれています。
 現在のインドは圧倒的なヒンズー教国で国民の80%近くがヒンズー教徒、仏教徒は1%にも満たないと言われています。そのような環境でインドの仏教遺跡は荒廃していたのですが、近年整備が進められているようです。
 
 お釈迦さまがさとりを開かれたことにちなんで、ガヤーの地はブッダガヤ、ピッパラ樹は菩提樹と呼ばれるようになりました。
 日本の寺院にもボダイジュが植えられていますが、インドの菩提樹(クワ科のインドボダイジュ)とは別のシナノキ科のボダイジュです。インドのボダイジュは日本の気候では育たないところから葉の形が似ているボダイジュが代わりに植えられているようです。こちらは、シューベルトの「菩提樹」に近縁のボダイジュです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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