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103.お釈迦さま(2)


    20150323釈尊誕生地4   20150323釈尊誕生地5

 今回はお釈迦さまのご生涯をたどる第2回目です。

 釈迦族の王子として誕生されたお釈迦さまは、生後7日にして母のマーヤー夫人を亡くされ叔母のマハープラジャパティーに育てられました。
 若きお釈迦さまは、父王シュッドーダナの期待と慈愛を一身に集められて成長されました。将来の王にふさわしい文武諸芸を学ばれ聡明な王子に成長されるのですが、その一方で、鋭敏な感受性と思索性も深められて瞑想にふけることも多かったとも伝えられています。
 父王はそのようなお釈迦さまを心配されて、妃を迎えさせられ、三季に適した宮殿を設けて歓楽生活をすすめてその憂いを晴らそうとつとめられたそうです。

 お釈迦さまは子供にも恵まれ、外から見るとなに一つ不自由のない生活を送っておられたのですが、ご自身は本当の幸福とは何なのかと悩み続けられました。
 そして、ついに妻子や社会的な地位、名誉を捨てて、城を出られ出家の道を選ばれました。29歳の時だったと伝えられます。

 お釈迦さまの苦悩や出家につながる逸話として次のようなことが伝わっています。

 (樹下の静観)
  お釈迦さまがまだ幼少の頃と伝えられていますが、畑で掘り出された土の中の虫を見ておられると、一羽の鳥が飛んできてその虫をくわえて飛び去ったということがあったそうです。お釈迦さまは、強いものが弱いものを痛めつけるこの世の姿に心を痛められて、一人樹下に思い沈み、長時間静坐されたということです。

 (四門出遊)
  お釈迦さまが郊外に出ようとされた時に次のようなことがあったと伝えられています。
  東門に差しかかったところ、老人が杖にすがって歩いているのに遭われました。
  南門に差しかかったところ、今度は病に倒れている人に遭われました。
  西門に差しかかったところ、葬式の列に遭われました。
  これらのことからお釈迦さまは、今は若く、健康で、満足した生活を送っている自分も、いずれは老い、病み、そして命を終える存在なのだと深く気づかされました。
  そして、最後の北門に差しかかったところ、一人の出家者に出逢われたということです。お釈迦さまはその出家者の威厳のある態度と穏やかな様子に感動し、これこそが自分の進む道だと確信されたと伝えられています。

(写真は、お釈迦さまのおられたカピラ城跡と伝えられるティラウラコットの周辺の風景です)
 
 左の写真は遺跡のすぐ前にあった民家です。背の高い植物はトウゴマという植物で、日本ではせいぜい背丈くらいにしかなりませんが、インドでは各地でこのように高く成長した姿を目にしました。トウゴマの種子から採られる油は、ひまし油として広く使われています。この油は古くから利用されていたそうで、インドでも紀元前2000年には灯明用あるいは便秘薬として使われたという記録があるそうです。
 右の写真は、城壁の向こうをゆっくりと過ぎていく羊の群れです。
 お釈迦さまの当時もこのような光景があったのではないか、と思いながら眺めていました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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