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94.お正信偈を読む(14):依経段(10)

 
20150220釈尊像

 しばらく間があきましたが、「お正信偈を読む」は「依経段」の続きです。
 今日から依経段の後半部分、「釈迦賛」と呼ばれている12行24句に入ります。この部分で聖人は阿弥陀如来のみ教えを伝えていただいた釈迦如来(お釈迦さま)を讃えられています。

「御文」 如来所以興出世 唯説弥陀本願海 (にょらいしょいこうしゅっせ ゆいせつみだほんがんかい)
「訓読」 如来、世に興出(こうしゅつ)したまふゆゑは、ただ弥陀の本願海(ほんがんかい)を説(と)かんとなり。
「訳文」 如来が世に出られるのは、ただ阿弥陀仏の本願一乗海の教えを説くためである。

 ここで聖人が如来とお呼びになっておられるのは釈迦如来のことです。お釈迦さまについては別に項を設けたいと思っていますが、今から約2500年前にインドにお生まれになり、私たちの仏教の教えを開かれた方です。

 親鸞聖人は今回の2句で、「お釈迦さまがこの世に出現されたのはひとえに阿弥陀如来の本願を説くためだった」とお伝えいただいています。

 『仏説無量寿経』にお釈迦さまがお弟子さんの阿難さんの問いに答えて次のように話される場面があります。
 「如来はこの上ない慈悲の心で迷いの世界をお哀れみになる。世にお出ましになるわけは、仏の教えを説き述べて人々を救い、まことの利益(りやく)を恵みたいとお考えになるからである。」

 現代私たちが使っている「出世」の意味と違っていますが、仏や菩薩が世に出現されることを「出世」とお呼びし、この出世の目的・本意を「出世本懐(しゅっせほんがい)」とお呼びしています。
 親鸞聖人は、お釈迦さまの「出世本懐」が阿弥陀如来が全ての衆生を等しく救いたいとたてられたご本願を伝えることにあるのだと、お示しいただいているのです。

 御文にあります「本願海」、訳文では「本願一乗海」と訳されていますが、これは阿弥陀如来のご本願が広大で深いことを海にたとえた語です。訳文にあります「一乗」の「乗」は船のことで、「一乗」とは「一切の衆生をのせて等しく仏のさとりに至らしめる唯一の教法」という意味になります。

(写真は、お釈迦さまの像です。ウイキペディアから借りてきました)
 お釈迦さまがなくなられてから約400年の間には、お釈迦さまの像や絵は造られなかったといわれています。当時の崇拝の対象は仏舎利(お釈迦さまのご遺骨です)や仏塔で、お釈迦さまを象徴するものとして法輪や仏足石が使われたと伝えられています。
 写真のようなお釈迦さまの像が盛んに造られるのは、仏教がいわゆるヘレニズム文化と融合することになった時代、地域で始まったのだそうです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください) 
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