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730.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む(27):無碍の一道(3)

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  今回から、聖覚法印の2番目の偈頌について、親鸞聖人が『唯信鈔文意』で説かれた内容を学びます。最初に聖覚法印が取り上げられた2番目の偈頌を示します。太字で示した第1句が本日学ぶ句です。

  彼仏因中立弘誓 聞名念我総迎来
  不簡貧窮将富貴 不簡下智与高才
  不簡多聞持浄戒 不簡破戒罪根深
 この第1句について親鸞聖人が記された御文とその現代語訳は次の通りです。

 「彼仏因中立弘誓(ひぶついんちゅうりゅうぐぜい)」、このこころは、「彼」はかのといふ。「仏」は阿弥陀仏なり。「因中」は法蔵菩薩と申ししときなり。「立弘誓」は、「立」はたつといふ、なるといふ、「弘」はひろしといふ、ひろまるといふ、「誓」はちかひといふなり。法蔵比丘(ほうぞうびく)、超世(ちょうせ)無上のちかひをおこして、ひろくひろめたまふと申すなり。
 超世は余(よ)の仏の御ちかひにすぐれたまへりとなり。超は、こえたりといふは、うへなしと申すなり。如来の弘誓をおこしたまへるやうは、この『唯信鈔』にくはしくあらはれたり。


(「彼仏因中立弘誓」について、この文の意味は、「彼」は「かの」ということであり、「仏」は阿弥陀仏のことである。「因中」というのは、法蔵菩薩であった時ということである。「立弘誓」というのは、「立」は「たてる」ということであり、成立するということである。「弘」は「ひろい」ということであり、「ひろまる」ということである。「誓」は「ちかい」ということである。法蔵菩薩が、この上ない超世の誓いをおこして、広くおひろめになるということである。「超世」とは、他の仏がたのお誓いよりすぐれておいでになるということである。「超」は「こえている」ということであり、それより上がないということである。如来が弘誓をおこされた様子は、この『唯信鈔』に詳しく示されている。)

 親鸞聖人は、聖覚法印が取り上げられたこの偈頌について懇切丁寧に私たちに説いていただいています。

 聖人は、「立弘誓」の「立」という語に対して、「たつ」と「なる」の二つの意味があるとされます。私たちは「立つ」というと「建てる」という意味にとりますが、聖人はそれと同時に「成る」の意味もあるのだと示されています。
 普賢晃壽師は「建立」の2文字を「初起を建と曰い、終成を立と為す」とする一文を紹介し、「家をたてはじめるところが「建」の字のこころであり、家をたておわって成就したところが「立」のこころである。」とされ、「立」を「なる」と訓じられ本願が成就されたとされる聖人の思いを受け止めておられます。

 聖人は、次いで「弘」についても、「ひろし」と「ひろまる」の二つの意味を示されています。梅原真隆師はこれを「広弘」と「弘通」の心だとされます。あらゆる衆生を一人として漏らさないという「ひろし」であり、ご本願の救いが遍く遠く「ひろまる」であるとされます。
 
 そして、聖人は法蔵菩薩が立てられた誓いは「超世無上のちかい」だとされ、重ねてこの「超世」について「他の仏方の誓いよりすぐれていて、それよりも上がない」という意味だとお伝えいただきます。
 「重誓偈」の最初の「我建超世願(われ超世の願を建つ)」という句も、法蔵菩薩がこの最上無比の誓いを「立てられた」ことを示されたものです。

 聖人は、続けて「如来が弘誓をおこされた様子は、この『唯信鈔』に詳しく示されている。」と記されます。これは、聖覚法印が一つ前の最初の段で法蔵菩薩がこの願を成就されたことを詳しく述べられた部分に当たります。

 このブログでは、『唯信鈔』のこの最初の段がかなりの長文だったこともあって、この「如来が弘誓をおこされた様子」については「法印は、法蔵菩薩があらゆる衆生を救いたいと願われ、五劫という長い時間思惟を重ねられた所以を述べられます。」とだけ記して終わりにしておりました。実際は、聖人が仰っておられる通り、聖覚法印は言葉を尽くして詳しく説いておられます。
 梅原真隆師師によれば、親鸞聖人は、この『唯信鈔』の本願に関する釈義を尊重され、『尊号真像銘文』にも「この本願のやうは唯信鈔によくよくみえたり」と記しておられることを紹介しておられます。

 今回このようなことを見返して気づいたのですが、最初の段では『唯信鈔』で聖覚法印が説かれた内容をあまりに簡略化して取り上げてしまっていました。これからは、『唯信鈔』について御文全体を学ぶことにしたいと思っております。

 (写真は、リキュウバイです。)

 リキュウバイ(利休梅)は、中国原産の植物で、今頃白い花を咲かせます。名前は茶花として使われることに由来しているそうです。 右は花後の実です。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

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729.宇部北組の総代会研修会を開催しました

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  昨日25日、壽福寺を会場に宇部北組総代会の研修会を開催しました。
 宇部北組では、毎年各教化団体が研修会を開催してきたのですが、今年度は新型コロナウイルスへの対応としてこれまで開催を見送ってきており、この総代会の研修会が今年度最初にして最後の研修会となりました。

 今回の研修会は、以前にご報告しました映画「ドキュメンタリー沖縄戦」を鑑賞するという企画にして、各寺院の総代さんとご法中の希望者に参加を呼びかけました。
 その結果、総代さん14名とご住職11名のご出席をいただきました。

 当日やはり気をつかいましたのは新型コロナウイルスへの感染予防で、会場の席を可能な限り間隔をとり、入場に先立って検温を行い、手指の消毒をお願いし、定期的に換気を行うなどの対策を実施しました。

 当日参加いただいた方には、山口教区の「御同朋の社会を目指す運動」委員会所定のアンケート用紙に記入していただきました。その結果を少しご紹介します。

 〇参加者25名の年齢分布
  30・40代:3名、50・60代:8名、70代以上:14名
 (総代さんの集まりということで、高齢の方が多くなったようです)

 〇映画を観る前から沖縄戦について知っていましたか?
  よく知っている:6名、知っている:10名、少し知っている:5名、ほとんど知らない:3名
 (「知っているかどうか」についての自己評価は比較が難しいところがあります)

 〇平和を訴えるメッセージについて、
  とても伝わった:9名、伝わった:14名、少し伝わった:0名、あまり伝わってこなかった:1名
 (「あまり伝わってこなかった」とされた方は、沖縄戦について「よく知っている」としておられました。)

 〇この映画を身近な人に見てもらいたい(すすめたい)ですか?
  とても見てもらいたい:5名、見てもらいたい:15名、どちらでもない:2名、あまり見てもらいたいと思わない:3名
 (この設問が回答にバラツキが最も多いものとなりました。「あまり見てもらいたいと思わない」と考えられた理由について知りたいところです)

 この研修会開催に先立って前日の24日には、安藤副組長(音響設備をお借りしました)、西教寺西岡住職(設備の設定、調整をお願いしました)、常光寺石井住職(総代会の担当。会場や資料の準備をお願いしました)の皆さんにお集りいただき、準備を行いました。ご協力にお礼申し上げます。

(写真は研修会の様子です)

 左は設営の終わった会場、右は上映時の様子です。

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728.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む(26):無碍の一道(2)

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 本日の部分は、『唯信鈔』の中で聖覚法印が取り上げられた二つ目の偈頌です。

 「彼仏因中立弘誓 聞名念我総迎来
 不簡貧窮将富貴 不簡下智与高才
 不簡多聞持浄戒 不簡破戒罪根深
 但使回心多念仏 能令瓦礫変成金」
 このこころか。これを念仏往生とす。 

 (それは、「かの仏の因中(いんちゅう)に弘誓(ぐぜい)を立てたまへり。名(みな)を聞きてわれを念ぜばすべて迎へ来(かえ)らしめん。貧窮(びんぐ)と富貴(ふき)とを簡(えら)ばず、下智(げち)と高才(こうざい)とを簡ばず、多聞(たもん)と浄戒(じょうかい)を持(たも)てるとを簡ばず、破戒と罪根(ざいこん)の深きとを簡ばず。ただ回心(えしん)して多く念仏せしむれば、よく瓦礫(がりゃく)をして変じて金(こがね)と成さんがごとくせしむ」といわれる心でありましょうか。これを念仏往生というのです。)

 この8句の偈文を現代語訳すると、次のようになります。(『教行信証』の行文類二の訳によります)
 (阿弥陀仏は因位のとき、弘誓をおたてになった。「名号を聞いて、わたしを念じるものをすべて迎えとろう」と。貧しいものと富めるものをわけへだてることなく、知識や才能の高下によってわけへだてることなく、博学多聞のものも清らかな戒律をたもつものもわけへだてることなく、戒律を破ったものも罪深いものもわけへだてることなく、ただ信を得て念仏すれば、瓦や小石を黄金に変えるようにしてお救いくださるのである。)

 聖覚法印がここに引用されている8句の偈頌は、慈愍(じみん)三蔵(680~748年)が記された偈文です。慈愍三蔵は本名を慧日(えにち)といわれる中国の唐代の僧で、インドに渡り仏教を学ばれました。帰国の後は中国で念仏の教えをひろめ、玄宗皇帝より慈愍三蔵の号を与えられた方です。

 今回の8句の偈頌も前の最初の偈頌が収載されている法照禅師の『五会法事讃』に収められているもので、その一部なのだそうです。遡れば、法然聖人が『選択集』でこの8句を取り上げられ、聖覚法印もこの『唯信鈔』で、親鸞聖人も『教行信証』で、この8句を伝えられました。このように、法然聖人の教えが聖覚法印を通じて親鸞聖人に伝えられたということを、この8句の偈頌も示しているということができます。
 
 この8句については、次回以降で親鸞聖人の『唯信鈔文意』に従って学んでいきたいと思います。

(図は、ユキヤナギの花です。)

 ちょうど今頃咲いています。漢字で書くと「雪柳」、白い花を雪に、枝ぶりを柳に見立てた優雅な名前です。日本原産の植物だということです。

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726.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む(25):無碍の一道

20210319周利槃陀伽   20210319周利槃陀伽2s

  ご一緒に学んできました『唯信鈔』と『唯信鈔文意』は、最初の偈頌を終わりましたので、本日から次の偈頌に移ります。

 新しい段に移ります前に、聖覚法印が『唯信鈔』記された御文および偈頌と、その偈頌を親鸞聖人が分かりやすく説かれた『唯信鈔文意』との取り上げ方について、これまでと少し変更したいと思います。

 当初は、次のように学んでいこうと考えておりました。
 ・最初に、親鸞聖人が取り上げられた偈頌を記します
 ・次いで、聖覚法印がその偈頌を記された『唯信鈔』の該当する部分について学びます
 ・そして、親鸞聖人が『唯信鈔文意』でその偈頌について私たちに説かれた内容について学びます

 今回は、これを変更して、最初に聖覚法印が記された御文と偈頌について学び、その後親鸞聖人があその偈頌について記された『唯信鈔文意』について学ぶということにします。

 今回の聖覚法印が記された御文とその現代語訳です。現代語訳については、二橋進氏の訳を参考にさせていただいています。なお、偈頌から後の部分については、次回に学びます。

  さてつぎに、第十八に念仏往生の願をおこして、十念のものをもみちびかんとのたまへり。まことにつらつらこれをおもふに、この願はなはだ弘深(ぐじん)なり。名号はわづかに三字なれば、盤特(はんどく)がともがらなりともたもちやすく、これをとなふるに、行住座臥(ぎょうじゅうざが)をえらばず、時処(じしょ)諸縁(しょえん)をきらはず、在家出家、若男若女、老少、善悪の人をもわかず、なに人かこれにもれん。 

(さて次に、念仏する人々を等しく浄土に往生させようと誓い、第十八に念仏往生の願をおこして、十声の念仏する人を、浄土に導こうと仰せになられました。まことに、よくよくこの念仏往生の願を拝察いたしますと、阿弥陀仏の誓願は、大変広く深いものです。名号は、「阿弥陀仏」のわずか三字ですから、盤特のような人たちでも、保ち易く、念仏を称えていれば、歩いていても、止っていても、座っていても、寝ていてもその状態を選ばず、また、時も、所も、様々な条件をも嫌うことなく、在家信者も、僧侶も、若い男も、若い女も、老人も、幼いものも、善い人も、悪い人をもわけへだてすることなく、だれもが浄土に往生することから漏れないのです。)

 聖覚法印は、前の段で、末法の世では、この世で自力を励んでさとりを開く聖道門ではなく、浄土に往生してさとりを開く浄土門という道しかないのだとされました。さらにこの浄土門にも二つの道があり、善行に励む諸行往生ではなく、阿弥陀さまの名号を称える念仏往生こそが阿弥陀さまのご本願にかなうものだと示されました。
 そして、聖覚法印は、法蔵菩薩は、まず諸仏がご自身の名号を称揚されるという第十七願をおこされてこれを成就されたとされました。

 法印は今回の段で、法蔵菩薩は、わずか十声の念仏を称するものをもお浄土に導こうと、第十八願をたてられました。お念仏は「阿弥陀仏」という三字の名号を称えることなので、どのような人でも、どのような境遇にあってもたやすく保つことができ、だれ一人取り残すことなくあらゆるものを救って余すところがない広く深く尊い誓いなのだと説いておられます。
 
 法印の御文に「盤特」という語がありますが、法印はこの語に「ほとけのみでしなり ぐちのひとなりき(仏の御弟子なり 愚痴の人なりき)」という左訓(注記)を付されているということです。
 この盤特さんはお釈迦さまのお弟子さんの一人で、ものごとを記憶することを苦手としていた人で、そのことによって、お釈迦さまのお弟子さんが修行していた精舎から追い出されそうになりました。お釈迦さまはそんな盤特さんに「塵を払い、垢を除く」という言葉を繰り返しながら精舎を掃除しなさい、と言われ、盤特さんはこの教えを守ることによってさとりを得ることができたと伝えられています。
 『阿弥陀経』では、お釈迦さまの説教を聞いていたお弟子さんとして名前が出てくる周利槃陀伽(しゅりはんだが)さんのことです。
 
(図は、盤特さんを描いたものです、ネットからお借りしてきました。)

 右は、赤塚不二夫さんのアニメ「天才バカボン」に登場していた「レレレのおじさん」で、いつも箒をもって掃除をしていました。
 今回初めて知ったのですが、このレレレのおじさんは盤特さんをモデルにしたのだそうです。ネットで盤特さんについて調べていて、林高寺さん(真宗大谷派にお寺さんのようです)というお寺のサイトでこのことを知りました。

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726.最近の話題:週刊文春「夜ふけのなわとび」

20210315記事  

 今日は、最近の話題として、「週刊文春」に連載されている「夜ふけのなわとび」というエッセイをご紹介します。

 この記事は、作家の林真理子さんが書いておられるのもので、楽しみにしている記事なのです。今週号(3月11日発売)の連載番号が1689回となっていますが、昨年10月でしたか、この連載は「同一雑誌におけるエッセイの最多掲載回数」としてギネスの記録に認定されたと報じられていました。1983年8月に「今宵ひとりよがり」から始まり、その後タイトルに変遷がありましたが、世界的な長寿エッセイだということになります。

 少し前ですが、「週刊文春」2月25日号の「夜ふけのなわとび」の見出しは「森さん的なものについて」というもので、林さんらしい視点から見た内容で印象に残るものでした。この「森さん」とは、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長だった森喜朗さんのことです。
 ご存知のように、森さんは女性蔑視ととられる発言が原因で、会長を辞任し、その後任をめぐってもすったもんだがありました。

 林さんは、この森さんに向けられたごうごうたる非難を、「池に落ちた人を叩く」と表現しています。以下は、林さんの文です。
 「このコロナ禍でギスギスした世の中では、池に落ちた人を叩くのはあたり前。そして誰もが自分は、叩くための石を有していると思い始めた。誰もがこの”祭り”に参加したがっている。」そして「(森さんは)今は池の中であっぷあっぷしている哀れな老人になった。そこに皆が石を投げる様子が、本当に恐ろしい。」

 私も、森さんの発言から始まった会長辞任前後の動きには、なんとなく腹に落ちないというか、お尻がムズムズするような落ちつかない感じを持っていましたが、林さんのこの言葉で、なるほどと合点がいったように思いました。

 今回の騒動は、以前別院で開かれた「同朋運動研修会」で取り上げられていた「世間」というものが表に現れた姿ではないかと思いました。
 その「世間」とは、バラバラではあるが確立した個人によって構成される「社会」とは違って、人々の集団で、伝統的なルールによって律される組織だとされていました。そこでは、「皆で力を合わせて」「自分勝手な行動をしない」「人に迷惑をかけない」ことが重要だとされます。その集団としての動き(研修会では「同調圧力」とされていました)が良い方に働いた場合には、コロナ禍への対応や災害発生時の秩序のある行動、思いやりなど日本人の特徴として称賛される行動となります。その一方で、この集団に同調しないなどの少数の者は非難、攻撃の対象となります。コロナ禍のような厳しい環境の中では、少数の者を非難、攻撃するというこの傾向は増幅され、ネットの匿名性によりその動きはさらに激化していきます。さらに悪いことには、このように集団とは異質の少数者を攻撃することが「正しいことを行っている」という意識で行われますので、そのような場合、快楽物質であるドーパミンが分泌されるのだそうですから、いよいよ制御が効かないという事態になります。

 このようにして見ると、今回、森さんは非難、攻撃される少数者の方になってしまったようです。森さんもこれまでは、少々の失言があったとしても、「森さんだから」として攻撃の対象とならなかった、実力者の森さんに対して当時の「世間」は名乗りをあげて批判するよりは「忖度」する方を選んだ、ということになるのでしょうか。

 しかし、今度は立場が入れ替わってしまいました。というか、「世間」の質が変化したと言えるのではないかと思います。
 今回ネット上の「世間」として森さんを非難した多くの人は、匿名であることに特徴があるようです。匿名は忖度を不要にします。しかし、雪だるま式にエスカレートして過激なものになる、という別の面を持ってます。

 コロナ禍の中で不満や不安を抱えている多くの人が、「正義の行動として」「石を投げる」ことに喜びを感じているということであれば、それは林さんが言うように「恐ろしい」ことだと思います。

 先の「同朋運動研修会」で講師の佐藤直樹氏が言っておられた次の点について、私自身の行動をもう一度見直さなければならないと思います。
 ・自分が何に縛られているのか⇒「世間」と「社会」の違いを理解する
 ・(新型コロナ)感染者差別の拡大⇒「ケガレの意識」にとらわれていないか⇒「空気を読んでも従わない」小さな勇気
 ・SNSが匿名⇒差別の温床⇒実名でも可能な内容なのか立ち止まって考える

(図は、当日の記事です)

 森さんに向かって男女が石を投げているような図になっています。描かれている人物は4人ともサングラスをつけており、手と石だけが描かれているものもあります。これは「匿名性」を表現しているのでしょうか。
 林さんは、本文で次のように書いていました。
 「ボランティアを辞退した人がテレビであれこれ批判していたが、顔を隠したうえ音声も変えていた。正しいことを言いたいと思うなら、きちんと顔を見せるべきではないか。」
 
 ついでに、林さんのこのエッセイが痛快なのは、それを掲載する「週刊文春」も批判の対象にすることもあるところです。今回もちょっと「文春」批判が感じられる部分もありました・・・が、しかし、これで(私のような読者がいて)「文春」の売り上げが伸びれば、許容範囲内、というところかも。

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725.春季永代経法要をお勤めしました

20210312報恩講集合写真

  3月6日、春季永代経法要をお勤めすることができました。寒さも少し緩んで、時々空気の入れ替えをすることもできました。コロナウイルス対策として、マスクの着用をお願いし、昼食はお持ち帰りいただくなどの対応をとりました。

 ご講師の河野宗致師は、阿弥陀さまのお救いについてお話しいただきました。

 今から2500年前にインドで阿弥陀さまのお救いについて説かれたのがお釈迦さまです。ご講師はそのことを、お釈迦さまは、阿弥陀さまのお救いの力について、いわば初めて「発見」されて私たちに示されたのだとされました。お釈迦さまがおいでいただいたことによってはじめて、私たちは阿弥陀さまの、誰一人残さずに救いたいという願いについて知ることができました。
 またご講師は、万有引力の法則はニュートンがこれを発見して私たちに伝えられたものだと説明されました。ニュートンは、それまでも厳然としてあったのですが知られていなかった万有引力というものを「発見」して、私たちに示した人ということになります。

 お釈迦さまとニュートンのお二人は、それまで知られていなかったことを「発見」し、私たちに示されたという点では似ているように思えます。しかし、このお二人が伝えられたことには大きな違いがある、とご講師は言われます。

 それは、ニュートンの発見は、私がいてもいなくても法則としてあり続けます。しかし、お釈迦さまが示された阿弥陀さまのお救いの力は、私に向けて示された真理であって、私の命がなければ、私がいなければ、それはないのと同じなのだ、とされます。私の命があって、苦しみ悩んでいる私がいるから、その私に向かってお釈迦さまが説かれた阿弥陀さまのお救いのみ教えなのだ、と話されました。
 ご講師は、目当てとしての私がある、ということがこの二つの「発見」の間の違いなのだとされます。

 法蔵菩薩は、48の願のうちの第十八願で、「若不生者 不取正覚(もし生ぜずは、正覚を取らじ)」と誓われています。「(お前が)もし生まれることができないようなら、わたしは決してさとりを開きません」、お前が救われてお浄土に生まれることができないならば、自分は決してさとりを開かない、と誓っておられます。
 ご講師は、この第十八願は阿弥陀さまが私に「お前と私は一緒、子であるお前が救われるのでなければ、親である私も救われることはない」と呼びかけられる呼び声なのだと、お伝えいただきました。そこでのお目当てはこの私以外のだれでもない、ということになります。

 お釈迦さまが阿弥陀さまのお救いの姿について説かれたのが『浄土三部経』です。

 ご家庭でお勤めいただくご法事では『浄土三部経』の内の一つ『仏説阿弥陀経』をご一緒にお読みしています。このお経で、お釈迦さまはお浄土の素晴らしい姿を目に見えるように示され、私たちがそのお浄土に救われて往く姿を示していただいています。
 ご法事はご往生されたご先祖をご縁にお勤めしますが、よくこのお勤めはご先祖のために、あるいはご先祖に喜んでもらうためにお勤めするのだ、と誤解しておられる方があります。
 しかし、このお経では、お釈迦さまが私が救われる姿をお説きになっているのですから、そのお経はご先祖様に喜んでもらうためにお読みするものではありません。私はお経を拝読することによって、私が救われる姿、阿弥陀さまのお救いの力についてお聞きする、最初の言葉にもどりますと、お釈迦さまの「発見」についてお聞きすることになります。
 ご先祖が願われていることは、ご法事を縁にお釈迦さまがお伝えいただいた阿弥陀さまのお救いを聞き、私が救われる姿を喜ぶことなのだと、改めて思い起こすことが大切だと思います。
 
 ご講師の残された印象に残る言葉です。
  阿弥陀如来の「願い」は3つ、「・私の親心を信じてくれ ・お念仏してくれ ・悪いことはするなよ」
 そして、
 「お仏壇に、缶ビールやワンカップ、スルメイカなどを供えるなよ・・・」でした。 

(お参りいただいた方との集合写真です)

 マスクを外して笑顔で写真におさまる日が早く来てほしいものです。

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724.掲示を変えました

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  5月3日にお勤めする降誕会のご案内と「一言」の掲示を変えました。

 今回の言葉は、「嫌いなあの子も 仏の子」です。この言葉は、本願寺から発行されている「仏教こども新聞」の3月号に掲載されている言葉をお借りしたものです。図にありますように、新聞の表表紙にこの言葉が記されていて、記事のページに「今月のことば」としてこの「嫌いなあの子も 仏の子」について次のように書かれていました。全文をご紹介します。

 今日、席がえでA君のとなりになった。言ったらいけないと分かっているけれど、私はA君が嫌い。A君の服はいつも汚れていて不潔な感じがする。いやな気分で帰り、そのことを家で話すとママが教えてくれた。
 「A君のところは、お母さんが昨年病気で亡くなったのよ。お父さんはお仕事で毎日遅いから、A君が一人で料理や洗濯、弟たちの面倒を見ているんですって」
 私はビックリした。そしてA君を嫌っていたことがなんだか申し訳ない気持ちになった。
 以前、お寺の住職さんが言っていた言葉を思い出す。
 「私たちはみんな仏の子。親であるアミダさまは、一人一人の痛みを自分の痛みとし、『必ず助ける』とよんでいらっしゃる」
 A君も私も仏の子なのだ。私はA君の悲しみを知りもしないで嫌っていた。私の心の汚れが、アミダさまの光に照らされたようで、なんだか恥ずかしい。


 この文章を読んで、他の人を好きだ、嫌いだと言っているときの構造について考えさせられました。2つのポイントがあるように思います。

 その一つは、好悪の感情の中心には間違いなく「私」があるということです。その私は、「自分を中心にして」好きだ嫌いだと考えます。「私」が好きだ嫌いだ、「私」のためになるかならないか・・・という判断です。一般的な判断、客観的な評価とは別の「私」を原点にした座標軸に基づいた判断です。

 もう一つは、好きだ嫌いだと言っている私は、絶えず変化する存在です。そして、好悪の対象となっている相手もまた常に変化し続けます。変化し続ける私が、これまた変化し続ける相手を評価し、好悪の感情を形成するのですから、その関係性は刻一刻変わらざるを得ません。しかし、それでも私は私が一度持った好悪の感情にとらわれ固執します。その感情から解放されることが難しい状態に陥ります。

 このように、私は私の判断にとらわれ、そこから抜け出すことができずに苦悩しています。

 上記の文では、お母さんの言葉でハッと気づかされ、「私たちはみんな仏の子」、「親であるアミダさまは、一人一人の痛みを自分の痛みとし」という住職の言葉から「A君も私も仏の子なのだ」と気づくことができました。

 阿弥陀さまが悲しまれ憐れんでおられるのは、自分中心にしか周りを見ることができずにいる「私」、主体も相手も変わり続けている関わりであるにも関わらず、固定した観念にとらわれ続けている「私」なのだと気づかされます。そして、「私の心の汚れが、アミダさまの光に照らされたようで、なんだか恥ずかしい」と、すなおに自分を振り返ることができるようにならなければならないと改めて思います。

(図は、新しい掲示と「こども新聞」の表紙です)

 今回の掲示は字数が少なかったもので、イラストをいれました。あるいは、言葉を「好きな子も 嫌いなあの子も 仏の子」としてもよかったかも。

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723.仏教婦人会幹部会を開催しました

20210305集合写真s  

 3月1日、壽福寺の仏教婦人会幹部会を開催し、6人の役員にご出席いただきました。

 コロナウイルス感染の影響はこの会合にも出ていまして、打ち合わせ場所はこれまでの庫裡から本堂に変更、短時間で終わらせるためにお勤めも合掌礼拝だけにするなどの対応を行いました。

 当日の議題は、次の通りでした。

1.住職挨拶・伝達事項
 次の内容をご説明しました
 ・令和2年度の報告
  住職の宇部北組組長就任についても報告し協力をお願いしました。また今年度の総代会から仏教婦人会の会長さんにも参加いただくことになったことも報告しました。
 ・令和3年度の年間行事計画
  寺、山口別院、宇部北組の計画について説明しました。
 ・住職継職奉告法要の検討状況と今後の計画
  1月31日に開催された総代会で検討を開始し、2022年秋の法要修行に向けて準備を進める予定であることを説明し、ご協力をお願いしました。

(以上の後、住職は退席しましたので、以下は確認した情報です)

2.令和2年度活動奉告・3年度行事計画
 井上愛子会長から報告がなされました

3.令和2年度会計報告・会計監査報告
 会計担当屋敷都志子さん、監査担当の志賀信子さんから報告がありました

4.協議事項
 ・2021年度の法座の予定と、おとき奉仕の担当を確認しました
 ・役員人事
  次の通り決定されました。よろしくお願いいたします。
   会長:井上愛子さん(留任)、会計:屋敷都志子さん(留任)、会計監査:松本京子さん(新任)

(写真は、当日ご出席の役員さんです)

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722.『唯信鈔』、『唯信鈔文意』を読む(24):名号の讃嘆(16)

20210301法照禅師s 

  今回は、『唯信鈔』の最初の偈頌について親鸞聖人が記された御文の最後の部分について学びます。 
 御文と現代語訳です。
 この文は、後善導法照(ほっしょう)禅師と申す聖人の御釈なり、この和尚をば法道和尚と、慈覚大師はのたまへり。また『伝』には廬山の弥陀和尚とも申す、浄業和尚とも申す。唐朝の光明寺の善導和尚の化身なり、このゆゑに後善導と申すなり。

 (この文は、後善導と呼ばれる法照禅師という聖人の御文である。慈覚大師は、この和尚のことを法道和尚と仰せになっている。また伝記には、廬山の弥陀和尚ともいわれており、あるいは浄業和尚ともいわれている。この方は唐の時代に光明寺におられた善導大師の化身であるから後善導というのである。)

 親鸞聖人は本日の部分で、今回の偈頌が法照禅師の『五会法事讃』の文であるということを述べられ、法照師が後善導と呼ばれたこと、また多くの異名が残されているということを記されます。

 法照禅師については、この偈頌について記した最初の部分でご紹介しましたが、中国の唐代(8世紀頃)の方で、『浄土真宗辞典』によりますと、南岳弥陀台(現在の湖南省衡山)の承遠師に師事し、のちに五会念仏を創唱し、五台山(現在の山西省)、長安(現在の陝西省西安)で広められたので五会法師と呼ばれました。

 親鸞聖人は法照禅師を善導大師のみ教えを伝えられた方だと讃仰され、『高僧和讃』の「善導讃」に次の句を残しておられます。
 「世々に善導いでたまひ 法照・少康(しょうこう)としめしつつ 功徳蔵(くどくぞう)をひらきてぞ 諸仏の本意とげたまふ
 (善導大師は何度もこの世にお出ましになり、法照や少康として姿を現し、この上ない功徳をそなえた名号のはたらきを説き示すことで、あらゆる仏がたの本意を明らかにしてくださった。)
 聖人は、この「功徳蔵」に「名号を功徳蔵とまうすなり。よろづの善根を集めたるによりてなり」という左訓を付しておられます。
 またこの句で名前の挙がっている少康師は、唐代の僧で広く庶民の間に念仏を弘めた方です。

 普賢晃壽師によりますと、親鸞聖人が紹介された法照禅師の異名は、当時の比叡山に伝えられたものだと推定されますが、法道和尚は法照禅師とは別人、弥陀和尚、淨業和尚も別の人だということです。

(図は、法照禅師を描いたものです。ネットからお借りしています)

 七言の詩が付してありますので、その内容を知りたいとネットで探したところ、該当する次の詩文は見つかりました。

 蓮宗四祖頌
  衡州鉢中見聖境,臺山一一悉親造
  淨土得睹承遠師,竹林恭承文殊教
  并州佛聲達宮〇,代宗遣使優旨詔
  念佛之妙究如何,能令速成菩提道

 ただ、中国のサイトで自動翻訳では意味が通らない翻訳になってしまいました。法照禅師を讃嘆する内容だと思いますが、宿題です。
 表題にある「蓮宗」は、中国の浄土教を信仰する集団のことを言うそうですから、法照禅師が中国の浄土教の四祖の一人とされたことを示しているようです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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