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610.ご紹介します(23):「妻のトリセツ」

20200131表紙s   20200131裏表紙s

  今日ご紹介しますのは、「妻のトリセツ」というタイトルの本です。著者は、黒川伊保子さんという人で、この本は40万部も売れたベストセラーになっているのだそうです。

 「トリセツ」というのは「取扱説明書」の略ですが、この本はややこしくて理解できない(?)妻の取り扱い方のポイントを男性に教えてくれるというものです。著者は「はじめに」の部分で次のように記しています。
 「本書は、脳科学の立場から女性脳の仕組みを前提に妻の不機嫌や怒りの理由を解説し、夫側からの対策をまとめた、妻の取扱説明書である。(中略)プロの夫業に徹することで、その結果、妻から放たれる弾を10発から5発に減らそうというのが、本書の目的である。」

 黒川さんによりますと、夫婦(だけではなく男女一般)の間に生じるすれ違い、感覚の違いは女性脳と男性脳の違いからきているのだそうです。この男性脳、女性脳というのは、太古の昔から引き継がれてきた男性、女性の固有の役割からする固有の思考、行動パターンで、狩りに出かけ獲物を持って帰る役割の男性と、誕生したか弱い嬰児を時間をかけて育てていく女性という機能に由来する特徴だ言われます。
 
 男性脳にとっては、置かれた状況を判断し獲物を得るという「事実」が大事になります。一方、女性脳の根底にあるのは「心」だと黒川さんは言います。女性同士の会話で、「そうそう」「わかるわかる」という言葉が多く使われている(そうですが)ように、共感する「心」が、共同して子供を育てるということにつながり、子孫を残す有効な手段になるということです。そして、女性脳にはこの「心」の通信線と「事実」の通信線があってその「心」の方で相手につながろうとする一方、男性脳では「事実」の通信線が強く働き、女性脳からの「心」の通信を受け止めることができずにいることが様々な「トラブル」の根底にあるのだと黒川さんは言います。

 黒川さんが具体的な事例として本書で取り上げていたのは次のような会話です。
 妻から「〇〇(子どもの名前)が、寝かせると泣くから、ずーっと抱っこしていて、腰が痛くなった」と訴えられたとする。その場合になんと答えるべきか。
 ①「抱き癖がついたんじゃないか。泣いても抱くのをやめたら」
 ②「明日、病院に行って、腰を診てもらえよ」
 このどちらもだめと黒川さんは言います。夫は妻から言われたことに対して解決法を提示していますが、妻が求めているのは解決法(事実の通信線)ではなくて、共感(心の通信線の方)なので、正解は「一日中、抱っこしてたの?そりゃ腰だって痛くなるよ。本当に大変だったね」です。

 さらにこのような会話は、言った夫の方は忘れてしまうことが多いのですが、出産から育児期にかけて「満身創痍」状態の奥さんの方にはネガティブな記憶として強く残されて、後で夫からすれば「なんで今頃・・」というようなときに出てくるのだということです。

 私たちは様々な場面で行動し言葉を発します。それが自分本位で相手のことを考えたものでない場合は論外ですが、「相手のために」良かれと思って行ったことが通じていない、場合によっては相手の「地雷を踏む」(本書の中の言葉です)結果になったという経験をすることがあります。この場合本人には相手のことを考えた上だという意識がありますから、行った本人は「なんで?」と極めて不本意、ということになります。
 上記のような男性脳、女性脳の違いというものを知ると、なるほど通信線が合致していなかったのか、と思い当たります。またこのようなことは、相手が女性であろうと男性であろうと生じ得ることだということにも思い至った次第です。いわば通信線が通じていない状況で、相手がどのような状態にあるのかということも考えずにとった「善意による」行動も、そのまま伝わらないこともあるということです。
 自分中心の行動はもとより、相手のことを考えた行動もこの通信線を合わせたものでなければならない、ということを改めて認識した次第です。

 それともう一つ、黒川さんも言っておられましたが、多様性の確保も大事だということです。太古の昔から男性と女性はそれぞれ特徴ある能力を強化発揮して生き延びてきました。その意味では、男性脳、女性脳それぞれがしっかりと発揮されることがこれから人類が生き延びていくために必要なことだと思われます。黒川さんが言われるのも、両方の脳はその違いも含めて強化しつつも、途切れてしまいがちになる通信線はしっかりと確保することが必要だということなのでしょう。

(図は、本の表紙と裏表紙です)

 帯にある「読者から感謝・納得の声が殺到しています!」の中にこんな声が紹介されていました。( )内は私の声です。
 「ただいま”座右の書”として活躍中。でも30年前に本書に出会えていればよかった」・・男性60歳代
 (ご同輩、同感ですなあ)
 「おかげさまで、結構な確率で妻の地雷をかわせるようになりました」・・男性30歳代
 (お若いの、間に合ってよかったねえ)

 この本に興味を持ったのは、『週刊文春』に連載されている対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」に黒川さんが登場されていたことによります。
 同じ著者による『夫のトリセツ』も最近出版されているそうでが、当初『夫のトリセツ』の方は売れないだろうとされていたようです。対談の中でも、「妻から夫を見ると「私の取扱いが悪いからじゃなくて夫がポンコツだから」と故障した車のトリセツを誰が買いますか、」(この部分には笑ってしまいましたね)と不安視されていたことが紹介されていましたが、あにはからんや発売1カ月半で11万部が売れたとのことで、こちらも面白そうです。(廃車にならんようにせねば)

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609.総代会を開催しました


20200127総代会

  昨日、1月26日に定例の総代会を開催しました。当日は、20名の総代さんのうち代理の方を含めて16名の方が出席され、本堂で讃仏偈のお勤めをした後に、庫裏で会議を持ちました。

 当日の実施された事項は次の通りです。

1.自己紹介
 出席の皆さんに自己紹介をお願いしました。今年度交代により就任された総代さんは、次の方です。
 益冨美津恵さん(藤ケ瀬、吉部)、稲田英明さん(長谷、黒川)、井上竹文さん(内川)、志賀進さん(徳坂)

2.代表総代挨拶(井上啓志代表総代)

3.令和元年度報告、会計報告(住職)

4.令和元年度会計監査報告(岩﨑明監査)

5.令和2年度計画(住職)
 寺の法座の計画、別院の行事の計画などをご説明し、草刈りなどについてご協力をお願いしました。また、別院の帰敬式についても受けられるようお勧めしました。

6.意見交換
 報告事項、その後の懇談の中で次のようなご意見をいただきました。
 ・本堂の向拝(ごうはい:階段のことです)が急で足が弱い人には上がりにくい。⇒手すりを設置するなどの対策を検討しようということになりました
 ・おときに残る人が少なくなっているが、和室に座らなければならないことも原因ではないか。⇒現在の座机で椅子を増やす、椅子と机を使う、などについて費用も含めて対策案を作成することにしました
 ・参拝者が会話し楽しめる行事を検討しよう⇒今年の夏法座の午後に「念珠つくり」をやってみようということになりました。そのほかに、ビンゴ大会、カラオケ大会などの案も出されました。次年度以降の候補をしたいと思います。

 当日、代表総代の井上啓志さん、会計の吉屋博志さん、会計監査の岩﨑明さんには会議の1時間前においでいただき、会計監査をおねがいしました。
 また昼食の準備、給仕やお茶、コーヒーに仏教婦人会の井上愛子会長、代表総代の井上啓志さんの奥さん、会計担当の吉屋博志さんの奥さんにお手伝いいただきました。
 皆さんのご協力に厚くお礼申し上げます。

(写真は当日ご出席いただいた総代さんです)

 皆さんよろしくお願いします。

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608.御絵伝に見る親鸞聖人のご生涯 (48):下巻第五段(4)

20200124下巻第五段東本願寺本

 前回に引き続いて親鸞聖人は平太郎さんに説かれます。

  証誠殿(しょうじょうでん)の本地(ほんじ)すなはちいまの教主(阿弥陀仏)なり。かるがゆゑに、とてもかくても衆生に結縁(けちえん)の志ふかきによりて、和光の垂迹(すいしゃく)を留(とど)めたまふ。垂迹を留むる本意、ただ結縁の群類をして願海に引入(いんにゅう)せんとなり。しかあれば本地の誓願を信じて一向に念仏をこととせん輩(ともがら)、公務(くむ)にもしたがひ、領主にも駈仕(くし)して、その霊地をふみ、その社廟(しゃびょう)に詣(けい)せんこと、さらに自心の発起(ほっき)するところにあらず。しかれば垂迹において内懐(ないえ)虚仮(こけ)の身たりながら、あながちに賢善(けんぜん)精進の威儀を標(ひょう)すべからず。ただ本地の誓約にまかすべし、あなかしこ、あなかしこ。神威(じんい)をかろしむるにあらず、ゆめゆめ冥眦(みょうし)をめぐらしたまふべからず」と云々。

 「証誠殿」と呼ばれる熊野本宮にまします熊野権現は、その本体は阿弥陀如来です。ですから、どのようなことがあっても衆生を救おうとのお志が深いので、本体の光をやわらげ姿を変えて、この日本に神の姿になって出現せられたのです。ですから神の姿をしていても、本心は、因縁の深い民衆たちを阿弥陀如来の本願海に引き入れよう、というところにあります。
 したがって、本体である阿彌陀如来の誓願を信じて一向専念の道を進んでいる人びとが、公的な用務のために、領主の命令を受けて、霊地熊野へもうで、神社におまいりすることになっても、それは自分自身が発起しておまいりするのではないのだから、それでかまいません。それだから神社に参拝するに際しても、内心はうそいつわりに満ちている身でありながら、うわべを美しく飾ってごまかし、精進潔斎の行儀をしたりするようなことはしてはなりません。ただ阿彌陀如来の誓願に身をまかせているべきです。なんとありがたいことでしょうか。それは決して神さまの威徳を軽視するのではありません。神さまも絶対に怒ってにらみつけるようなこともなさらないでしょう。」と。

 本日の部分では、平太郎さんが熊野権現に参拝してもよいのでしょうか、と問われたことに対して親鸞聖人がお答えになられた内容が記されています。
 聖人は平太郎さんに対して、熊野権現の本体は阿弥陀さまが衆生を救おうとされている姿だと言われ、公的な用務のために参拝しなければならないのであればそれは自身の発起によるものではなく、やむを得ないと仰いました。

 この権現のもともとの姿、本地、は仏であるという考えを「本地垂迹(ほんじすいじゃく、ほんじすいしゃく)」と言います。『浄土真宗辞典』に「本地垂迹」を尋ねますと、「仏・菩薩などが衆生救済のために仮の姿を現すことをいう。日本では、奈良・平安時代頃から仏と神道の神々との関係をあらわすために用いられた。特に熊野本宮の証誠殿に祀られる祭神の本地は阿弥陀仏であるとつたえられており、」とされており、古くから仏と神道の神々の関係を説明するのにこの考え方が用いられたということです。

 これは、仏教が日本の伝統的な社会からみれば、「外」から入ってきたということにその因があるように思われます。最初に仏教が伝えられた時すでにその受け入れについて争いがあったように、伝統的な日本の風習と仏教とは緊張関係の中にありました。その後、この本地垂迹のような理解が広まって、この緊張関係に折り合いがつけられたと言えるようです。
 平安時代末期に説かれた「新しい仏教」である浄土教は、在来の仏教との間で厳しい緊張関係を持ち、また神祇崇拝を含む在来の風習とも競合する性格を持つことになりました。浄土教に対する圧迫、迫害には、在来の仏教からの反発とともに神祇に対する不敬を非難する性格のものもあったようです。

 覚如上人が『御伝鈔』のこの段で、かくも多くの言葉をもってこの問題を取り上げられ、お考えを述べられたのは、平松氏が「この段は、教団と地域社会との摩擦を回避しようとした上人ご苦心の作文と思われるのですが、如何でしょうか。」と言われるように、その時代背景の中で理解しなければならないと思います。一つ前の「箱根霊告」の段でも権現との関わりが取り上げられていますが、これも同じ文脈の中で理解することができるように思います。
 
 親鸞聖人は、神祇不拝を説かれましたが、他の仏教に対してと同様に在来の神祇に対して不敬の態度をとることを戒められていました。大切なのは自身の信心であって、それをしっかり持つことができれば、他のものを蔑み、見下してはならないとされていました。
 仏教と日本の伝統的な習俗である神道とは全く別のものであって、本地垂迹の考えは否定されるべきものなのですが、神仏習合の形で長く行われ、ご家庭に仏壇と神棚が普通のようしにて置かれているなど、私たちの考えや行動にも大きな影響を与えてきたように思います。
 この段で、聖人は本地垂迹の考え方を述べておられますが、また同時に自身の発心でなければ権現参拝もやむを得ない、ともされています。覚如上人のご文を離れて考えてみますと、公的な用務のためで「自身の発心でなければ」とされたように、親鸞聖人は本地垂迹の考えを否定しておられたように思われます。
 時代の状況の影響を除いた形で、親鸞聖人が説かれたことを学ばなければならないと改めて思います。

(図は、この段を描いた伝絵の東本願寺本です)

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607.御絵伝に見る親鸞聖人のご生涯 (47):下巻第五段(3)

20200120下巻第五段西本願寺s

  少し間が空きましたが、御絵伝に戻ってきました。今回は、下巻第五段の3回目になります。
 前回までの部分で、関東から京都に戻られた親鸞聖人のもとに、関東から教えを求めて多くのお弟子さんが訪ねてこられていたことが伝えられていました。
 その中に、平太郎さんという方がおられて聖人のもとを訪ねられました。平太郎さんは、仕えている武士のお供をして熊野権現に参拝しなければならず、神祇に参ることは教えに反しておりいけないことではないか、と親鸞聖人の教えを求められます。
 今回の段以降で、その平太郎さんの問いかけに対して親鸞聖人がお答えになった内容が記されます。

 仰せられてのたまはく、「それ聖教(しょうぎょう)万差(まんじゃ)なり、いづれも機に相応すれば巨益(こやく)あり。ただし末法の今の時、聖道門の修行においては成(じょう)ずべからず。すなはち〈我末法時中億々衆生 起行修道未有一人得者〉(安楽集・上)といひ、〈唯有浄土一門可通入路〉(同・上)と云々。これみな経・釈の明文、如来の金言なり。しかるにいま<唯有浄土>の真説について、かたじけなくかの三国の祖師、おのおのこの一宗を興行(こうぎょう)す。このゆゑに愚禿すすむるところさらに私(わたくし)なし。しかるに一向専念の義は往生の肝腑(かんぷ)、自宗の骨目(こつぼく)なり。すなはち三経に隠顕(おんけん)ありといへども、文といひ義といひ、ともにもつてあきらかなるをや。『大経』の三輩(さんぱい)にも一向とすすめて、流通(るずう)にはこれを弥勒に付属し、『観経』の九品(くぼん)にもしばらく三心と説きて、これまた阿難に付属す、『小経』の一心つひに諸仏これを証誠(しょうじょう)す。これによりて論主(天親)一心と判じ、和尚(かしょう)(善導)一向と釈す。 しかればすなはち、いづれの文によるとも一向専念の義を立(りゅう)すべからざるぞや。

 すると聖人は次のように仰せられました。
 「一口にみ仏の教えといっても、いろいろさまざまなものがあります。どの教えでも、受ける者の素質や能力にうまく合えば、悟りを開くという大きな利益(りやく)を得ることができましょう。しかし釈尊が亡くなられて二千年以上も経って、「末法」と言われる現在、聖道門の修行ではとても悟りは得られません。道綽禅師の『安楽集』の中に、「この末法の時代には、何億という衆生もいくら修行しても、一人としてそれによって悟りを得ることはない。ただ浄土門の教えだけが悟りに通じる道なのだ」と説かれています。
  これらはみな経典や高僧の註釈書に明記されているところで、釈尊のお言葉です。「ただ浄土門だけ」という真実の教えについて、ありがたいことにインド・中国・日本の三国の高僧たちがいろいろにお説きになり、浄土教という宗旨を興されました。ですから、この親鸞一人の勝手な考えではないのです。
  だいたい「一向専念」、つまりひたすら阿弥陀如来の本願を信じ、もっぱら念仏を申す、というのがお浄土への肝要な点であり、わが浄土教の眼目です。ですから、「浄土三部経」には顕説と隠彰がありますが、「一向専念」が重点であることは、辞句の上でも、その解釈の上でも明白です。『大無量寿経』の三輩段にも一向専念をすすめて、最後の「流通分」では、弥勒菩薩に念仏の教えを伝えるように託されています。また『観無量寿経』の九品往生が説かれている段では、至誠心、深心、回向発願心の三心をそなえて念仏せよ、と説き、これをまた阿難尊者に託しておられます。さらに『阿弥陀経』の六方段では、念仏による往生が真実であることが、あらゆる世界の仏たちによって証明されています。
 これらの「浄土三部経」によって、天親菩薩は「一心」、善導和尚は「一向」と解釈しておられます。ですから、どの文章を見ても「一向専念」を柱にして仏法を説かれなければならないのです。

 以前にも記しましたが、この下巻第五段は『御伝鈔』の中でも最も長文の段です。一般に伝絵のような絵巻物という形式は、絵が主体でその説明として詞書が記されるのが普通なのだそうですが、この段はその面からみても特徴のある段だとされているようです。
 その段の親鸞聖人のお言葉の最初の部分が本日の内容になっています。訳文は平松令三氏の『聖典セミナー 親鸞聖人絵伝』からいただいていますが、平松氏は聖人のお言葉の背景も含めて丁寧に紹介されていますので、訳文の方はさらに長文になっています。

 ここでは、親鸞聖人は教えを求めて訪ねてこられた平太郎さんに対して、浄土門のみ教えがインド、中国、日本の高僧方のおかげで私たちに伝わっていただいた、末法の世ではご本願を信じ念仏申すという浄土門だけが往生をいただく道なのだ、と大きな流れの中でお話ししておられます。
 この部分をお読みしていますと、『御伝鈔』を著された覚如上人は、親鸞聖人が平太郎さんに話されたお言葉を通して、後の世の私たちにご自身の思いを語りかけておられるような感覚を持ちます。

(図は、西本願寺本の伝絵の「熊野霊告」の場面です)

 前々回に載せました寺の「御絵伝」の同じ部分と比較しますと、専修寺本やこの西本願寺本は平太郎さんが聖人に教えをいただいておられる臨場感のようなものを感じることができるように思います。

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606.最近の話題(41):イグノーベル賞

20200117対談s

 前回の記事でご紹介した、『文藝春秋』新年特別号の「日本人よ、「健康神話」を棄てよ」の内容も面白かったので、少しご紹介します。

 この記事は、作家の塩野七生さんと新見正則さんという方の対談で構成されています。塩野さんの方はもうずいぶん昔からファンだった人ですが、一方の新見さんは今回初めてお名前を耳にした(と思われる)人です。オックスフォード大学医学博士で帝京大学医学部外科准教授をされているのですが、2013年にイグノーベル賞を受賞されました。このイグノーベル賞はノーベル賞のパロディで、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる業績」に対して贈られる賞で、過去の受賞内容を見てみると、ユーモアがあったり、皮肉があったり、とまじめで愉快な「ノーベル賞」なのです。

 新見博士が受賞された研究は「心臓移植したマウスに、オペラの『椿姫』を聴かせたところ、モーツアルトなどの音楽を聴かせたマウスよりも、拒絶反応が抑えられ、生存期間が伸びたという研究」なのだそうです。
 『文藝春秋』の対談の内容によれば、心臓移植したマウスは免疫の拒絶反応によって平均で7日しか生きられないのですが、これが音楽を聴かせることによりどれだけ延命できるのか、という研究で、一番効いたのがヴェルディの『椿姫』で生存期間が平均で40日まで伸び、100日以上生存したものもあったそうです。次に長かったのがモーツァルトで平均20日、歌謡曲や尺八の音は効果がなかったということです。

 このことから、免疫制御細胞の働きにある種の音楽がプラスの効果を持っていることが考えられる、と言われます。さらには、音楽を聴いているときの状態、ほっとして安らいだ状態が病気一般に対する抵抗力をもたらしてくれるのではないかと言われます。

 前回の記事にもつながることなのですが、私たちは常に「自分は健康なのだろうか、この不調は病気なのではないだろうか」と心配してしまいます。そこにテレビや新聞、雑誌から押し寄せる健康情報(多くは不安を煽って商品購入に勧誘するもの)がやってきて、「番組終了後30分はオペレーターの数を増やして注文をお受けします」などとせっついてきます。
 こうなると、健康不安の相乗効果で不安が不安を呼び、いよいよ抜け出せなくなりそうです。

 このような負のスパイラルに陥らないためには、ほっとして安らいだ状態に身を置くことの方が大切だ、というのがこの対談の結論のようです。音楽を聴く、好きな趣味に没頭する、親しい人と歓談するなどがそれに当たるのでしょうか。さらに、塩見氏は「そもそも、身体に悪いことは何でも楽しくて、楽しいことはストレス解消になります」と、体に良い悪いではなく、自分にとって楽しいかどうかで判断することを勧められます。たばこも人の迷惑になるのでなければ、楽しいもの、ストレス解消の方策、少々の「悪」はいいではないか、ということになるようです。

 このような「緩やかな心地よさ」が、現在流行している健康法とは違った病気に対する抵抗力になるのではないか、ということです。現在は厳格に「善悪」を峻別する生き方が強まりすぎていると感じることがあります。清潔のためにいいこと、美容にいいこと、健康のためにいいこととそれぞれに悪いことを明らかにして、「悪いこと」は徹底して排除することが正しいとされる社会になっているように感じます。
 そうではなくて、「ちょっと悪いことかもしれないけど、楽しい、心地よい」ものも許容する雰囲気も必要ではないか、この方が生きやすいなあ・・・と感じられます。
 
 またまた昔のことを思い出していたのですが、小学校の頃、学校から帰る途中に堤があってそこにヒシ(菱)が茂っていたところがありました。白いヒシの実は黒くて堅い殻に入っていたのですが、かじるとほのかな甘みがあっておいしかったのです。それで、この実を採って、歯で殻を割りその中身を食べたものです。多分堤の水は汚れていたでしょうから、「清潔が命」の現在のお母さん方がそれを見たら卒倒していたかもしれません。それでも、ヒシの実はおいしくて、それを採って食べるのは楽しかったのです。 と、そんなことなのでしょうか。

(図は、この対談の様子を写した写真です。)

 ネットを探していたらこの写真(文藝春秋デジタルの)に出会いました。しかもセリフ入りだというのはいいですね。
 対談の記事では、塩見氏の「どうぞどうぞ。」の後に次の言葉が続いていて、笑ってしまいました。
 「好きな人が吸うことは大丈夫ですよ。嫌いな人が吸うから嫌いなんです。」

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605.最近の話題(40):プラセボ製薬

20200113プラセボ  

 プラセボ(プラシーボ)という言葉をご存じですか?「偽薬」と訳され、「薬効のない薬」のことを言います。
 このプラセボを製造販売する会社、プラセボ製薬株式会社という会社があることを知りました。

 『文藝春秋』の新年号に「元製薬会社員の僕が『偽薬』を売る理由」という記事があり、この会社の創業者(多分)が書かれた文章が掲載されていました。

 薬効のない「偽薬」が通常どのように使われるのか、ということですが、新しい薬が開発されるときにその薬効を確認する段階(臨床試験)でこの「偽薬」が必要になります。
 新しい薬の薬効を確認するためには、その病気を抱えている患者さんに投与して薬の効果を確認するのですが、ややこしいのは、私たちは薬を飲むそのことだけで病状が改善したという効果(自覚効果だけでなく数値でも)を得ること(プラセボ効果と呼ばれています)があるということなのだそうです。そのため、患者さんを2つのグループに分けて、一つのグループには新しい薬を投与し、他のグループには同じ形の「偽薬」(なにも薬効がないもの)や同じ薬効を持っている在来の薬を投与して、両方のグループの間で有意な差(効果)が確認できるかという試験を行うことになっています。

 これまではここで偽薬が使われていたのですが、この会社は、偽薬をこの臨床試験用に販売するのではなく一般の医療用途に使ってもらおうとしているのだそうです。
 もちろん、臨床試験で「プラセボ効果を生じる得るから価値がある」としても使えるのですが、一般の医療に使うというのは、薬としての「効果がないからこその価値がある」ということなのだそうです。

 この後の方の利用場面として次のような事例が記されていました。
 認知症の患者さんで、定められた量の薬剤をすでに服用しているにもかかわらず、さらに何度も服薬を求める人がいるのだそうです。患者さんにとっては、「薬を飲むこと」そのもので安心感を得ることになるということなのですが、医師の方は用量を超えて投与することはできません。そこでやむを得ず、患者さんの要求に応えるために偽薬を投与する、といったケースが起こりえるということです。
 考えてみますと、認知症の患者さんでなくとも、私たちも同じように、医師から薬を処方されてそれを飲むとそれだけで安心するというような感覚になることがあるようです。睡眠薬を規定量与えても効果がない(と感じている)患者さんに偽薬を睡眠薬として与えると、そのことによって患者さんは安心して眠りやすくなる、といったような事例です。

 この偽薬の話しを読んでいて、ふとテレビ販売でたくさんの健康食品や飲料が宣伝されているのを思い浮かべておりました。
 『文藝春秋』の同じ号に、作家の塩野七生さんとオックスフォード大学医学博士の新見正則さんの「日本人よ、「健康神話」を棄てよ」という対談が掲載されていました。

 そこで言われていたのは、私たちは「健康病」にかかっている、ということです。とにかく健康でいたい、病気になりたくない、と考え、「健康のためなら死んでもいい」とまで本末転倒の状態に陥っている人もいるのだそうです。検診の数値が気になる、ちょっとした体の不調が気になる、そうすると、テレビが「こうすれば元気になれる」「あれを食べれば体調がよくなる」などと宣伝する文句が耳に入りつい手を出してしまう、ということになるのでしょうか。

 例えば、現代人は自分は睡眠が不足しているのではないか、という強迫観念にとらわれているのだそうです。その結果、市場には快眠枕、快眠布団、快眠衣から快眠薬、快眠ドリンク、快眠のためのエクササイズなどが登場し、これらの「睡眠ビジネス」は2兆円もの市場になっているのだと、新見さんは別の記事で言っていました。

 私たちの「健康でいたい」という願望に対して提供されるこれらの健康商品の中には、ひょっとしたら「偽薬」も紛れ込んでいるのかもしれないと、今回の記事を読んで思いました。本当は効果がないにも関わらず、飲んだだけで安心する、使ってほっとする、などのプラセボ効果を買っているのかもしれないなあ、ということです。
 もちろんそのことで心の安心を得ているのであれば、なにも外から文句を言う必要はない、とも言えまし、それが大きな市場になって雇用を作り出しているのですから、皆が「偽薬」ではないかと疑いだしたらその影響も大きいというところまで進んでいるとも言えます。

 ただ問題なのは、私たちが陥っている健康病(健康志向)は際限なく深まっていくのではないか、という点です。認知症の患者さんが規定量の薬を投与されてもまだ欲しいと求めるように、私たちの健康に対する不安は常に更新増幅されて常に新たな処方(商品)を求め続けるということにならないだろうか、と心配になります。
 健康、快適、清潔、安全は私たちにとって大切なものなのでしょうが、それにとりつかれてしまうという危険もあるということです。
 老いや病や死は、私たちがどうしても逃れることができないものだ、そこから逃げようとしてはいけない、とお釈迦さまは教えていただきました。その意味をもう一度考え直すことが必要だと思います。

(図は、同社の製品です)

 同社のサイトからお借りしました。この商品を紹介する言葉として次のように記されていました。
 「「プラセプラス」はプラセボ製薬が販売する本物の偽薬です。(中略)主として医療、介護、演技、教育などに用いられています。」 
 ほかのところでは、「人の為ニセモノだからできること」というキャッチフレーズもありました。「人の為」は「偽」を分解したのだそうです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

604.山口別院の行事計画

20200110日の出   20200110日の出2

  今年予定されています山口別院の行事計画をご案内いたしますので、お誘い合わせてお参りください。

 〇常例法座(毎月5日に13:30よりお勤めになります)ご講師は次の方です。
  2月 岡本 達美氏(山口南組 蓮光寺)
  3月 石山 泰人氏(熊南組 善徳寺)
  4月 西谷 慶真氏(豊浦西組 西方寺)
  6月 渓 宏道氏(周南組 松巌寺)
  7月 安間 宣秀氏(防府組 萬行寺)
  8月 田中 博明氏(下関組 願久寺)
  9月 中島 昭念氏(美祢東組 明嚴寺)
 10月 井上 龍秀氏(豊浦組 常泉寺)
 11月 岡村 謙英氏(邦西組 照蓮寺)
 12月 藤本 唯信氏(下松組 専明寺)

 〇降誕会
  日時 5月5日 13:30~
  ご講師 上原 泰教氏(大津東組 正福寺)

 〇永代経法要
  日時 6月8日、9日、10日(10:00~、13:00~)
  ご講師 藤澤 信照氏(滋賀教区 蒲生上組 浄光寺)
  宇部北組の参拝日は6月8日となっていますが、他の日にお参りいただいても構いません。

 〇報恩講
  日時 11月26日、27日、28日(10:00~、13:00~)
  ご講師 生土 昌行氏(北豊教区 京仲組 正山寺)
  宇部北組の参拝日は11月28日となっていますが、他の日にお参りいただいても構いません。

 〇帰敬式
  日時 11月25日 13:20~

(写真は藤ケ瀬の日の出です)

 前回の写真の翌日1月4日にもう一度撮影したものです。1月3日には雲が厚く朝日は山から登ってしばらくしてようやく見えたのですが、4日には山からすぐのところで顔を出してそこは目論見通りでした。なのですが、今回コンパクトカメラの電源に充電していなくて使えず、スマホの写真だけになりました。とほほ・・・でした。
 今回は、遠くの山並みのもう一つ向こうに重なる山並みも見えました。この撮影個場所は、折り重なる山並みが気に入っています。

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603.今年の法座の計画です

IMG_5070s.jpg

  新聞でもご案内しておりますが、今年の法座の計画をお知らせします。お誘い合わせてお参りください。
 (各10時よりお勤めをいたします)

 〇永代経法要
  日時 3月7日(土) 午前
  ご講師 美祢西組 長楽寺 河野宗致師
  その他 おときを準備します

 〇降誕会
  日時 5月3日(祝) 午前
  ご講師 豊浦組 光善寺 二木文生師
  おときを準備します。餅まきを行います

 〇夏法座
  日時 7月12日(日) 午前
  ご講師 萩組 浄国寺 杉山恵雄師
 (杉山師は当山には初めてのご出講となります。中央仏教学院で住職と同級生でした)

 〇秋法座
  日時 9月5日(土) 午前
  ご講師 大津東組 願生寺 蘭哲昭師
  おときを準備します

 〇報恩講
  日時 11月7日(土) 午前・午後
  ご講師 元鎮西敬愛学園校長 香川孝志師
  おときを準備します
 (香川師は平成22年3月の永代経法要にご出講いただく予定でしたが、大雪により休座となりました。それ以来久し振りのご出講です)

(写真は藤ケ瀬から見た日の出です。)

 お気に入りの撮影ポイントなのですが、1月3日当日は山際に雲がかかっていて朝日は少し高くなってから顔を出しました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)


602.ご門主の「年頭の辞」

20200101ご門主ご一家s

  皆様、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 『本願寺新報』の1月1日号にご門主の「年頭の辞」が掲載されていますので、ご紹介します。

 「新しい年のはじめにあたり、ご挨拶申し上げます。
 近年、日本各地では豪雨や台風などの自然災害が頻繁に発生し、家屋の倒壊や流出、浸水などで多くの被害者が出るなど甚大な被害がもたらされています。本願寺派でも寺院や門信徒の方々が多数、被害に遭われています。ここに、このたび犠牲になられました方々に謹んで哀悼の意を表しますとともに、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。
 さて、宗門では2023(令和5)年3月29日から5月21日までの5期30日間にわたり、「親鸞聖人御誕生八百五十年 立教開宗八百年慶讃法要」をおつとめすることになり、昨年11月よりご法要修行に向けた準備が本格的に始まりました。ぜひ、多くの皆さまに本願寺へお参りいただきたく思います。
 この法要をおつとめすることができるということは、親鸞聖人がみ教えを説かれて以来、今日の私たちまで約800年にわたり、み教えが連綿と受け継がれてきたということを意味します。それは、いつの時代においても、み教えが多くの先人の方々の生きる支えとなってきたからです。
 いかに科学技術が発達し、私たちの生活の質が飛躍的に向上したとしても、煩悩具足の凡夫であるという人間の本質が変わらない以上、これからの時代においても、浄土真宗のみ教えは私たちの生きる依りどころとなります。
 本年も浄土真宗のみ教えを聞き、ご縁のある方々へみ教えを伝え、南無阿弥陀仏とお念仏申す日々をともに過ごさせていただきましょう。」


(写真はご門主ご一家です)

 『本願寺新報』に掲載されていたものです。
 左から、前裏方さま、敬さま、前門さま、ご門主、顕子さま、お裏方です。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

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