FC2ブログ

480.御絵伝に見る親鸞聖人のご生涯(11):上巻第三段(3)

20181029親鸞夢記

 『御絵伝』第3段の3回目になります。引き続き親鸞聖人が見られた夢の内容が記されます。

 『御伝鈔』の文と現代語訳を記します。
 「救世菩薩、善信にのたまはく、「これはこれ、わが誓願なり。善信この誓願の旨趣(しいしゅ)を宣説して、一切群生にきかしむべし」と云々。そのとき善信夢のうちにありながら、御堂の正面にして東方をみれば、峨々たる岳山あり。その高山に数千万億の有情群集せりとみゆ。そのとき告命(ごうみょう)のごとく、この文(もん)のこころを、かの山にあつまれる有情に対して説ききかせしめをはるとおぼえて、夢さめをはりぬと云々。つらつらこの記録を披(ひら)きてかの夢想を案ずるに、ひとへに真宗繁昌の奇瑞(きずい)、念仏弘興(ぐこう)の表示なり。」

(そして救世観音がおっしゃるには、「これは私が人びとを救おうと願って立てた誓いなのだ。善信よ、お前はこの誓いの趣旨を説明して、あまねく一切の衆生に聞かせなさい」ということでした。
 そのとき親鸞聖人は、夢の中で、御堂の正面に出て東の方を眺めると、高く険しい山岳があり、その高山にたくさんの人びとが群集しているのが見えました。そこでお告げのように偈文の趣旨をその人びとに説き聞かせ終わった、と思ったら夢がさめました、ということです。
 そこでこの記録『親鸞夢記』をひらいてこの夢をよくよく考えてみると、これは真宗が繁昌し念仏が弘まることを前もって表し示したものといえます。)

 この部分では、救世観音が親鸞聖人に告げられた偈文に続いて「この趣旨を衆生に説き聞かせなさい」という救世観音の言葉が記されます。聖人はこの救世観音の言葉を受けて東の方向に群集していた人びとに救世観音の言葉を説かれ、そこで夢から覚められたと記されています。

 前回および前々回の『御絵伝』の記事と一緒に掲載していました図には親鸞聖人が登場される3つの場面が描かれていることを学びましたが、その一番右の場面が今回の、聖人が東方の衆生に説かれている場面です。

 覚如上人は、このように救世観音の夢告を受けて親鸞聖人が東の方の人びとに教えを説かれたということは、その後聖人が関東に向かわれその地で教えを広められ、その後み教えが広く伝えられることを予告するものだとされています。

(図は、「親鸞夢記云(しんらんむきにいわく)」で始まる書で、六角堂で親鸞聖人が受けられた夢告の内容が記されたものです。ネットからお借りしています)

 親鸞聖人が記された自筆の夢記は見つかっていないということですが、この書は、真宗高田派の第2世の真仏上人が、親鸞聖人の記された夢記を書き写されたとされるものです。上人は親鸞聖人の直弟子で親鸞聖人よりも4年前に亡くなられた方ですので、この夢記は親鸞聖人がご在世中に書かれたもので、それを書き写したものだということになります。
 『御絵伝』の六角堂夢想は事実ではなく覚如上人の創作ではないか、という説もあったのだそうですが、この書が発見されて、親鸞聖人が六角堂で夢告を受けられたのは間違いないことだとされるようになりました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
スポンサーサイト



479.山口教区仏教婦人大会

20181026仏婦大会 (2)   20181026仏婦大会2 (2)

 10月23日、厚狭の不二輸送機ホールで第49回の山口教区仏教婦人大会が開催され、住職と坊守、壽福寺の仏教婦人会から井上愛子会長、井上幹子さん、山本信子さん、山本千春さんが参加しました。

 この仏教婦人大会は山口県内を会場にして毎年開催されるもので、今年度は、当宇部北組および宇部小野田組、厚狭西組が担当して開催されたものです。
 住職は、地元で開催される大会であり、昨年度まで宇部北組の仏教婦人会の事務局をしていたこともあって参加することにしましたが、初めての教区仏教婦人大会の経験となりました。

 当日の参加者は700名弱、ホールをがほぼ埋まるほどの参加者でした。

 開会式に引き続き、滋賀教区正源寺住職・仏教婦人会総連盟講師の三宮亨信師のご法話をお聞きしました。
 ご講師は、今回の「仏教婦人会綱領」の改定について、その背景や改定に込められている願いについてご説明いただき、お聴聞の大切さを確認し、聴聞を続けることが肝要だと話されました。

 ご講師からは、現代の社会は様々な生き方が模索される社会であり、仏教婦人会綱領もそれに対応して改定されたのだと、改定の背景をお話しいただきました。これまでの綱領が「既婚の、子供さんを持った家庭婦人を対象とした」ものと受け止められる可能性があることを考慮して、改定されたことを説明いただきました。

 以下、印象に残っているお話しについて記しておきます。

 改定後の第1項の「お聴聞を大切にいたします」は、改定前の「ひたすら聞法につとめ」に対応しているものですが、この「お聴聞」は「聞法」と意味は同一ながら、「お聴聞」は「行動」を伴う言葉だというお話しがありました。確かに、お聴聞に「出かける」という意味合いのある言葉だと、再確認させていただきました。

 綱領の第2項は、まさしく多様性に関わる部分になります。改定前の「念仏にかおる家庭をきずき、仏の子どもを育てます」とされていた部分が「『南無阿弥陀仏』の輪をひろげます」とされました。「家庭」「仏の子ども」が外されましたが、これは上に記した多様な生き方に対応するものということになります。
 (ただ、以前にも記しましたが、「念仏にかおる家庭をきずき、仏の子どもを育て」ることの大切さはかわるものではなく、これを(家庭)婦人だけに負わせるのではなく、男女を問わず地域や社会全体で取り組むことが大切なのだと思います)

 第3項は「み仏の願いにかなう生き方をめざします」とされています。これは、改定前の「み法の友の輪をひろげます」に対応するものですが、より強く私たち自身の生き方が示されているとご講師は指摘されました。ご門主のご親教に「少しでも仏さまのお心にかなう生き方を目指し精一杯努力させていただく」というお言葉がありますように、私たち自身の行動が問われていると受け止めたいと思います。

 ご講師は、この綱領を通じて、お聴聞の大切さについて改めて気づいてもらい、広めてもらいたいと説かれました。

 今回の大会では、宇部北組の仏教婦人連盟会長の大田一枝さんが大会の実行委員長になられ、当日も委員長として挨拶をされました。大田さんは今年度の役員改選で宇部北組の会長に就任されたばかりですが、堂々と実行委員長の役を果たされました。
 この大会は、引き受けの3つの組の婦人会の多くの方が大会を支られた大会でした。ご苦労様でした。

(写真は、ご講師の三宮亨信師と大会実行委員長の大田一枝さんです)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

478.実践運動推進協議会

20181022推進協議会  20181022推進協議会2

 去る10月16日、常光寺さんを会場に宇部北組「御同朋の社会をめざす運動」(実践運動)の推進協議会が開催されました。壽福寺からは、住職、坊守と志賀学さんが出席しました。

 協議会は開会式の後、「貧困と子供 子ども食堂」という講題で、宇部小野田組 西法寺の斎藤淳理住職より西法寺を会場に実施されている子ども食堂「みんにゃ食堂」の活動についてお聞きしました。

 この子ども食堂「みんにゃ食堂」は、昨年7月から実施されているもので、毎月2回夕食を提供するという活動です。現在では毎回200人から300人の方が集まられるようになったということです。
 当初は夕食を十分に摂ることができない子供さんを対象にしてスタートしたということですが、現在では年齢を問わず様々な方が集まられるようになりました。とりわけ、独居のお年寄りにとっては、小さな子供さんとの触れ合いが楽しみになっているというお話しもありました。

 これだけ多くの方の食事を準備するのですからそのスタッフのご苦労も多いのですが、運営メンバーの医院の看護師さんが協力されたり、ご門徒さんも参加されたり、食材も多くのお店や個人から寄せられるなど、幅広い協力を得て運用されているということです。
 西法寺さんが会場になったのは、スタート時にどこかよい会場はないだろうか、ということがきっかけになっのだそうです。「お寺がやっている食堂ではなく、お寺でやっている食堂」というご講師の言葉にありましたように、できるだけ宗教色を出さずにおこうと工夫されたのだそうですが、それでも初めてお寺に来たという人も「お寺っていいとこですね」と、寺院に対する親しみを持ってもらうきっかけにしていただいたということもあったようです。

 ご講師のお話しをお聞きした後、出席者はグループに分かれて報告について話し合いを行い、それぞれのグループから話し合いについて報告し、ご講師のまとめをいただきました。
 グループでの話し合いでは、子どもが置かれた貧困の実体を改めて知った、子どもとお年寄りが一緒に食事ができることがよい、しりすぼみにならないことに感心したといった意見や感想が出されていました。また、宇部北組として、この活動に食材を提供したり、あるいは食材を作っている農業の現場を見てもらうなどの支援も可能ではないか、という提案も出されていました。

 「子ども食堂」の活動が各地で取り組まれているということをお聞きしていたのですが、今回初めてその詳細な活動状況をお聞きすることができました。その活動は、多くの方の協力と支援によって支えられて、様々な工夫を凝らして展開されているということを知ることができました。

 宗門の実践目標に「<貧困の克服に向けて~Dana for World Peace~>ー子どもたちを育むためにー」が掲げられています。
 その根底には、「自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する」ことが据えられていると思いますが、その具体化にはそれぞれの置かれた環境の中で、その環境に対応した取り組みが求められていると思います。ご報告いただいた西法寺さんの活動は、お寺の置かれた環境に即した活動だと思いました。
 宇部北組としてあるいは個別の寺院として、今回お聞きしたことを参考にして今置かれた環境の中でどのような活動が可能なのかを考えたいと思います。

(写真左は講演中の斎藤淳理氏、右は次回の「みんにゃ食堂」についての案内です)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

477.最近の話題(18):今年はギンナンが豊作です

20181019ギンナン   20181019ギンナン2

 例年、壽福寺の2本のイチョウの木にギンナンの実がなるのですが、今年はいつもの年に比べてもたくさんの実をつけたように思います。イチョウの木は、境内の山門の横と石段の横にあります。
 たくさんの実をつけた原因は、今年の夏の猛暑があったのではないか、とこれは私の勝手な推測です。猛暑で生存の危機を感じ多くの実をつけたのでは、ということなのですが、当たっているのかどうかは自信がありません。

 10月13日に寺を会場に開催されました宇部北組の連続研修会で、「ギンナンの実が落ちていますのでご希望の方はお持ち帰りください」とご案内し実を拾うための割りばしも準備していたのですが、拾われた方はおられなかったようです。
 (まだ、少しは残っています)

 葉の一部は先日の台風の風で緑色のままで落ちましたが、写真のように多くはまだ緑のまま残っています。それも、月末には黄色に変わり、やがては地上を覆いその後には本格的な寒さが来ます。
 
(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

476.壽福寺を会場に連続研修会

20181015連研 (2)  20181015連研2 (2)

 10月13日、壽福寺を会場に連続研修会の第8回の研修会が開催されました。

 当日の研修会のテーマは「信心」でした。市川幸佛氏から問題提起をいただいた後、参加者は3つのグループに分かれて、「信心を獲るにはどうすればいいのか」「信心の生活とは私がどう動くことなのか」というテーマについて話し合いをおこないました。
 その後、参加者は再度集り、各グループから話し合いの内容や話し合いの中で出された質問事項を報告し、それに対して市川講師からコメントをいただきました。

 ご講師からは、浄土真宗の信心の特徴は、他力の信心、祈りの要素が一切ない信心、の2つが特徴であるというお話をいただきました。
 これについて、話し合いの中で、信心に自力、他力の違いがあるということを考えていなかった、聞いていると自力の方が簡単で理解しやすいように思える、そのようなことからよけいに分かりにくくなった、といった意見が出されたという報告が印象に残りました。
 これに対して、ご講師から、浄土真宗の信心というのは、自ら信じる心も功徳を積む力を持たない私たちがいただくことのできる信心なのだから、「話しを聞いて分かりにくくなった、理解しにくい」と感じられることこそ、信心について正しく聞かせていただく入口なのだ、というコメントをいただきました。

 このように、当日は浄土真宗の「信心」について、ご講師の問題提起を受けて、率直な意見交換が行われた研修会になりました。

 研修会の実施に当たっては多くの方々にご協力いただきました。

 壽福寺からの参加者の岩﨑明さん、岩崎賢治さんには集合時刻の1時間前においでいただいて、境内の清掃をしていただきました。折からの風でイチョウの葉がたくさん落ちていたのですが、これを掃いて山門から本堂にいたる経路をきれいにしていただきました。その後、研修会参加者の駐車場の整理や終了後の後始末など研修会の準備と運営にご協力いただきました。

 また、研修会終了後には、壽福寺からのお二人の参加者はじめ、出席されていた法中(寺院)の皆さんにもお手伝いいただいて、会場の後始末を行いました。特に、庫裏から運んでいた13脚の長机(これの本堂へ運び込みには労力を要しました)の収納には、皆さんのご協力をいただき短時間で終えることができました。
 ご協力いただいた皆さんに厚くお礼申し上げます。

  20181015連研3  20181015連研4  20181015連研5
上の写真はグループでの話し合いの様子、左からA、B、C班です。C班は庫裏に話し合いの場を設けました。

(写真は、参加者とご講師の市川幸佛氏です)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

475.御絵伝に見る親鸞聖人のご生涯 (10):上巻第三段 (2)

 20181012伝絵六角堂 20181012伝絵六角堂2 

 今回は、『御絵伝』の第三段の2回目となります。
 前回、親鸞聖人は六角堂で救世観音菩薩から夢告を受けられたことが記されていました。今回は、その夢告の内容です。

 『御伝鈔』では次のように記されています。( )内は、の前回学びました現代語訳に当たる部分を再度記載しました。
 (六角堂の救世菩薩(くせぼさつ)、顔容端厳(げんようたんごん)の聖僧の形を示現(じげん)して、白衲(びゃくのう)の袈裟を着服せしめ、広大の白蓮華に端座して、善信に告命(ごうみょう)してのたまはく、)「行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導生極楽」(といへり。)

 告げられた言葉は、次のような内容になります。
 「前からのいろいろな縁によって妻帯をするようなことになった場合は、私(救世観音)が玉のような女の姿になって、つれそってあげよう。そして一生の間よくおごそかに飾ってあげて、臨終になったら極楽へつれて行ってあげよう。」

 この親鸞聖人が受けられた夢告の内容についても、様々な解釈がなされてきたようです。恵信尼公が記されたように、親鸞聖人が「六角堂に百日籠らせたまひて、後世をいのらせたまひ」、夢告の後にただちに「後世のたすからんずる縁にあひまゐらせんと、」法然聖人を訪ねられた背景とは何であったのか、比叡の山に登られて以来20年の間、修行と学問にはげまれた親鸞聖人が抱えておられた苦悩が何だったのか、という点です。

 伝灯奉告法要の初日の専如ご門主のご親教の中に、次のお言葉があります。
 「親鸞聖人も煩悩を克服し、さとりを得るために比叡山で20年にわたりご修行に励まれました。しかし、どれほど修行に励もうとも、自らの力では断ち切れない煩悩の深さを自覚され、ついに比叡山を下り、法然聖人のお導きによって阿弥陀如来の救いのはたらきに出遇(あ)われました。」

 親鸞聖人が抱えておられた苦悩については、その夢告の内容から妻帯(女性に関する戒律を破る)に関わることとする見解から、さらに広く個人の意思を超えたあらゆる「罪業」に関わるものだとする解釈まであるようです。

 いずれにしても、深い悩みを抱えて六角堂に籠られた親鸞聖人は、この夢告を受けられてただちに法然聖人の許を訪ねられました。親鸞聖人は、当時都で幅広い階層の人々の間で広まりつつあった法然聖人の教えについて知っておられ、この夢告によりすぐさま法然聖人を訪る決心をされました。そしてさらに百日の間毎日、法然聖人の許に通われ聖人が説かれるところを聞かれて、聖人に帰依されることとなります。

(図は、『親鸞聖人伝絵』(西本願寺本)の「六角夢想の段」です)

 この西本願寺本は『善信聖人絵』と題されている「伝絵」です。図は、1989年に同朋舎出版から発行された『真宗重宝聚英』の第5巻「親鸞聖人伝絵」(宇部市立図書館蔵です)よりお借りしています。

 前回の『御絵伝』の図も同じですが、この「六角夢想の段」では一つの画面に親鸞聖人が登場される3つの場面が描かれています。
 画面左には3人の男性が描かれていますが、黒い衣を着けた人物が親鸞聖人だと伝えられています。中央左には救世観音、右には夢告を受けられる親鸞聖人の姿が描かれ、画面右には人々に教えを説かれる親鸞聖人が描かれています。
 「六角堂」と名づけられていますが、図では四角形のお堂になっています。六角堂は京の町中にあり、何度も火災にあい建築の難しい六角ではなく四角のお堂だったことも多かったようです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
 

474.宇部北組組報「ご縁だより」第2号です

20181008.jpg   201810082.jpg

 前回の記事でもご紹介しましたが、宇部北組の組報『ご縁だより』の第2号をお届けしています。
 今回も、広報班の皆さんにご尽力いただきました。その内容をご紹介します。

 [1面]
  「お釈迦様の誕生日!花フェス2018開催!」
   3月31日に開催されました「花フェス2018」の報告です
 [2面]
  「連研参加者の感想」
   参加者のお一人、藤本一規氏が記されています

  「お寺のご法座へのお参りの仕方」(附「宇部北組寺院一覧表」)

  「寳林寺よりお知らせ」
   第2回寺子屋文化塾のご案内です

 [3面]
  「2018(平成30)年度宇部北組法座一覧表」
   組内の寺院の報恩講の予定(11月3日から来年の1月26日までの間でお勤めされます)が紹介されています

 [4面]
  「組内寺院の紹介」
   組内の寺院を紹介するシリーズが始まり、今回は西念寺さん、常光寺さんが紹介されています

(左の図は第1面、右は第4面です)

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください) 

473.新聞版「壽福寺だより」を発行しました

   2018101.jpg   2018102.jpg

 新聞版「壽福寺だより」の10月号を発行しました。今日からお届けします。
 今回は、次のものもご一緒にお届けします。
 ・宇部北組の組報「ご縁だより・第2号」
 ・「お取越し」のご案内
 ・来年1月から3月にご年忌を迎えられる方へのご案内

 今月号の内容は次の通りです。

[1面]

 「秋法座をお勤めしました」
   
 「ご連絡です」
  次のご連絡をしています
  ・「お取越しのご案内」
  ・「来年のご年忌のご案内」
  ・「秋の褒章を受章される方に」
  ・「宇部北組『ご縁だより』第2号」
  ・「今後の山口別院の行事です」

 「報恩講のご案内です」

[2面]

 「中四国地区仏教婦人大会に参加しました」
  8月30日に徳島市で開かれた大会のご報告です

 「山口別院フォトコンテストのご案内です」

 「ご存知ですか(17)『お経(3)』」
  『仏説阿弥陀経』の2回目になります

 「ご紹介します(7)『はるや』さん」
  このブログでもご紹介した「はるや」さんです

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

472.ご紹介します(9):「はるや」さん

20181001はるやs     20181001はるや2s

 今回は、手打ちうどんの店「はるや」さんをご紹介します。
 「はるや」さんは、厚狭のご門徒さん今橋純隆さんの甥の森本新弥さんがやっておられる店です。

 店は国道491号線(旧国道2号線)を小月から下関方面に向かって左側、「王司パーク」の手前にあります。平成16年にこの地で開店されました。

 新弥さんがうどんのお店をやろうと思われたのは20才台の後半のことで、30才の時に讃岐うどんの本場高松の「はりや」という店で技術を学び腕を磨かれたそうです。新弥さんはその「はりや」のご主人をうどんは勿論、人生の師としても慕っておられるということでした。
 店の名前「はるや」の由来をお聞きしたのですが、師匠の店の名前「はりや」と、飼っていたネコの名前が「はるちゃん」、「これはもう「はるや」しかない」だったそうです。

 メニューは開店以来変わらず、ざるうどん、釜揚げうどん、暖かいうどんに、てんぷら、とり天、いか天の組み合わせなどです。
 うどんに使う小麦粉を始め、出汁用のイリコなども香川県から取り寄せるなど、材料には強いこだわりを持っておられるということで、麺はしっかり腰のある歯ごたえ、めんつゆもまろやかな旨味を感じるものです。
 さらに、ネギを始めとしてイモやカボチャなどの野菜もできるだけご自分の畑で育てたものを使い、米は純隆さんの田で収穫したもの、とこちらにもこだわりを感じさせられます。

 お客さんにはなじみの方も多いそうで「仕事中の昼食で来ていただいたお客さんが、次にご家族を連れて来ていただくと、美味しいと思っていただいたのだと、嬉しいですね」と、いつもご一緒の奥さんが仰っておられました。

(写真左は新弥さんご夫妻とお店、右は「天ざる」です)
 いつも「天ざる」なのですが、「はりや」さんの人気メニューは「かしわざるうどん」なのだそうですので、次回は「とり天ざる」にしましょうか。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
カウンター
カテゴリ
検索フォーム
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR