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436.平成30年度宗務の基本方針の具体策

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 「平成30年度 宗務の基本方針・基本方針の具体策」が決定されましたので、お伝えします。
 この「宗務の基本方針」および「基本方針の具体策」は毎年度策定されていますが、専如ご門主の伝灯奉告法要がとどこおりなく円成し、本年度は宗門総合振興計画の第2期がスタートする節目の年となります。また、すでに情報をご報告していますように、「御同朋の社会をめざす運動(実践運動)」も第3期目に入り新たな「総合基本計画・重点プロジェクト」を設定して活動に取り組まれる年でもあります。

 そのような平成30年度となりますので、内容を理解して推進を図りたく、以下、決定された内容をご紹介します。

2018(平成30)年度 宗務の基本方針

『念仏者の生き方』に学び、行動する
ー今、私にできることからー

●真実信心をいただくとともに、広く阿弥陀如来の智慧と慈悲の心を伝える。
●念仏者を育て、自他共に心豊かに生きることのできる社会の実現に努める。
●宗門内外の課題に対応し、創造的な活動を育てるため、宗務の充実を図る。

特に注力するものは以下の7項目とする

1.『念仏者の生き方』の学び
2.念仏者のっ生活実践の展開
3.研修の充実
4.子ども・若者へのご縁づくり
5.過疎地域をはじめとする寺院等への振興支援
6.宗門として取り組むべき諸課題の学びと対応
7.運営体制の強化と築地本願寺への支援

 
 昨年度の基本方針は、「伝灯奉告法要から未来に向けてー『念仏者の生き方』に学び、行動するー」とされ、「特に注力するもの」として今年度の2.~7.の6項目が設定されていました。
 そして今年度は、1項の「『念仏者の生き方』の学び」が加えられて7項目とされています(継続される6項目については順番が入れ替わっているものもありますが)

 今年度は、「まずは、丁寧に学びを深め、そしてそこから念仏者としての行動へとつなげ、一人ひとりができることからはじめていこう」(「宗報」より)と、あらゆる場面で『念仏者の生き方』を学び、それを基本として活動を進めようと呼びかけられています。
 その具体的な活動は、「宗門総合振興計画」や「重点プロジェクト」とリンクしながら推進されますが、つぎのような項目が継続して、あるいは新規に取り組まれます。

 ・子どもたちを育む環境づくりや、経済格差、貧困問題への学びなど、重点プロジェクトの取り組み
 ・報恩講奨励と充実
 ・各種研修の見直し
 ・子どもや若者層への「ご縁づくり」の取り組み
 ・過疎地域などの寺院支援
 ・儀礼の研究、平和や環境、いのちなど社会的課題に関する調査研究
 ・実効性のある宗門組織の点検などの宗門の基盤強化

 これらの項目をみてみますと、教区や組として取り組みが進められるものもありますが、個別の寺院で取り組むべき課題もあります。寺としても、今後実態にあわせた取り組みを行いたいと思います。

(写真は、ヤマボウシの花です)

 5月25日、藤ケ瀬から美祢インターにいく山道で咲いていました。花は中央の部分で、白い4枚の花に見える部分はガクなのだそうです。水平に張りだした葉の上に花があり、この季節、緑と白のコントラストが鮮やかです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください) 
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435.ご報告:宇部北組初組会

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 昨日、5月24日に宇部北組の初組会が開催されました。
 組会は、宇部北組の17か寺の住職と代表総代を議員とする決議機関です。初組会はその年度の最初の組会で、前年度の活動報告、決算と今年度の活動方針、予算を審議する大切な組会です。

 当日は、『讃佛偈』をお勤めした後、次の内容で進められ提案された議案はそれぞれ承認されました。住職は副組長として司会を担当しました。なお(  )内は担当者です。

1.組長挨拶(市川組長)

2.議長、副議長選出
 教区会議員である西念寺福川住職を議長に、常光寺の藤本総代を副議長に選出しました

3.議案
 ・平成29年度宇部北組教化活動報告(市川組長)
 ・平成29年度会計決算報告、大谷本廟無量寿堂会計報告(杉形副組長・会計担当)
 ・平成29年度会計、大谷本廟無量寿堂会計監査報告(監事山本住職)
 ・平成30年度宇部北組教化活動計画(市川組長)
 ・平成30年度会計予算案(杉形副組長・会計担当)
 ・宇部北組各教化団体の平成29年度活動報告・会計報告、平成30年度活動計画・会計予算案
  総代会(杉形副組長)、仏教婦人会(杉)、仏教壮年会(市川組長)、子供会(養福寺津室住職)、連続研修会(正善寺山本衆徒)、坊守会(浄円寺若松坊守)、若僧会(常光寺石井住職)、御同朋の社会をめざす運動(実践運動)(万福寺厚見住職)

 以下、特記事項を記しておきます。

1.今後の子供会行事
 去る3月31日に開催しました「花フェス2018(花まつり)」は子供会担当を中心にして、宇部北組の各教化組織が支援する形で実施されました。今後は、おとなも参加できる地域全体の行事として「御同朋の社会をめざす運動(実践運動)」担当で組を挙げて実施することとし、組内の子どもたちにお寺に親しんでもらう行事は、これとは別に検討することとなりました。

2.仏教婦人会
 住職から、今年10月上旬に山口教区の仏教婦人大会(若婦人対象)が、宇部北組、宇部小野田組、厚狭西組の3組が引き受けとなって不二輸送機ホールを会場に開催される予定であることを報告し、必要によりご協力をお願いすることとしました。

3.念仏奉仕団
 来年度に実施することで検討することとになりました。

4.今年度の役員構成
 今年度の役員および担当は次の通りです。(交代)は、今年度から交代となった方です。

  組長  宝林寺市川住職
  副組長 寿福寺杉住職
  副組長(会計担当) 教善寺杉形住職
  教区会議員(僧侶) 西念寺福川住職
  教区会議員(門徒) 常光寺藤本総代
  監事(僧侶)  正善寺山本住職
  監事(門徒)  光林寺林総代
  総代会   会長 教善寺畑口総代(事務局 教善寺杉形住職)(交代)
  仏教婦人会 会長 西念寺大田会長(事務局 西念寺福川住職)(交代)
  仏教壮年会 (事務局 明山寺山名衆徒)
  坊守会  会長 宝林寺市川坊守(交代)
  若僧会  担当 常光寺石井住職
  子供会  担当 養福寺津室住職
  連続研修会 担当 正善寺山本衆徒
  「御同朋の社会をめざす運動」 担当 万福寺厚見住職

(写真は、美祢市美東町二反田溜池のカキツバタです。)

 5月15日に撮影したものです。鮮やかな紺色が晴天に輝くようでした。

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434.『阿弥陀経』を読む(67)「弥陀経讃(2)」

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 今回は、親鸞聖人が『阿弥陀経』に説かれたみ教えを讃嘆された「弥陀経和讃」の2首目になります。

 「第2首」 恒沙(ごうじゃ)塵数(じんじゅ)の如来は 万行(まんぎょう)の少善(しょうぜん)きらひつつ 名号不思議の信心を ひとしくひとへにすすめしむ

 「訳文」 数限りない仏がたは、さまざまな行を修めて得られるわずかな功徳を退けて、思いはかることのできない名号のはたらきによる信心を、みな同じく、ひとえにお勧めになる。

 仏教は私たちがさとりを開いて仏にならせていただく教えなのですが、その道のりについて様々なものが説かれます。しかし、親鸞聖人は、信心をいただいて南無阿弥陀仏の名号一つを称えること以外のすべての行は、私たち自身の力に頼む自力の修行であると、退けられます。
 「万行の少善」について、『注釈版聖典』の脚注では「念仏を多善根多功徳というのに対し、その以外のあらゆる行(万行)を少善とする。」と説明されています。

 この和讃をお読みすると、『阿弥陀経』の中でお釈迦さまが「舍利弗・不可以少善根・福德因縁・得生彼国」(舎利弗よ、わずかな功徳を積むだけでは、とてもその国に生まれることはできない。 )と説かれたところ、『阿弥陀経』を読む(44)、を思い出します。
 この「少善根」は「量的にわずか」ということ以外に、「劣った」という意味もあると学びました。我が力に頼る自力の行もまさしく「少善根」でした。
 
 このように親鸞聖人は、ガンジス河の砂の数ほどの多くの仏方が、口をそろえて少善根の諸善万行を捨てて、大善根である名号を称えるようにと、勧められている、と私たちに説かれています。

(写真は、バイカモという植物です。)

 前回、真宗出雲路派の本山毫摂寺さんをご紹介して思い出した植物です。
 毫摂寺さんの近くを流れる冷水の清流でこのバイカモ(キンポウゲの仲間です)の花を見ることができます。水中でも花を咲かせる植物です。バイカモは冷たい流水の中でないと生育できない植物で、水温の高い西日本ではごく限られた川でだけ確認されているのだそうです。
 会社の工場に「ばいかも寮」という独身寮がありました。最初はてっきり「バイカモ」という名前の鴨があるのだと思い込んでいましたが、お聞きしたら「梅花藻(バイカモ)」で、大笑いでした。

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433.真宗教団連合共同宣言

20180518毫摂寺2 20180518毫摂寺s 


 去る4月18日付けで、「真宗教団連合結成50周年共同宣言」が発表されましたので、ご紹介いたします。
 宣言文は次の通りです。

 真宗教団連合結成50周年共同宣言

 私たち真宗教団連合は、結成より50年を迎えるにあたり、ここに宣言いたします。

 1.私たちは、いのちあるすべての存在が互いに響き合う世界、誰一人取り残されることなく、共に生きることのできる世界を目指し、取り組んでまいります。

 2.前項の目的を達するため、世界に開かれた真宗教団として共同し、各宗派間における情報交換や事業交流を進めるとともに、他団体とも広い協力関係を構築するよう、つとめてまいります。

 現代は、自分を優先し、誰かが取り残されても仕方がないという考えへと人びとを動かす、厳しい時代にあります。この自分優先のあり方の中では、人は孤立し、何のために生きてきたのかと問い、人生への空しさを感じざるをえないことでしょう。

 浄土真宗をお開きになった親鸞聖人は、「煩悩成就のわれら」という言葉で、煩悩によってしか成り立っていない、煩悩から逃れられない人間存在の姿をお示しになっておられます。そこに教えられているのは、私もあなたも同じ、煩悩から逃れられない「われら」であるという共感であり、この共感から、煩悩を滅することなく煩悩の身のままに、共生への歩みがはじまる、ということです。

 現代に必要なのは、一握りの知恵者ではなく、誰もが共に語り合うことができる、広やかな、豊かな人間関係の回復だと考えます。そして、その回復への起点にあるのが、悲しみや苦しみを抱えた「われら」という共感です。

 私たちは、宗教者の責務として、現代に生きる人びとの苦悩に向き合い、共に生きることのできる世界を願って歩んでまいります。

                                   平成30(2018)年4月18日
 
 この「真宗教団連合」は、親鸞聖人を宗祖と仰ぐ浄土真宗の10派の連合体で、1969年に結成されました。構成する教団とその本山(括弧内)は次の通りです。
 浄土真宗本願寺派(本願寺)、真宗大谷派(真宗本廟=東本願寺)、真宗高田派(三重県津市 専修寺)、真宗佛光寺派(京都 佛光寺)、真宗興正寺派(京都 興正寺)、真宗木辺派(滋賀県野洲市 錦織寺)、真宗出雲路派(福井県越前市 毫摂寺)、 真宗誠照寺(福井県鯖江市 誠照寺)、真宗三門徒派(福井市 専照寺)、真宗山元派(福井県鯖江市 証誠寺)

 その結成の趣意は「連合憲章」の「前文」に次のように述べられています。

 「われら、親鸞聖人を宗祖と仰ぐ浄土真宗の教団は、この現代社会にあって、教えによって立ち、教えを正しく伝え、ひろく人類に奉仕すべき教団の役割の重大性を認識し、心を一つにして、社会の不安と混迷を救う教団として前進することを決意した。
 その目的を実現するために、すべての真宗教団の発意に基づいて、ここに、真宗教団連合を結成し、その憲章を約定する。
われら、加盟する団体は、この憲章を誠実に遵守し、その定めるところに従い、統一行動をとることを、代表者の名において厳粛に誓約する。」

 結成以来、各教団がその枠を乗り越えてこの前文の目的を達成するために事業が行われてきました。
 ご家庭で使っていただいています「法語カレンダー」も「真宗教団連合」から発行されたものです。また、閣僚の靖国神社参拝に対する中止要請などの政治に対する申し入れ活動なども行われています。

 「共同宣言」はその活動の一環として10年ごとに発表されていますが、今回の共同宣言は、2020年に真宗教団連合結成50周年、2023年に宗祖御誕生850年、2024年に立教開宗800年の節目の年を迎えることを承けて、検討され発表されたものです。

(写真は、真宗十派のひとつ、出雲路(いづもじ)派の本山毫摂(ごうしょう)寺です)

 毫摂寺は越前市の市街から少し離れた五分市(ごぶいち)というところにあります。地元の街はお寺の門前町にとして栄え、お寺は「五分市本山」と呼ばれていたそうです。
 実は、私が以前勤めていた会社の工場がこの毫摂寺さんの近くにあって、出張した際などにお参りしたり、境内を歩いたりしていて、懐かしいお寺でもあります。
 左の写真が阿弥陀堂と御影堂です。自分で撮影した写真もあったのですが、見つからず、やむを得ずウイキペディアの写真を借用しています。右の写真は2009年3月に撮影したものです。

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432.第4回連続研修会

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 5月12日、万福寺さんで行われました連続研修会で講師を担当しました。当日は研修会の第4回に当たり、研修内容は「お経」でした。40分の時間でしたが、問題提起として次の内容でお話しをさせていただきました。

1.はじめに
 「お経は誰のため?、何のため?」
 今年3月に終わったNHKの「朝ドラ」の「わろてんか」に登場した寺ギンさんという人物の言葉を紹介しました。
 寺ギンさんは元々はお坊さんだったのですが、その後お笑いの世界に入り芸人さんを寄席に派遣する大夫元(たゆうもと)という仕事をしている人物です。寺ギンさんはドラマの中でお坊さんをやめた理由を、「お坊さんは死んだ人に喜んでもらうためにお経を読んでいるが、おれは生きている人に笑って喜んでもらいたいから、お坊さんをやめてこのお笑いの世界に入ったのだ」と言っていました。
 お経を拝読する、法事をお勤めするのは「誰のため?、何のため?」かご一緒に考えていただきたい、とこの印象に残っている場面を最初にご紹介しました。

2.お経とは?
 お経は本来はお釈迦さまが説かれたみ教えのことで、私たちの浄土真宗では、お釈迦さまが残された8万を超えるお経から『仏説大無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』の浄土三部経を正依の経典としていることをご紹介しました。

3.お経はどのようにして伝わった?
 お釈迦さまが2500年前にインドで説かれたみ教え(お経は)始めは口伝で伝えられ、その後文字で記されるようになり、三蔵法師とお呼びする方々のご苦労によって中国にもたらされた典籍は漢文に翻訳され、遠く時間と距離を隔てて現在の私たちに伝わっていただいていることをお伝えしました。

4.『仏説阿弥陀経』
 浄土三部経の中でもご法事に際して拝読されることの多い『仏説阿弥陀経』について、お釈迦さまが説かれたみ教えを学びました。『仏説阿弥陀経』は「無問自説の経」(お弟子さんなどからの問いかけによるのではなく、お釈迦さまが自ら説き起されたお経)と呼ばれ、お釈迦さまがご生涯で説かれたみ教えの集大成として、どうしても後の世に残したいと思われたことが説かれているお経だとされています。

 お釈迦さまは、このお経の中で、お浄土のうるわしさ、すばらしさを説かれ、そこにおられる阿弥陀さまのお救いの力を説かれます。
 お釈迦さまは、このお浄土に往生するには、様々な雑行を捨てて、信心をいただいてお念仏する(名号を執持する)ことだと念仏往生の道を説かれ、次いで、六方(東西南北、下上)の数限りない仏方が、このお釈迦さまが説かれたことは間違いないことだとされ、阿弥陀さまのお救いの力を讃嘆されます。
 お釈迦さまは、念仏者が恵まれる利益(りやく)を説いて、信を勧められ、諸仏はお釈迦さまの功徳を称賛されます。
 お釈迦さまがこのみ教えを説き終わると、お聞きしていた人々は歓喜し、信受し、礼(らい)をなして去って行かれました。

5.お経を読む
 このように、お釈迦さまは、『仏説阿弥陀』により、お浄土のすばらしさを説かれ、お浄土におられる阿弥陀さまが、私をいつも見護っていただき、私が命終わるときには間違いなくお浄土に迎えると誓っていただいていると説かれ、私に信心をいただいてお念仏申すように勧めておられます。

 そうしますと、お経は「亡くなった人に喜んでもらうため、亡くなった方の供養のため、亡くなった方が迷われないため」にお読みするものではないということが分かります。お釈迦さまは、阿弥陀さまが私を救いたいとご苦労をなさってさとりを開かれた所以を説かれ、阿弥陀さまのお救いのお力にお任せするようにと、この私に勧められていることが分かります。

 お経に書かれていることを理解するということは、反面、お釈迦さまが説法されている姿を第三者的に見てしまう恐れがあるということにもなります。お経の中で、お釈迦さまは「舎利弗、舎利弗」と何度も何度も呼びかけられますが、この呼びかけは2500年の時を超えて私に向けて呼びかけられている言葉だと、受け止めなければならないと、お伝えしました。

 引き続き次のテーマによって班別の話し合いを行っていただきました
 ・お経は誰のため?、何のため?:これまで思っていたこと、今回気づいたこと
 ・お経に関わる思い出:祖父母、両親あるいは周りの方で、お経やお勤めについて印象に残っている姿
 ・次の世代に伝える:子どもや孫にお経やお勤めに対する姿、受け止め方をどのように伝えていくか?

 次いで、話し合い結果を報告いただき、まとめをおこないました。
 報告された感想では、やはり「お経は誰のため?何のため?」に関するものが多いように思いました。
 これまで思っていたこととは違うという戸惑いのようなものがあるように感じられました。ご先祖様に感謝しお礼を申しあげるということは変わりませんが、今現在、私が阿弥陀さまやお浄土におられるご先祖様に見護っていただいているということ、そしてこの世に縁が尽きるときにはお浄土に迎えられることは間違いないとされていることを喜び、お礼申し上げるという大切なことを抜かしてはいけないと思います。

 質問で、お経に向かう姿をどのように次の世代に伝えるのか、ということが出されていました。
 これは、非常に難しい問題だと思っています。核家族化が進展している現在ですので、話し合いの報告にもありましたような、祖母や母のお仏壇に向かう日頃の姿からお仏壇を大切にすることを教わるというような伝え方も難しくなっています。それでも、口に出して、こうしなさい、と言われるよりも日常の行動で教えられたことが印象に残っている、という報告もありましたように、私たちがお仏壇に向かう姿、お念仏する姿、お経をお読みする姿を無言ででも示し続けることが大切ではないかと、お話ししました。

 もう一つの質問は、『般若心経』を読んではいけないのですか、というものでした。
 仏教の他の多くの宗派では『般若心経』が読まれているようですが、浄土真宗ではお読みしません。これは浄土真宗では浄土三部経の『仏説大無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』だけで十分であり、『般若心経』を読む必要がないからです。どうかまず三部経をお読みください、短時間で、ということであれば『讃佛偈』や『重誓偈』などもあります、とお答えしました。
 
(図は『昭和新纂 國譯大藏經』に収められている『仏説阿弥陀経』の最初の部分です)

 研修会の当日ご説明したのですが、お釈迦さまが説かれたみ教え(経)と当時のインドの教団の戒律(律)、お経の注釈書(論)を集大成した大蔵経(だいぞうきょう)が中国や韓国で編纂され、日本でも江戸時代に幕府の支援を得て編纂されました。明治以降は出版社が編纂した大蔵経が出版されましたが、それを日本語に訳したものも出版されます。
 
 寺にあります図のものは『昭和新纂 國譯大藏經』といい、1930年から1939年にかけて東方書院というところから刊行されたものです。その経典部の第2巻が「浄土三部経と他七経」に充てられています。
 面白いなと思いましたのは、三部経の各お経について(真宗所用)と付記されたものとそうでないものの両方が収載されていることです。図は、左が(真宗所用)の『仏説阿弥陀経』、右はそうでないものです。どこが違っているのか調べてみたいと思いますが、まず最初に気づきましたのは、冒頭の「如是我聞」の部分が(真宗所用)では「かくのごとくわれきく」とされていますが、一方は「かくのごときをわれききき」となっています。訓読の違いなのですが、なぜ(真宗所用)とそうでないものがあるのか、訓読だけではなく経文にも違いがあるのか、もう少し調べてみたいと思っています。

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431.重点プロジェクト推進のための学習会

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 去る5月7日、山口別院で「重点プロジェクト推進のための学習会」が開催され、参加しました。

 この学習会は、平成30年度より「御同朋の社会をめざす運動(実践運動)」が第3期に入るのにあたって、改定事項を含めて取り組みについて理解を深めるために開催されたものです。

 当日は、次の内容で進められました

1.報告(重点プロジェクト推進室 宇野部長)
(1)『「御同朋の社会をめざす運動(実践運動)」総合基本計画・重点プロジェクト』の改定
  重点プロジェクトの推進期間を、役職者の任期との整合性を持たせるために、第3期の今年度は2年(平成30,31年度)となります。併せて、ご親教『念仏者の生き方』および『伝灯奉告法要御満座の消息』の趣旨を体したものとして、『念仏者の生き方』を踏まえた宗門全体の「実践目標」が定められました。
  
(2)『「御同朋の社会をめざす運動(実践運動)」総合基本計画・重点プロジェクト』の実践目標
 重点プロジェクトの実践目標として、次の目標を設定し、宗門全体が一体感をもって取り組まれます。
  <貧困の克服に向けて~Dana for World Peace~>-子どもたちを育むためにー
 これは、ご門主がご親教の中で、人類の生存にかかわる困難な問題の一つとして「経済格差」を指摘されていることを承けて、実践目標として設定されました。経済格差は、特に弱い立場にある子どもたちや高齢者に影響を与え、さらには紛争やテロの要因ともなっています。このような現状を踏まえ、より多くの方々が参画できる取り組みとして、この実践目標が設定されたという報告がありました。

2.学び(浄土真宗本願寺派総合研究所 岡崎上席研究員)
 岡崎上席研究員からは、次の内容の説明をいただきました。
 ・新たな「実践目標」策定までの経緯
 ・世界の貧困問題
 ・国内の貧困問題ー「子どもの貧困」
 ・さまざまな支援の方法

 この説明をお聞きしてこれまで気づかずにいたこと、認識していなかったことも多いことが分かりました。
 例えば、子供の13.9%(7人に1人)が貧困状態にあるということ、相対的貧困率では、日本は先進国の中で(悪い方から)5番目といったデータが示されましたが、この状況については認識が不足していました。
 家庭の貧困は、子どもの教育に影響を及ぼし、貧困が再生産され、人格形成に影響を与えることが予想され、その結果社会が層分化されることにつながるという指摘も印象に残っています。

 子どもの貧困に対しては、所得保障や生活保障などの「予防」と教育支援、食事支援などの「ケア」という対策があるという説明をいただきました。このうち、「ケア」にあたる部分について、寺院が地域社会として役割を果たすせるという指摘もいただきました。

3.協議
 教区や組での実践運動・重点プロジェクトの推進とのかかわりで、意見交換がなされました。
 会場の出席者から、貧困の問題は経済のグローバル化の中で発生、拡大している、という指摘がありました。その根本部分について手を打たずに、結果としての貧困問題にいわば「対症療法的」に対処しようとしているのではないか、という指摘です。世界経済の拡大の中で、どのように貧困の問題を取り扱うのか、非常に重い問題だと感じています。
 その観点から、上記の「予防」に相当する部分、つまり貧困の根底にある問題や戦争と平和の問題について、宗門としてメッセージを発するべきだという意見が今回も出されました。

 当日の説明と協議をお聞きして感じたことなのですが、この実践目標を承けて組として組の実体を踏まえてどのように活動に結びつけるのかという点も、今後の検討課題だと感じました。

(左は、「御同朋の社会をめざす運動(実践運動)」のロゴマーク、右は国際連合のSDGs:持続可能な開発目標)のロゴマークです)

 右のロゴマークには、「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」など、世界を変えるための17の目標が記されています。ご門主も今年の御正忌報恩講のご親教の中で、このSDGsを取り上げられ、宗門としても趣旨に沿った取り組みを進めたいと表明されていました。

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430.『阿弥陀経』を読む(66)「弥陀経讃 (1)」

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 前回までで『阿弥陀経』を学んでまいりました。
 今回から、親鸞聖人が『阿弥陀経』のみ教えを讃嘆されて記された「弥陀経和讃」をお読みしたいと思います。

 親鸞聖人は、漢文ではなく和語をもって当時の今様と呼ばれる様式で『三帖和讃』をお書きになり、み教えを讃嘆されました。『三帖和讃』は蓮如上人が編纂出版された「文明本」では、『浄土和讃』118首、『高僧和讃』119首、『正像末和讃』116首の合計353首からなるものです。

 その『浄土和讃』のなかに、「『弥陀経』の意(こころ)」(「弥陀経和讃」)という5首があります。この5首を通じて、親鸞聖人が『阿弥陀経』をみ教えをどのように受け止められておられたのか、を学びたいと思います。

 今回はその第1首です。訳文は本願寺出版社の『浄土真宗聖典 三帖和讃(現代語訳)』を使わせていただきました。

「第1首」 十方微塵(じっぽうみじん)世界の 念仏の衆生をみそなはし 摂取(せっしゅ)してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる

「訳文」  数限りないすべての世界の念仏するものを見通され、摂(おさ)め取って決してお捨てにならないので、阿弥陀と申しあげる。

 親鸞聖人は、私たちをだれ一人として残すことなく救いとりたいとされる方こそ阿弥陀さまなのだとお伝えいただいています。阿弥陀さまは、私たちだけではなく、東西南北、上下を含めたあるゆる世界の数限りないすべての衆生を救い、決して捨てることはない、と誓われたかたで、阿弥陀さまのお力によって、あらゆる衆生はこの世の命が終わるとき、直ちにお浄土へむかえられる、と聖人は説かれています。

 親鸞聖人は、和讃に「左訓(さくん・ひだりがな)」と呼ばれる注記を記しておられます。本文の左側に語句の説明や漢字の読み方を示されたものですが、この和讃の「摂取」という言葉には次の左訓が記されていると伺いました。
 「オサメトル ヒトタビトリテナガクステヌナリ セフハモノノニグルヲオワエトルナリ セフハオサメトル シュハムカエトル」
 (摂めとる。ひとたびとりて永く捨てぬなり。摂はものの逃ぐるを追はへとるなり。摂はをさめとる、取は迎えとる)
 この和讃で聖人は、阿弥陀さまは、苦悩から逃れることができずにいる私たちを救われるだけではなく、真実から目を背け逃げ出そうとする私たちをも追って救いとろうとされている、そして決してお捨てにならない方なのだとお伝えいただいています。
 この1首によって、聖人はお浄土のすばらしさとそこにおられる阿弥陀さまの限りない功徳、について私たちにお伝えいただいています。

 この和讃は、親鸞聖人の750回大遠忌法要に当たって制定された『宗祖讃仰作法』音楽法要の和讃として使われたものです。和讃は合わせて6首が使われていますが、その一番最初にうたわれるもので、その言葉とともに今でもその響きが思い出されるような、印象深い和讃でした。

(写真はモクレンの花です)

 最後になりましたが、モクレン属のいわばご本家、右はハクモクレンと呼ばれる白花の品種です。
 大型の花を咲かせて、庭木としても人気の花のようです。

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429.降誕会をお勤めしました

20180504集合写真s

 昨日、5月3日に降誕会をお勤めいたしました。
 少し肌寒いながら、前日の雨からはうって変わった晴天に恵まれて、約40名の方にお参りいただきました。
 ご講師には豊田組清徳寺の尾寺俊水師をお迎えして、親鸞聖人のご誕生をお祝いし、聖人のみ教えを味あわせていただくことができました。

 ご講師は、入滅されて750年以上を経過した親鸞聖人のお誕生日をお祝いしている意味についてお話をいただきました。
 私たち自身を振り返ってみますと、亡くなられた方のお誕生日を思い出し、お祝いすることは全くといっていいほどありません。ご講師がご指摘になられたように、私たちがこのような形でお誕生をお祝い申し上げている方は、親鸞聖人ともうお一人お釈迦さまだけです。

 お釈迦さまが説かれ、親鸞聖人が私たちにお届けいただいたのは、深い煩悩に悩まされている私たちの姿であり、そのような私たちを一人残さず救い摂らずにはおれないと願われた阿弥陀さまのお救いの力であり、そのおおきさ、力強さ、有り難さを深く味あわせていただき、お誕生をお祝いし、お礼申し上げているのだというご講師の言葉が強く印象に残りました。

 ご法話の後は、参拝者は恒例の餅まきを楽しみました。お寄せいただいたもち米やご懇志を使わせていただき、ご持参いただいたものもあわせてたくさんのお餅、お菓子が準備できました。総代さんにこれらのお餅やお菓子を撒いていただき、一同ワイワイと楽しみ、お餅とお菓子の入った袋を手に帰宅することができました。

 今回も多くの方々にお世話になりました。
 仏教婦人会の美祢地区の会員の方には、お斎の準備から給仕、後片付けまでにご協力をいただきました。
 総代さんには、受付、お餅やお菓子の準備、餅撒きの実施を担当していただきました。
 心よりお礼申し上げます。

 また今回は、お孫さんまでの3世代のお参りが2組ありました。ご一家で若い方にもお参りいただき、活気を感じることができ、嬉しく思いました。来年度も有意義な降誕会となるよう、ご協力をお願いいたします。
   20180504仏教婦人会   20180504餅まき   20180504お斎

 写真左は、ご協力いただいた仏教婦人会の(左から)岩崎清美さん、石川ハルミさん、杉山博子さん、木村成子さん、井上清子さん、古川幸恵さん、井上愛子会長のみなさんです。
 写真中は餅まきの様子です。総代の皆さんにお願いしました。
 写真右はお斎の様子です。今年はお斎に残られる方の数が少なく、残念におもいました。

(写真は、集合写真と当日の様子です)
 
(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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