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419.宇部北組仏教婦人会連盟理事会

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 3月27日、小野の宝林寺さんを会所に宇部北組仏教婦人会理事会が開催されました。

 当日は、次の議題について協議を行いました。

1.平成30年度宇部北組仏教婦人会連盟大会の要領
 次の要領で開催されます
 ・日時 6月12日(火)10:00~15:30
 ・会所 宝林寺
 ・法話の講師 豊浦組 光善寺 二木 文生 師
 従来大会はは4月に開催されていましたが、4月には子供会の行事を予定していることも考慮して、6月に開催することとしました。
 当日の担当を確認しました。

2.大会に付議する事項の確認
 次の事項について( )内の担当役員から説明があり確認されました
 ・平成29年度活動報告(杉山会長)
 ・平成29年度会計報告(大田副会長)
 ・平成29年度会計監査報告(伊藤会計監査)
 ・平成30年度活動計画(杉山会長)
 ・平成30年度会計予算(案)(大田副会長)

 平成30年度は役員改選の時期に当たりますので、内規により次の通り改選となることを確認しました。任期は3年です。
  会長:大田一枝(西念寺)
  副会長(会計担当):目隆子(明専寺)
  副会長:藤井菊代(教善寺)
  会計監査:杉山博子(壽福寺)
 これに伴い、平成30年度以降の事務局は西念寺さんとなります。

3.その他
 ・浄誓寺仏教婦人会の解散
  浄誓寺さんから仏教婦人会を解散する旨報告があり、ご住職および会長から挨拶がありました
 ・内規等の検討
  役員選任に関する内規などについて、今後検討することになりました
 ・次回理事会の開催時期
  従来3月中に開催してきましたが、次回は来年4月の教区仏婦連盟委員会の内容を承けて開催することになりました。
 ・31日の子供会行事に対する支援
  仏教婦人会連盟は坊守会と協力して昼食の準備を行いますが、これに加えて当日の白象作成に当たって、3つのグループに1人ずつ応援に入ることとしました

(写真は、コブシの花です。白椎木のバス停の横に咲いていました)
 春も早いうちに高い木一面に咲いて、寒かった冬の終わりを教えてくれます。また、春の農作業の開始時期を教えてくれる花でもあったようです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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418.『阿弥陀経』を読む(61)

20180326パシュパティナート

「御文」 舍利弗・於汝意云何・何故名為・一切諸仏・所護念経・舍利弗・若有善男子・善女人・聞是諸仏所説名・及経名者・是諸善男子・善女人・皆為一切諸仏・共所護念・皆得不退転・於阿耨多羅・三藐三菩提・是故舍利弗・汝等皆当・信受我語・及諸仏所説  
     (しゃりほツ・おにょいうんが・がこみょうい・いっさいしょぶツ・しょごねんぎょう・しゃりほツ・にゃくうぜんなんし・ぜんにょにん・かいいいっさいしょぶツ・ぐしょごねん・かいとくふたいてん・おあのくたら・っさんみゃくさんぼだい・ぜこしゃりほツ・にょとうかいとう・しんじゅがご・ぎっしょぶツしょせツ)

「訓読」 舎利弗、なじぢが意(こころ)においていかん。なんがゆゑぞ名づけて一切諸仏に護念せらるる経とするや。舎利弗、もし善男子・善女人ありて、この諸仏の所説の名(みな)および経の名を聞かんもの、このもろもろの善男子・善女人、みな一切諸仏のためにともに護念せられて、みな阿耨多羅(あのくたら)三藐三菩提(さんみゃくさんぼだい)を退転せざることを得ん。このゆゑに舎利弗、なんぢらみなまさにわが語(ことば)および諸仏の所説を信受すべし。

「訳文」 舎利弗よ、そなたはどう思うか。なぜこれを<すべての仏がたがお護りくださる経>と名づけるのだろうか。
 舎利弗よ、もし善良なものたちが、このように仏がたがお説きになる阿弥陀仏の名とこの経の名を聞くなら、これらのものはみな、すべての仏がたに護られて、この上ないさとりに向かって退くことのない位に至ることができる。だから舎利弗よ、そなたたちはみな、わたしの説くこの教えと、仏がたがのお説きになることを深く信じて心にとどめるがよい。

 お釈迦さまは、これまでお釈迦さまが説かれた、阿弥陀さまの限りない功徳、お救いの力が間違ないことだと、六方の仏方が讃嘆されていると説かれました。「六方段」あるいは「誠証段」とお呼びする部分です。

 そしてお釈迦さまは舎利弗さんに、「そなたはどう思うか。なぜこれを<すべての仏がたがお護りくださる経>と名づけるのだろうか」という問いかけられます。
 お釈迦さまは、以前にも舎利弗さんに、「そなたはどう思うか」と問いかけをされたことがありました。阿弥陀さまのお名前の由縁を尋ねられた時ですが、その時と同じく、舎利弗さんの答えを待つことなく語り始められます。

 お釈迦さまはここで、念仏者が恵まれる利益(りやく)についてお話しになります。
 今回の部分では、お釈迦さまは、「もし善良なものたちが、このように仏がたがお説きになる阿弥陀仏の名とこの経の名を聞くなら、これらのものはみな、すべての仏がたに護られて、この上ないさとりに向かって退くことのない位に至ることができる」と、説かれます。
 この「仏がたがお説きになる阿弥陀仏の名」は、「南無阿弥陀仏」の名号であり、「この経の名」は『阿弥陀経』の名です。ただし、「経の名」を聞くといっても、ただ名前を聞くのではなく、お経の名を通して阿弥陀さまのお救いのいわれをお聞きすることですので、名号のいわれをお聞きすることと同じものだと、瓜生津師は示されます。
 師は、ここで、名号を聞き、経の名を聞くものは、現生において諸仏に護られる、現生において不退転をえる、そして当来(未来)において最高の悟りを得る、という三つの利益を受けることができるのだと、お釈迦さまが説かれていると示されます。

 それゆえにお釈迦さまは、「そなたたちはみな、わたしの説くこの教えと、仏がたがのお説きになることを深く信じて心にとどめるがよい」とお勧めになります。この段を「勧信の段」とお呼びする所以です。

 阿耨多羅三藐三菩提という言葉が出てきましたが、これは梵語を音写した語だと伺いました。『浄土真宗辞典』にたずねますと、無上正等覚、無上正真道などと意訳され、「この上ない仏のさとり、さとりの智慧」を表すとされます。

(写真は、カトマンズのパシュパティナート寺院です。前回に続いてガンジス河に関連のある写真です。)
 パシュパティナートはネパール最大のヒンズー教の寺院で、火葬場があります。火葬場は左に見えるバグマティ川という川に面していて、荼毘に付された後の遺灰はこの川に流されます。この川はヒンズーの人々にとって聖なる河、ガンジス河の上流に当たることから、このような葬送が最も理想的な姿だとされているとお聞きしました。

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417.歴史を訪ねる(6):咸宜園(3)

20180323真量資料   20180323真量資料2

 「歴史を訪ねる」の(1)と(2)で、大分県日田市に開設されていた私塾「咸宜園」に関する情報をお伝えしましたが、今回は、この咸宜園に壽福寺から入塾していた釋真量という人についての情報を得ましたので、現在までに分かったことを整理しておきたいと思います。

 釋真量さんに関する「入門簿」(入塾に際して作成された一身資料)には、次のような情報が記載されていました。(これは、平成26年に「咸宜園教育研究センター」の吉田さんからいただいた資料によります)
 「長州厚狭郡万倉村 壽福寺弟子 釋真量
  入門文政十一年戊子四月十九日
  紹介 釋自然」

 つまり、釋真量さんという壽福寺のお弟子さんは、釋自然さんの紹介によって、咸宜園に入塾したということが分かります。

 今回「咸宜園教育研究センター」からいただいた真量さんに関する資料には次の記事がありました。

 創塾者の廣瀬淡窓師の著『懐旧楼筆記』の文政11年の記事に、
  「文政十一年。戊子の正月。余歳四十七。咸宜園ニ在ツテ業ヲ講ス。此年入門スル者。」として56人の中に「釋真量 長門人。」という名前がありました。

 さらに、淡窓師の日記『欽斎日暦』の文政11年4月には次のような記事がありました。
  「(四月)十九日 長門僧真量入門。居塾。」
 つまり、真量さんは文政11年(1828年)4月19日に入門し、塾の施設に居住することになったようです。

 興味深いのは、その『懐旧楼筆記』の文政11年に入塾した塾生の名前の中に、「釋自然 長門人」という名前があり、その自然さんは2月に入塾されていたようで、この自然さんが真量さんを紹介した人です。2月に入塾した自然さんの紹介で、4月には真量さんが入塾したということになります。

 その真量さんですが、『欽斎日暦』には次の記事がみえます。
 (文政11年)4月27日に「改月旦評。」として、新しい級付けが記されていますが、それに加えて、真量さんほか合計6名について「入席」とされています。これは、真量さんはこの日までに成績表の「月旦評」の対象となったということを示しています。
 その後に「凡(およそ)一百三十九人。在塾生凡六十四人。」という記述がありますので、その時の塾生は139人でそのうち64人が塾に居住していたということのようです。
 センターの吉田さんのお話しでは、当時は塾生が生活する塾舎がまだ多くない状況で、在塾生の多くは地元の下宿先あるいは自宅から通学していたということです。

 その後真量さんが成績表の「月旦評」でどのように評価されたのか、という点にも興味があるのですが、現存する「月旦評」の数が少なく(個人蔵も含めて5枚しか確認されていないとのこと)、その中には真量さんの「成績」に関する資料はないようです。

 真量さんが入塾した文政11年(1828年)といいますと、壽福寺では天保5年(1834年)示寂の11代住職の顕意および天保7年(1836年)示寂の10代顕明の時代です。寺の過去帳にはお弟子さんの名前もありますが、その中に真量さんの名前は見当たりませんでした。その他の寺に関する古文書が残されていませんので、真量さんの入塾に関する寺側の背景は分からない状況です。

 もう一つ、吉田さんからいただいた情報をご紹介します。
 それは、真量さんを紹介された自然さんは、太田文安さんという人の紹介で入塾されたということです。太田文安さんは、周防佐波郡三田尻のお医者さんで、文政10年(1827年)3月6日に咸宜園に入塾されたという記録があるということです。その文安さんの紹介によって、自然さん以外にも周防、長門から多くの人が咸宜園に入塾されたようです。
 以前にもご紹介しましたように、咸宜園は紹介者あるいは保証人があればだれでも入塾できたということですので、このような形で、塾生の輪が広がっていったことを知ることができます。 

 また、入塾して以降の真量さんに関する情報(退塾とその後の情報)もいただいているのですが、その内容についてはもう少し確認して整理したいと思っています。

(図の左は、釋真量の「入塾簿」、右は「十九日 長門僧真量入門。居塾」と記された『欽斎日暦』の写しです。)
 いずれも、「咸宜園開塾200年記念事業」で記念品としていただいたものです。

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416.『阿弥陀経』を読む(60)

P1080565 (2)

「御文」 舍利弗・上方世界・有梵音仏・宿王仏・香上仏・香光仏・大焰肩仏・雜色宝華厳身仏・娑羅樹王仏・宝華徳仏・見一切義仏・如須弥山仏・如是等・恒河沙数諸仏
    (しゃりほツ・じょうほうせかい・うぼんのんぶツ・しゅくおうぶツ・こうじょうぶツ・こうこうぶツ・だいえんけんぶツ・ざっしきほうけごんぶツ・しゃらじゅおうぶツ・ほうけとくぶツ・けんいっさいぎぶツ・にょしゅみせんぶツ・にょぜとう・ごうがしゃしゅしょぶツ)

     各於其国・出広長舌相・徧覆三千・大千世界・説誠実言・汝等衆生・当信是称讃・不可思議功德・一切諸仏・所護念経

「訓読」 舍利弗、上方の世界に、梵音仏・宿王仏・香上仏・香光仏・大焰肩仏・雜色宝華厳身仏・娑羅樹王仏・宝華徳仏・見一切義仏・如須弥山仏、かくのごときらの恒河沙数の諸仏ましまして、・・・

「訳文」 舍利弗よ、また上方の世界にも、梵音仏・宿王仏・香上仏・香光仏・大焰肩仏・雜色宝華厳身仏・娑羅樹王仏・宝華徳仏・見一切義仏・如須弥山仏など、ガンジス河の砂の数ほどのさまざまな仏がたがおられ、・・・

 しばらく間が空きましたが、お釈迦さまが阿弥陀さまの限りない功徳を讃嘆されることについて、六方の仏方が、間違いないことだと証され、信を勧められる「六方段」の最後は上方の仏方です。
 今回は、十仏のお名前が出てきます。前回と同じく、瓜生津師に従ってそのお名前をご紹介します。
  梵音仏    (梵天の音声をもつもの)
  宿王仏    (星宿の王)
  香上仏    (最高の香りをもつもの)
  香光仏    (香の光輝をもつもの)
  大焰肩仏   (大いなる炎の塊をもつもの)
  雜色宝華厳身仏(宝石の花に飾られた身をもつもの)
  娑羅樹王仏  (サーラ樹王の王)
  宝華徳仏   (宝石の青蓮華のような美をもつもの)
  見一切義仏  (一切の意義を見るもの)
  如須弥山仏  (須弥山のごときもの)

 これで六方の38に登る仏方のお名前が出てきました。そのうち、(大)焰肩仏のお名前は3回、今回も出てきましたので36仏ということになるのでしょうか。
 さらに、「かくのごときらの恒河沙数の諸仏ましまして」とその仏方の後ろにはガンジス河の砂の数ほどの多くの仏方がおられて、お釈迦さまが説かれる阿弥陀さまの功徳を間違いないものであり、「この阿弥陀仏の不可思議な功徳をほめたたえて、すべての仏がたがお護りくださる経を信じるがよい」と言っておられると説かれます。

 このように、多くの仏方がお釈迦さまが説かれることについて、間違いないと証明される「諸仏証誠」というのは他のお経には見られないものなのだそうです。
 そこには、自力の心を捨てることができず疑い深い存在である私たちに、阿弥陀さまの「そのままで救う、何があっても大丈夫だ、安心してまかせなさい」という願いを何としても伝えたいという、お釈迦さまの願いがあらわされています。

(写真は、尼連禅河(にれんぜんが)という河です。ガンジス河の支流の一つで、お釈迦さまがさとりを開かれる前に沐浴された河として知られています)

 遠くにブッダガヤの大菩提寺も見えます。 

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415.「花フェス2018(はなまつり)」のご案内です

20180316フライヤー   20180316フライヤー2

 以前にもご紹介しましたが、宇部北組の「花フェス2018(はなまつり)」がいよいよ3月31日(土)に開催されます。

 3月12日、市川組長はじめ有志の僧侶が「養福寺」さんに集まってその準備を行いました。
 当日は、31日に参加者で作っていただく「白象」の準備です。車輪付の台車に乗せる白い象に、目や耳、牙などを描き(山本敬氏が腕を振るってくれました)、31日当日飾りつけを行うための準備を行いました。
(かわいい目をした象になりましたが、どのような象が登場するのかは、当日のお楽しみとしましょう)

 行事の概要は次の通りです。
 前回の記事では、実施日を4月1日としておりましたが、3月31日に変更になっておりますので、ご注意ください。

1.実施日時
 3月31日(土)10:00~15:00(9:30より受付)

2.開催場所
 アクトビレッジおの

3.対象者
 子供さんと保護者

4.内容
 花まつり白象づくり、ネイチャーゲーム、白象パレードなど、(昼食にカレーライスを準備します)

5.参加費
 無料

6.参加申し込み
 行事の案内に付いている申込書によりお申込みください
 お問い合わせは:0836-64-2740(事務局:養福寺)あるいは壽福寺まで

 今回の行事は、宇部北組の総代会、仏教婦人会、坊守会も協力し組を挙げて盛り上げようと企画しています。

(図は、行事案内のフライヤー(ちらし)です)

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414.春の法座をお勤めしました

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 3月10日、春季永代経法要をお勤めしました。
 ご講師には浄誓寺のご住職鶴山景子師をお迎えして、ご法話をお聞きすることができました。
 当日は、晴天で外気温は順調に上がっていきましたが、本堂の中は寒さを感じるような気候でしたが、参拝者一同はストーブで暖をとりながら、お話しをお聞きすることができました。

 当日のお斎では仏教婦人会の皆さんにお世話になりました。
 先日の仏教婦人会役員会で選任された三役の方と、春は万倉地区の会員さんのお力添えをいただき、暖かいお吸い物をご準備いただき、給仕と後片付けをお願いしました。

 また、今回は本願寺出版社から発行されている冊子「お彼岸(春)」を施本としてお渡ししました。是非ご一読いただきたいと思います。

    IMG_3312.jpg     IMG_3321.jpg
 左は当日お手伝いいただいた、左から井上愛子会長、志賀信子監事、齋藤智代さん、松本三枝子さん、屋敷都志子副会長です。お世話になりました。
 右はお斎の様子ですが、残られる方が少ないのは残念です。

 お斎の後一休みして、お参りいただいた岩崎明さん、吉屋博志さん、岩崎賢治さんと住職は、浄誓寺さんで行われた連続研修会の第2回の研修に参加しました。

(最初の写真は恒例の集合写真です。)

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413.歴史を訪ねる(5):咸宜園(2)

20180305咸宜園  20180305咸宜園2

 以前ご紹介しました「咸宜園(かんぎえん)開塾200年記念」の行事が、去る2月24日、日田市の「パトリア日田」を会場に開催され、出席してきました。この「咸宜園」に壽福寺からもお弟子さんが入塾していたということを知り、咸宜園のことや入塾した釋真量というお弟子さんのことについて知りたいと思って参加したものです。
 併せて、日田市内の咸宜園に関連する資料館や史跡を見ることができ、翌日は、壽福寺の本寺であった中津市の長久寺さんや、北九州市苅田にあります旧豊前松山城跡(麓まででしたが)を訪ねることができました。

 24日の記念行事は次の次第で進められました。

 第1部「咸宜園の日」記念式典
  式典に続いて、記念講話がありました。
  講師:咸宜園教育研究センター名誉館長後藤宗俊氏
  演題:「咸宜園と門下生たち」

 第2部記念講演会
  講師:法政大学総長 田中優子氏
  演題「江戸時代の人々にとっての学び」

 第1部の記念講話や関連する資料によりますと、咸宜園は日田の実業家廣瀬家出身の廣瀬淡窓(ひろせたんそう)師が開塾したもので、約80年間に5000人を超える塾生を育てた塾でした。塾の情報はいわば口伝えに広がったようで、塾生の出身地は68の旧藩のうち63藩にわたるというように全国に広がっていました。
 遠く故郷を離れた塾生の多くは、敷地内の塾舎で起居するという共同生活を営んでいたようです。同時に在塾している塾生は200人近くになりますので、当時の地元の人口2000人に対して占める割合も大きく、いわば「学園都市」だったという紹介がありました。地元からも様々な支援(実業家の廣瀬家からの経済的な支援はもちろん、地元の民家を寮として借り上げる制度、さらにはアルバイトを提供して塾生を支援するなど)が寄せられ、また開塾者の淡窓師は地元の会合に積極的に出向いて講話をするなどの努力もあって、地元と強い結びつきを持った塾だったという紹介もなされていました。

 この塾で行われた教育の特徴は、平等主義、実力主義、実学主義に徹したことだと言われます。
 新たに入塾する者は、年齢(極端な例では10才未満で入塾した者もあったようです)やそれまでの身分、学歴を問わない(奪う)「三奪法」により、全員同じスタート地点に立ちます。
 前回の記事でもご紹介しましたように、入塾後は成績によって級の位置づけを明確にし、毎月初めにこれを公表するという「月旦評」が行われました。その昇級の様子をみてみると、入塾後3年未満で最上の級に到達するのが一番早いペースだったようで、他方同じ級に留め置きという者もあり、大きな差が生じたようです。
 また、規則正しい共同生活を送らせるために、塾を運用するための役割を全員が分担する制度があり、実務の経験を通じて社会性を養う工夫もされていました。

 しかし、そのような教育方針の根底には、塾生は自分が学びたいことを自由に学ぶことを尊重するということがありました。入塾を希望する者は、紹介者を得て適宜申し込み、学び終えたと思ったら申し出て退塾する(これは「大帰」と呼ばれていました)、あるいはしばらく塾を離れてまた戻ってくることも可能、というような運用がなされていたようです。
 塾名の「咸宜」は「ことごとくよろし」という意味で、門下生一人ひとりの個性を尊重したいという淡窓師の志をあらわすものだと紹介されていました。

 廣瀬淡窓師は江戸時代後期の三大詩人とされた人でもあり、次のような詩が残されています。

  休道他郷多苦辛
  同袍有友自相親
  柴扉暁出霜如雪
  君汲川流我拾薪

  道(い)うことを休めよ 他郷 苦辛多しと
  同袍(どうほう) 友有り 自ら相(あい)親しむ
  柴扉(さいひ) 暁に出づれば 霜 雪の如し
  君は川流(せんりゅう)を汲め 我は薪を拾わん
 
  他郷での勉学は辛いことが多いと弱音を吐くのはやめにしよう
  一枚の綿入れを譲り合って共有するほどの仲の良い友達もできて、自然と親しくなってくるものだ
  朝早く柴のしおり戸を開けて外に出てみると、真っ白に降りた霜はまるで雪のようである
  その寒さの中、朝の炊事のため、君は小川の水を汲んできたまえ、僕は雑木林の中の薪を拾ってこよう
  (このように苦しいが楽しい寮生活があるではないか)

  淡窓師が、故郷を離れて勉学に励む塾生を気遣い、力づけたいと詠まれた「休道の詩」として、地元の日田市では多くの人に親しまれているそうです。小学校でも唱和されているそうですし、今回の記念式典でも子どもたちが吟詠していました。

 ○お詫びです:この記事、作成途中の3月5日に誤って掲載してしまいました。

(写真は、「咸宜園」の跡地です)

 敷地は通りを隔てて東西に分かれており、東部分で50メートル四方近い広さを持っていました。塾生の増加に従って拡大してきたことが分かりました。
 右の写真は、「秋風庵」と呼ばれる建物で、開塾以来現存する唯一の建物だということです。 

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412.春の法座の準備を行いました

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 3月3日、代表総代の井上啓志さんを初め合計15名の方においでいただいて春の法座の準備を行いました。

 当日、草は余り生えていませんでしたので、寺にいたる通路周辺の整備と、昨年の杉林法面改修工事で設置しました排水管の養生作業を行っていただきました。

 通路の整備では、周辺の竹を伐り、落ち葉を取り除く作業を行いました。竹は、道路に倒れこんで通行の障害になるものもあり、今回整備を行ったものです。
 法面に設置したプラスチック製の排水管はそのままだと日光などで劣化する恐れがあるので養生をした方が良いのではないか、という岩﨑明さんのご提案で実施することになりました。杉板と金属製の波板を使って養生を行いました。

 約1時間半の作業で周辺の整備が終わり、10日のお参りをお迎えすることができます。

 法座は次の要領でお勤めいたしますので、お参りをお待ちしています。

1.日時
 3月10日(土)10:00~(午前の座のみです)

2.ご講師
 吉部浄誓寺 鶴山 景子 師

3.その他
 ・おときをご準備します
  (今回は、万倉・船木およびその他の地区の仏教婦人会の方にお世話になります)

 ・当日午後は連続研修会の第2回目に当たっていますので、午後の勉強会は中止とします。

(写真は、作業開始前に井上代表総代から説明を受ける総代さんです)

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411.仏教婦人会役員会を開催しました

20180302仏婦役員会2  20180302仏婦役員会

 昨日、3月1日に定例の仏教婦人会の役員会を開催しました。
 議事の内容は次の通りです。

1.報告事項(住職)
 平成29年度の報告
 ・伝灯奉告法要
 ・杉林法面改修工事

 平成30年度計画
 ・寺および別院の年間行事計画
 ・宇部北組仏教婦人会連盟大会
 ・連続研修会
 ・宇部北組「花フェスタ2018(はなまつり)」

2.平成29年度活動報告、会計報告
 ・活動報告(杉山会長)
 ・会計報告(井上副会長)
 ・収支が毎年10000円程度の赤字となっているので、会費の改訂について検討することとなりました

3.平成29年度会計監査報告
 ・監査報告(屋敷監事)

4.役員改選
 ・連盟の役員改選に合わせて寺の役員の改選を行い、次の方に役員をお願いすることになりました。
  会長 :井上愛子さん(山中)
  副会長:屋敷都志子さん(万倉)
  監事 :志賀信子さん(山口)

5.平成30年度活動計画
 ・宇部北組仏教婦人会連盟大会
  参加要請人員が決まったら参加者を調製することになりました
 ・各法座のおとき奉仕担当
  春季永代経法要:万倉、船木、その他の地区
  降誕会:伊佐地区
  秋法座:吉部地区
  報恩講:各地区幹事

 今回役員が交代となりました。杉山会長、井上副会長には大変お世話になりました。特に杉山さんには、連盟の副会長および会長として長いあいだご尽力をいただきました。お礼申し上げます。
 また、新しい役員の方にはお世話になりますが、よろしくお願いします。

(写真左は、当日の出席者、右は新しい三役です)

 新三役は、左から屋敷副会長、井上会長、志賀監事です。

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