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402.『阿弥陀経』を読む(56)

20180129焰肩仏2    20180129焰肩仏 

[御文] 舍利弗・南方世界・有日月燈仏・名聞光仏・大焰肩仏・須弥燈仏・無量精進仏・如是等・恒河沙数諸仏
     (しゃりほツ・なんぽうせかい・うにちがっとうぶツ・ みょうもんこうぶツ・だいえんけんぶツ・しゅみとうぶツ・むりょうしょうじんぶツ・にょぜとう・ごうがしゃしゅしょぶツ)
     各於其国・出広長舌相・徧覆三千・大千世界・説誠実言・汝等衆生・当信是称讃・不可思議功德・一切諸仏・所護念経

[訓読] 舎利弗、南方の世界に、日月灯仏・名聞光仏・大焰肩仏・須弥灯仏・無量精進仏、かくのごときらの恒河沙数の諸仏ましまして、・・・

[訳文] 舎利弗よ、また南方の世界にも、日月灯仏・名聞光仏・大焰肩仏・須弥灯仏・無量精進仏など、ガンジス河の砂の数ほどのさまざまな仏がおられ、・・・

 お釈迦さまは、前回に引き続いて、南方の仏方も阿弥陀さまの限りないお救いの力を証され、讃嘆されていることを説かれます。
 (今回の部分では、仏方がされている証誠、讃嘆の内容が前回の東方の仏方についてと同じ言葉で記されていますので、その共通部分については、[御文]には記載しますが、[訓読][訳文]では省略させていただきました。)

 今回の5仏について、瓜生津師がご紹介いただいたものがありますので、孫引きとなりますが記します。( )の中は、サンスクリット本の『阿弥陀経』に記されているお名前の意味だということです。
  日月灯仏 (日月の灯をもつもの)
  名聞光仏 (名声ある光をもつもの)
  大焰肩仏 (大いなる炎の塊をもつもの)
  須弥灯仏 (須弥山の灯をもつもの)
  無量精進仏 (無限の精進をするもの)

 3番目の大焰肩仏ですが、現在お読みしている『阿弥陀経』で後に北方(焰肩仏)と上方(大焰肩仏)にもおられるとされている仏さまと同一の仏さまだとされています。
 上記のように、サンスクリット本での意味は「大いなる炎の塊をもつもの」で、中村元氏によりますと、玄奘三蔵はこれを「大光蘊(だいこううん)」と訳されていて、この方が原義に忠実な訳だとされています。なぜ、私たちが今お読みしている羅什三蔵訳では「大焰肩」となっているのだろうかという点について、中村氏は、訳者の羅什三蔵の出身地である亀茲(きじ)国では、肩から焰(ほのお)を出している仏像があって、その印象が強くこの訳になったのだろうとする研究を紹介されていました。
 お経の文言ひとつにも色々な背景や歴史があるのだなあ、という思いでこの部分を読みました。

(写真は、焰肩仏とされるものです。ネットからお借りしています)
 肩から焰が立つ様子が描かれています。いずれも3~4世紀の現代のアフガニスタンの像だということです。
 羅什三蔵は、4世紀中頃から5世紀初めの方ですので、このような像を日常的に目にしておられたのかもしれません。

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401.花フェスタ2018(はなまつり)検討会

20180126会場  20180126前回風景

 今年4月に実施を予定しています、子供会の行事について検討会を行い、概略次の内容を確認しました。楽しい企画を準備していますので、是非お誘いあわせてご参加ください。
 4月の一日、子供さんの元気な声が響き、地域の活性化につながることを期待しています。

1.行事の名称・主催者
 名称:「花フェスタ2018(はなまつり)」
 主催者:はなまつり実行委員会

2、実施日時
 4月1日(日)10:00~15:00

3.開催場所
 「アクトビレッジおの」

4.行事の概要
 ・開会式
 ・白象づくり
  =この日のために特製した白象に色づけし飾りつけを行います
 ・昼食
  =恒例の美味しいカレーライスを参加者みんなでいただきます
 ・「ネイチャーゲーム」
  =みんなでワイワイとゲームを楽しみます
 ・白象パレード
  =色づけ、装飾した白象をみんなで引っ張ってパレードします
 ・甘茶かけ
 ・閉会式

5.開催の周知
 ご門徒さんだけでなく、多くの方に参加いただけるよう、フライヤー(パンフレット)を作成し告知広告などにより広く周知を図ります

6.関係団体との協同
 開催に当たっては、坊守会や仏教婦人会、総代会などからご支援をいただきます

(写真は、会場の「アクトビレッジおの」のアリーナと前回2014年に同会場で開催されたときの昼食の風景です)

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400.『阿弥陀経』を読む(55)

20180122大岩郷雪2   20180122大岩郷雪

[御文] 説誠実言・汝等衆生・当信是称讃・不可思議功德・一切諸仏・所護念経
     (せツじょうじツごん・にょとうしゅじょう・とうしんぜしょうさん・ふかしぎくどく・いっさいしょぶツ・しょごねんぎょう)

[訓読] 誠実(じょうじつ)の言(ごん)を説きたまはく、<なんぢら衆生、まさにこの不可思議の功徳を称讃したまふ一切諸仏に護念せらるる経を信ずべし>と。

[訳文] まごころをこめて、<そなたたち世の人々よ、この《阿弥陀仏の不可思議な功徳をほめたたえて、すべての仏がたがお護りくださる経》を信じるがよい>と仰せになっている。

 今回のところで、東方の数限りない仏方が仰っている内容が示されます。
 仏方は、まごころをこめて、「阿弥陀仏の不可思議な功徳をほめたたえて、すべての仏がたがお護りくださる経」を信じるように説かれています。 この「阿弥陀仏の不可思議な功徳をほめたたえて、すべての仏がたがお護りくださる経」とは『阿弥陀経』のことだと伺いました。つまり、東方の仏方は、ご自分の国の衆生に対して、お釈迦さまが『阿弥陀経』に説かれたことを信じるようにとお勧めになっているということになります。

 四十八願の第十七願に「わたしが仏になるとき、すべての世界の数かぎりない仏がたが、みなわたしをほめたたえてわたしの名を称えないようなら、わたしは決してさとりをえて仏とはならない。」と誓われた「諸仏称名の願」があります。
 瓜生津師は、阿弥陀さまのこの悲願があって、その悲願が成就したすがたが諸仏の証誠となっているのだと記され、『浄土和讃』の次のご和讃を示されています。
 「諸仏の護念証誠は/悲願成就のゆゑなれば/金剛心をえんひとは/弥陀の大恩報ずべし」

 今回のところで、「護念」という言葉が出てきます。「念じまもること」(『浄土真宗辞典』)なのですが、一般に考えられるような、災いを免れたり、病を除き健康を維持したり、といったご利益のことではありません。瓜生津師は、親鸞聖人が『一念多念文意』示された「『護』はところをへだてず、ときをわかず、ひとをきらはず、信心ある人をひまなくまもりたまふとなり。」というお言葉をひいて、「まことの信心をえた人は、一瞬もたえまなくつねに如来の心につつまれ、ささえられてい」ることが護られるということだと記されています。

 ここでは、信心をいただいてお念仏申す人は、阿弥陀さまにまもられて、なにものにも迷わされることない「金剛心」をえるというご利益をいただくことができるということが示されています。

(写真は先日の大雪の後の大岩郷です)

 雪の当日は車でも行けませんでしたので、晴れてからの写真になりました。いつもとは様子の違う大岩郷です。

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398.『阿弥陀経』を読む(54)

20180119仏足石2   20180119仏足石


[御文] 各於其国・出広長舌相・徧覆三千・大千世界
     (かくおごこく・すいこうじょうぜっそう・へんぷさんぜん・だいせんせかい)

[訓読] おのおのその国において、広長(こうちょう)の舌相(ぜっそう)を出(いだ)し、あまねく三千大千世界に覆(おお)いて、

[訳文] それぞれの国でひろく舌相を示して、世界のすみずみにまで阿弥陀仏のすぐれた徳が真実であることをあらわし、

 お釈迦さまは、阿弥陀さまのはかり知れないすぐれた功徳を讃嘆されました。私たちは、お釈迦さまがそのことを数限りない仏方も証明されているのだと説かれる、「六方段(証誠段)」を学んでいます。

 東方の仏方(後に出てきます五方の仏方も同じなのですが)は、「広長の舌相を出し、あまねく三千大千世界に覆いて」とされています。
 この広長の舌相というのは、仏さまには私たちとは違う32の身体の特徴があるとされるその一つなのです。
 仏さまの舌は広くて長く、顔面を覆って髪の生え際まで届くほどだというのが、広長舌相です。当時のインドでは、舌が鼻を覆えばその言に偽りがないとされていたのだそうです。
 従って、今回の部分は、(東方の)数限りない仏方がお釈迦さまの説かれていることは間違いないのだと、仰っておられるということになります。訳文も「阿弥陀仏のすぐれた徳が真実であることをあらわし」となっています。
 日本で「舌を出す」という動作は全く違った意味になりますが、時代と場所によって意味が変わるものですね。

 また「長広舌」という言葉があります。この三十二相を起源とした言葉だと思われますが、岩波国語辞典では「長長としゃべりたてること。また、熱意のあふれた雄弁」とされているように、語源とは離れた意味を持つようになっているようです。

 「三千大千世界」という言葉が出てきました。訳文では、「世界のすみずみまで」とされていますが、この「世界」は、須弥山という高い山(辻本師によれば高さ56万キロメートルだそうです)とそれを取り巻く七つの山脈、その外の大海、そこに浮かぶ4つの島、その一つに人間が住み、地獄や餓鬼、畜生の世界もその下にあるという、誠に広大な世界、それが一世界なのです。
 その広大な世界を千個併せたのが小千世界、小千世界を千個併せたのが中千世界、大千世界というのはその中千世界をさらに千個併せたものだということですから、十億個の世界ということになります。
 ガンジス河の砂ほどの多くの仏方が、それぞれご自分の三千大千世界を覆うだけの広い舌を出して、お釈迦さまの説法を讃えておられるということになります。

 仏さまの身体的な特徴を表した三十二相で、他にも記憶に残っている相があります。

 仏さまの足の裏には輪形が刻まれているという「千幅輪相(足下二輪相)」があります。
 古代のインドでは、仏さまの像を刻んで礼拝するという習慣がなかった、あるいは像に刻むことは余りにも恐れ多いということでもあったようですが、ということで、代わりに輪形を刻んだ「仏足石」が信仰の対象となったとお聞きしています。その他に、法輪(仏教の教えが広く伝わることを象徴する輪形)やお釈迦さまがさとりを開かれた地にあった菩提樹も礼拝の対照となっていたようです。
 仏さまのお姿を刻んだ仏像が礼拝の対象とされるようになるのは、時代が下ってガンダーラ地方(現在のアフガニスタン)やマトゥーラ地方(現在のパキスタン)が始まりだといわれているようです。仏教の教えが他の地に広がり、その地の文化と融合された結果だということになります。

 「手足指縵網相(しゅそくしまんもうそう)」という相も印象にのこっています。
 仏さまは手足の指の間に鳥のような金色の水かきを持っておられるという相です。たくさんの悩める衆生を一人も残すことなく救いたいという願いが表わされた相だと伺いました。

(写真は、仏足石です。)

 左はインドのコルカタ博物館に展示されていたもの、右はウイキペディアから借用しました。

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398.ご紹介します(17):「石炭都市宇部市の起源」


20180115本
   20180115本2

 今日は、最近発刊された「石炭都市宇部市の起源」という本をご紹介します。
 この本は、宇部フロンティア大学の特任教授でもある内田鉄平氏が書かれ、昨年10月に宇部日報社から発刊されたものです。内田氏は、以前ご紹介したこともあります「古文書読み解きの会」でご指導いただいている方でもあります。

 宇部市は石炭産業とともに発展してきましたが、この本では、江戸時代に石炭が産業として注目され始めて以降明治に至る期間に、どのような形で拡大してきたのかということが資料とともに記述されています。
 これまで全く知らなかったことや、誤解していたことなども多く、目を見開かされた思いをした本でもありました。

 「石炭都市宇部」と私も思っていましたが、江戸時代に石炭で名前を知られていたのは、船木(村)の方だったのだそうです。船木にも石炭の層があり、早くから住民が燃料として石炭を使っていました。船木は宿場町として栄えていましたので、そのことが多くの人(旅行者)の目にとまり、「船木の石炭」という名前が広まりました。実際の生産量は船木村の南の有帆村が圧倒的に多かったようですが、「船木」の名前が広く知られていたようです。
 一方、当時の宇部村(旧福原氏の領地で現在の宇部市街の一部)は、農業のみを生業とする地域だったようです。

 その後、石炭は塩田(三田尻あたりで広く展開されていた)に使う燃料として注目され、長州藩はこれに着目し課税の対象とし、さらに蒸気船や製鉄の燃料として需要が高まることを期待して藩の専売品にしようとしましたが、明治維新を迎えます。

 明治維新の後には、国の法制変更もあって石炭事業の民営化が進められることになります。
 そのような中、福原氏の家臣は、石炭採掘による地域の振興や家臣団の生計維持を図ります。それまで、浅い炭層であったことも利して有帆地域が生産の中心でしたが、排水技術の向上などによって宇部村地域の深い炭層も採掘が可能になったことも後押ししたのだそうです。

 家臣団は、最初に「宇部炭鉱会社」を設立し、その後1886年に「宇部共同義会」という組織を結成します。
 この「宇部共同義会」という組織は、株主の出資により運営される組織なのですが、その目的を石炭鉱区の統一管理と地元の教育の支援や困窮した家族の支援におくという組織でした。後に採炭業をを開始するのですが、その収益をこのような社会事業に向けるという組織だったということで、明治維新によるこの地域の疲弊を何とかしたい、という思いが感じられます。「宇部共同義会」は1950年まで継続しました。
 その間、1897年に宇部興産の創業に当たる沖ノ山炭鉱組合が設立され、1942年には現在の宇部興産が設立され、文字通りの「石炭都市宇部」が成立することになりました。

 宇部市域の炭鉱が閉山されて、2017年で50年になるのだそうですが、「石炭都市宇部」の歴史を俯瞰することができる本でした。

 この本を読んで改めて実感したのは、船木という街の位置づけです。
 長州藩に「船木宰判」という地域の管轄機関があって、現在の宇部市(東部の一部を除く)と山陽小野田市(西部の一部を除く)に該当するのですが、その行政の中心は現在の船木にあったということです。船木には、代官所が置かれ、大名が泊まる本陣もあり、最初にも書きましたが多くの人が行き来した街だったようです。そういえば船木には今も簡易裁判所があります。

 この本の中に『防長風土注進案』という天保期(19世紀中頃)に藩が藩内の地理や風土を調べた資料が掲載されていました。
 その資料でも、船木は家が383軒、人口1537人で、主な産業は櫛、木綿、酒・醤油・油・酢、紺屋(染物)に加えて綿商、旅宿屋と生産、流通が盛んに行われていたことがうかがえます。
 その資料で、寺のある万倉村、今富村(両方合わせて表記されています)をみてみますと、251軒、人口が1045人、主な産業として、木綿織と懸木割木の2つがあげてありました。米の他に綿を栽培して紡ぎ織っていたのでしょう。後の方の割木は燃料用だったのでしょうか、懸木の方はよくわかりません。
 船木宰判に属している他の村を見ても、木綿に関わる産業をあげてある村が多くありました。現在日本では綿は全くと言っていいほど栽培されていませんが、当時は広く行われていたことがうかがえます。
 
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397.『阿弥陀経』を読む(53)

20180112雪景色  20180112雪景色2

[御文] 東方亦有・阿閦鞞仏・須弥相仏・大須弥仏・須弥光仏・妙音仏・如是等・恒河沙数諸仏
     (とうぼうやくう・あしゅくびぶツ・しゅみそうぶツ・だいしゅみぶツ・しゅみこうぶツ・みょうおんぶツ・にょぜとう・ごうがしゃしゅしょぶツ)

[訓読] 東方(とうぼう)にまた、阿閦鞞仏・須弥相仏・大須弥仏・須弥光仏・妙音仏、かくのごときらの恒河沙数(ごうがしゃしゅ)の諸仏ましまして、

[訳文] 東方の世界にも、また阿閦鞞仏・須弥相仏・大須弥仏・須弥光仏・妙音仏など、ガンジス河の砂の数ほどのさまざまな仏がたがおられ、

 お釈迦さまは、これから六方(東方、南方、西方、北方、下方、上方)の多くの仏方が、お釈迦さまのみ教えが間違いないものであり、私たちには思い量ることのできない阿弥陀さまの優れた徳が真実であり、この教えを信じるようにと勧められておられると、説かれます。その最初は、東方の世界におられる仏方です。

 『阿弥陀経』の東方世界では、五仏のお名前がでてきますが、以下、南方でも五仏、西方では七仏、北方には五仏、下方は六仏、上方では十仏のお名前が登場します。この部分については、原典により六方が十方(六方に東南、西南、西北、東北の四方が加わります。玄奘三蔵の訳された『称讃浄土教』ではこの十方となっているということです)になっていたり、同じ六方でも仏方の数が違っているということです。

 今回初めて知ったのですが、『仏名経(ぶつみょうきょう)』というお経があるということです。複数の『仏名経』が伝えられていて、そこには何千という仏方のお名前が書き連ねられているということです。中には、仏方のお名前の間に説法が加えられているものもあるということです。浄土真宗では行いませんが、他の宗派では『仏名経』を読頌する『仏名会(ぶつみょうえ)』という行事も行われているということです。
 瓜生津師は、『阿弥陀経』の六方段に伝えられている仏方のお名前は、菩提流支(ぼだいるし)が訳された『仏名経』というお経と一致しているという研究を紹介されています。菩提流支といえば、曇鸞大師に『観無量寿経』を授けられた方ですが、このようなところにもお名前が出てきて、懐かしい思いがしました。

 今回の東方の仏方の最初にあります阿閦鞞仏について、中村元氏は、「阿閦鞞仏は、阿弥陀仏の西方浄土に対し東方浄土の教主で、阿弥陀仏信仰が起こるまでは有力な仏だったのが、阿弥陀仏信仰が強まるに従って影が薄くなり、いまや阿弥陀仏を讃える諸仏の一人とされることになった(要約)」と紹介されています。
 お経の御文にも歴史の流れが反映されていることを教えられました。

(写真は、昨日の朝の雪の様子です)

 今シーズン一番の冷え込みと雪になりました。本堂の屋根から落ちた雪が積もり、しばらくは残りそうです。皆さんのところはいかがだったでしょうか?

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396.『阿弥陀経』を読む(52)

   
20180108法隆寺釈迦三尊像

[御文] 舍利弗・如我今者・讃歎阿弥陀仏・不可思議功德
     (しゃりほツ・にょがこんじゃ・さんだんあみだぶツ・ふかしぎくどく)

[訓読] 舎利弗、われいま阿弥陀仏の不可思議の功徳を讃歎するがごとく、

[訳文] 舎利弗よ、わたしが今、阿弥陀仏の不可思議な功徳をほめたたえているように、

 ここから私たちは、「証誠(しょうじょう)段」あるいは「六方(ろっぽう)段」と呼ばれている部分に入ります。

 お釈迦さまは、前回の最後に「わたしはこのような利益があることをよく知っているから、このことを説くのである。」と話されました。お釈迦さまは、私たちは信心をいただいてお念仏申すときに間違いなくお浄土に迎えていただけると説かれ、「わたしはこのことをよく知っているから」と、いわば、お釈迦さまご自身がそのことについて「証明」していただいたということになります。

 今回以降で、お釈迦さまはさらに、六方(東方、南方、西方、北方、下方、上方)の数限りない仏方も、お釈迦さまの説かれることは間違ないことであり、阿弥陀さまの優れた徳が真実であり、この教えを信じるようにと勧めておられると説かれます。
 「証誠段」の証誠は、「誠のことばをもって証明する」(『浄土真宗辞典』)という意味で、六方の多くの仏方もそのことを証明されているということになります。

 瓜生津師は、お釈迦さまがご自身のことばだけではなく、他の多くの仏方のことばも加えて、阿弥陀さまのお救いの力を讃えられているのは、私たちがどうしようもなく疑い深く、容易に仏法を信じようとしないからなのだと記されています。これから諸仏のお名前が続く部分をお読みしていますと、お釈迦さまがこのように疑い深い私たちを気遣っておられるのだと、改めて思い返すことができます。

 「不可思議」ということばが出てきます。
 私たちはこのことばを「妙なこと、怪しいこと」といった意味に使いますが、『浄土真宗辞典』には「言葉では言い表したり、思いはかることのできないこと」「特に仏の徳が、衆生の思いやはからいを超え、衆生を自在に救うことのできることを表す」とされています。
 『阿弥陀経』にはこの後も「不可思議」が出てきますが、いずれも「不可思議功徳」という形です。不可思議ということばは本来は、私たちにははかり知れない仏さまの力、智慧を表すことばだったのだと思います。

 以前にも申しましたが、『阿弥陀経』は「無問自説」のお経で、お弟子さんなどからの問いかけや、勧めをきっかけにお説きになられたものではなく、お釈迦さまがご自分から説き始められたお説法です。
 お釈迦さまがご生涯を通じて、なんとしても阿弥陀さまの「不可思議の功徳」を私たちに伝えたいと願われ説かれたみ教えです。そのことを思いながら、これからの「証誠段」を学びたいと思います。

(写真は、釈迦三尊像です)

 法隆寺の金堂に安置されている国宝の三尊像です。以前ご紹介した東大寺の三尊像では、普賢菩薩と文殊菩薩とともに描かれていましたが、法隆寺のお釈迦さまは薬王菩薩、薬上菩薩と呼ばれる菩薩方とご一緒です。

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395.『阿弥陀経』を読む(51)

P1000624.jpg 

[御文] 舍利弗・我見是利・故説此言・若有衆生・聞是説者・ 応当発願・生彼国土
     (しゃりほツ・がけんぜり・こせっしごん・にゃくうしゅじょう・もんぜせっしゃ・おうとうほツがん・しょうひこくど)

[訓読] 舎利弗、われこの利を見るがゆゑに、この言(ごん)を説く。もし衆生ありて、この説を聞かんものは、まさに発願してかの国土に生るべし。

[訳文] 舎利弗よ、わたしはこのような利益(りやく)があることをよく知っているから、このことを説くのである。もし人々がこの教えを聞いたなら、ぜひともその国に生れたいと願うがよい。

 本日の部分は、お釈迦さまがお念仏とその利益(りやく)について説かれた部分の最後になります。
 お釈迦さまは言われます。「私は、お念仏には、どのようなものでも、臨終のときをまつことなく間違いなくお浄土に往生させていただく力があることをよく知っているから、他にこころを移すことなく(信心をいただいて)念仏するようにと説くのだ」そして、お浄土に生れることを願うことをお勧めになります。

 これまでお釈迦さまが説かれたことをもう一度振り返ってみます。

 お釈迦さまは、最初にお浄土の荘厳の素晴らしさを説かれました。
 お浄土には宝で飾られた樹や池があり、大きな蓮の花が咲いており、様々な光に満ちて、鳥たちが素晴らしい声で鳴き、妙なる音楽が聞こえてきて、それを目にし耳にするものは、自然に仏法僧を念じるようになるのだと、説かれました。

 次いで、お釈迦さまはそこにおられる阿弥陀さまとお弟子さんについて説かれます。
 「阿弥陀」というお名前は、限りない光と限りない命を備えておられことに由来するもので、また阿弥陀さまとともにおられる数限りないお弟子さん方も、限りない命をいただいておられると説かれました。

 そして、お釈迦さまは、私たちに、(信心をいただいて)他に心を乱すことなく阿弥陀さまの名号を称えるならば、だれでも臨終のときを待つことなく間違いなくお浄土に迎えられるのだとお示しいただきました。

 お釈迦さまはこれらのことを、「舎利弗、舎利弗」と第一のお弟子さんである舎利弗さんに呼びかけながらお話しされました。その声は、舎利弗さんを通して他ならぬ私たちに「お浄土のことを思い、お念仏を申し、お浄土に生れることを願うようになってくれよ」と呼びかけられる声なのだと改めて受け止めたいと思います。

(写真は、別府湾の日の出です。前回と今回、日の出の写真となりました。)

 2009年ですが、大阪からフェリーで別府まで行くことがあって、この日の出に出会いました。

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394.明けましておめでとうございます


 謹んで新年のお慶びを申し上げます。今年もよろしくお願いいたします。

 『本願寺新報』の1月1日号に掲載されています専如ご門主の「年頭の辞」を以下ご紹介します。

 新しい年のはじめにあたり、ご挨拶申し上げます。

 まず、「平成29年7月九州北部豪雨災害」において、多くのご門徒の方々が被災されました。犠牲となられた方に衷心より哀悼の意を表しますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。また、昨年3月には東日本大震災の発生から七回忌を、4月には平成28年熊本地震から一周忌を迎えました。災害によって多くの方が犠牲となられ、被災されています。「諸行無常」の世であることを痛感するとともに、今、様々なご縁の中で生かされているいのちであることを実感します。今後も宗門として、被災各地への支援活動を続けてまいりましょう。

 昨年、5月31日までの10期80日間にわたる伝灯奉告法要には、約45万人の方に本願寺へご参拝いただきました。大変ありがたく、感謝申し上げます。

 法要初日の親教「念仏者の生き方」と「伝灯奉告法要御満座の消息」において、浄土真宗のみ教えを聞き、阿弥陀さまのおはたらきの中で生きる私たちの生き方について述べさせていただきました。

 グローバル化する時代状況の中、2015年、国連では「持続可能な開発目標(SDGs)が採択されましたが、これは、今のままでは将来の世代に人類が生存できる地球を受け継ぐことができないという強い危機感に基づくものです。そこでは「誰一人取り残さない」を理念として、「貧困」や「不平等」「環境」「平和」など17の課題解決のための目標が掲げられています。

 阿弥陀さまのおはたらきの中、その大智大悲のお心に促され導かれて社会的課題に積極的に取り組み、すべての人びとが心豊かに生きられる社会の実現を目指すのが私たち念仏者です。本年も、浄土真宗のみ教えを聞き、阿弥陀さまのおはたらきのもと念仏者として精一杯歩んでまいりましょう。

(写真は昨日1月2日の日の出です)

 昨年の1月2日と6日に使用した写真と同じく、寺から藤ケ瀬に行く途中で撮影したものです。この場所からは折り重なる山並みの向こうから日が昇るのを見ることができる、お気に入りの場所です。今回はもう一人日の出を見に来ている人がおられました。
 ですが、今年は撮影に出かけようとしたところデジカメの行方が分からず、やむを得ずスマホで撮影ということになってしまいました。

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