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322.法中会のご報告です


20170428ホタルカズラ
   20170428シラン

 4月26日、小野の宝林寺さんで2017年度の第1回目の法中会が開催されました。

 『讃佛偈』のお勤めの後、次の議題について審議、検討、報告がなされました。

1.平成28年度活動報告、会計報告および29年度活動計画、予算
 ・宇部北組の28年度会計決算および29年度会計予算
 ・宇部北組の各教化団体の28年度活動報告、決算報告および29年度活動計画および予算
  総代会、仏教婦人会、仏教壮年会、連続研修、御同朋の社会をめざす運動、子供会について担当者から報告がありました

2.初組会の概要
 組会は各寺院から住職と代表総代が参加する組としての決議機関です。今年度は次の内容で開催されることとなりました。
 ・日時 5月18日 15:00~
 ・場所 「宇部72アジススパホテル」
 ・議題 
   28年度活動報告、会計決算報告、監査報告
   29年度活動計画案、会計予算案
  (今回の法中会で確認された内容です)

3.その他
 ・組報発行
  宇部北組内の広報活動として「組報」の発行を検討することになりました。
 ・子ども・若者推進委員会
  キッズサンガでできた小学生とのご縁をさらに年齢の高い子ども・若者に広げる活動が宗門全体で展開されることになりました。今後宇部北組としての取り組みを進めることとなります。

 (写真は、ホタルカズラとシランの花です)

 先日、4月23日に秋吉台を歩いてきました。長者ヶ森の駐車場から真名が岳往復を歩きましたが、快晴のもとよい汗をかくことができました。
 ホタルカズラはその途中に3か所ほど群生している場所がありました。鮮やかなブルーが印象的な花です。
 シランの方は咲き始めたといったところでした。ランの仲間では土壌に根を下ろさない着生のものが多いのだそうですが、このシランは地生で乾燥にも強く育てやすいランなのだそうです。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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321.『阿弥陀経』を読む(17)


20170424長登サクラ2
   20170424長登サクラ

「御文」 有世界 名曰極樂 (うせかい・みょうわツごくらく)

「訓読」 世界あり、名づけて極楽といふ。

「訳文」 極楽と名づけられる世界がある。

 前回、「ここから西の方へ十万億もの仏がたの国々を過ぎたところに、」とされていましたが、お釈迦さまは「そこに極楽と名づけられる世界がある」と説かれています。

 この「極楽」という言葉は、初めて登場しました。『浄土真宗辞典』では、極楽とは「阿弥陀仏の浄土のこと。もろもろの楽しみが常で、苦しみのまじらない世界であるから、このようにいわれる。」とされています。

 私たちは、この「極楽」という言葉を耳にすると、この世の欲望が満足される世界、といったイメージを持ってしまいます。  
 『岩波国語辞典』を見ますと、「『極楽浄土』の略。転じて心配のない安楽な境遇」とされていて、その「極楽浄土」は「阿弥陀仏の浄土。諸仏の浄土中もっとも完全なもの」とされていました。ここでは、「極楽」の本来の意味が示され、それが転じて(私たちが一般にイメージしているように)この世の満足という意味が示されてます。

 お釈迦さまは、「人生は苦である」とされ、私たちは、生老病死の四苦、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦を加えた八苦から逃れることができない存在なのだと説かれました。「極楽」とはそのような根源的な苦から解放された世界のことだと伺いました。
 中村元氏はそれを「われわれの住む穢土(えど)における苦・楽相対の楽ではなくして、浄土の楽とは絶対の楽をさす」とされています。「極楽」とは、私たちのこの世での欲望が満たされた姿ではなく、そのような苦・楽を超えた、ゆるぎのない楽の世界ということになります。

 ちょっと脱線しますが、「極楽」を「きょくらく」と読む場合があるのだそうです。今回初めて知りました。
 『大修館新漢和辞典』では「きょくらく」は「たのしみを十分に尽くす。また、この上ない楽しみ。」とされています。この世の「楽」を極めた姿でしょうか。同辞典では、「ごくらく」について「阿弥陀如来のいる所で、すべての苦しみのない、この上なく安楽な世界」だとして、ちょうど今学んでいます『阿弥陀経』の「從是西方過十万億仏土有世界、名曰極楽。 其土有仏、号阿弥陀。・・・其国衆生、無有衆苦、但受諸楽。」と途中を略しながら御文が引用されていました。

 先の『岩波国語辞典』の「極楽」を使った熟語として「ごくらくとんぼ(極楽蜻蛉)」という語がありました。いわく「うわついた態度ののんき者をののしって言う語。」そうそう、そんな言葉もあったなあ、と思いだしました。この「極楽」は、典型的な「この世の安楽」にあたるのでしょう。
 と、最初に書いてその後しばらく経って思ったのですが、この「極楽のトンボ」、上のような解釈とは別に穏やかな風景を思い浮かべさせるようにも思われます。「極楽蝶々」「極楽バッタ」・・・などとは違って、トンボは目に見えない風に抱かれてこの世の苦や楽とは別の世界を飛んでいるように感じられませんか?
 目に見えない力を感じてそれにお任せするという姿がこの世の人々の目には「うわついた態度ののんき者」に見えることだってあるかもしれません。以前「極楽とんぼ」というお笑いコンビがいて、週刊誌に取り上げられるような騒ぎがあったのも、トンボのイメージを落としているのかも。

 仏教が私たちの毎日の生活に深くかかわってきたことは、私たちが使う日常用語の中に多くの仏教用語が取り込まれていることからも伺うことができます。その結果、時として仏教用語が本来の意味から外れて、使われ理解されることにもなりました。今回の「極楽」もその一つのようです。

(写真は、美東町の「長登の枝垂桜」として知られているサクラです)
 あたりを見渡すように悠然と枝をひろげていました。
 
(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

320.伝灯奉告法要に団体参拝しました


20170421集合写真

 宇部北組の行事として計画実施された専如ご門主の伝灯奉告法要団体参拝が行われ、壽福寺からは住職と徳田順久さん、岩﨑明さん、杉山博子さん、井上幹子さん、井上愛子さんの6名が参加しました。

 組全体で103名となる参拝者は4月17日6:30に新山口駅に集合し、新幹線で新大阪駅へ、新大阪駅からは貸切バス2台に分乗して京都に向かいました。午前中に東山の大谷本廟に参拝し、その後午後2時より本山で専如伝灯奉告法要にお参りしました。この伝灯奉告法要は、専如ご門主が阿弥陀さま、親鸞聖人の御前にみ教えが第25代専如ご門主に伝えられたことを告げられ、お念仏のみ教えが広く伝わることを誓われる法要です。

 法要は、新しく定められた「奉讃伝灯作法」に従って阿弥陀堂と御影堂の両堂で同時並行して勤められました。内陣への出勤者と両堂の参拝者一同で称える『散華(念仏)』の後、専如ご門主が表白を読まれ、引き続き『正信念仏偈』『和讃』および『回向句』を拝読しました。また、最後に「親鸞聖人は仰せになる。・・」で始まる「拝読文」を参拝者一同で拝読しました。

 お勤めは両堂で同時になされたのですが、専如ご門主は前半は阿弥陀堂でお勤めされ、『正信偈』の依釈段の部分からは御影堂に転座され(移られ)お勤めが続けられました。一方、即如前ご門主は前半は御影堂で、後半は阿弥陀堂でお勤めをされました。専如ご門主が阿弥陀堂で表白をお読みになっておられる間、御影堂の私たちはTVモニターでその様子を拝見することができるという工夫がなされていました。
 新旧のご門主に転座いただくことにより、私たちは参拝者は専如ご門主および即如前ご門主とご一緒にお勤めすることができました。

 伝統奉告法要に引き続き、両堂で「伝灯のつどい」が開催されました。
 「伝灯のつどい」には大谷宗家の即如ご門主ご一家(ご門主、お裏方、敬さま、顕子さまのご一家)および即如前ご門主および前お裏方ご夫妻が出席され、ご門主のお言葉をいただき、またご門主のご家族にインタビューも行われました。また、その間、ご門主および前ご門主のご事績と前ご門主からのメッセージをお伝えいただく映像も紹介されました。
 最後に一同で『恩徳讃』を斉唱し、「伝灯のつどい」も終了となりました。
 この「伝灯のつどい」でも、内容により他方の会場の行事の様子がTVモニターに映し出されて、両堂が一体感をもって行事に参加できるような工夫がなされていました。

 団体参拝者は、その後京都および白浜に一泊し、和歌山の鷺森(さぎのもり)別院および大阪の津村別院に参拝し、高野山金剛峰寺を観光し、4月19日に新山口駅に帰着しました。

 今回の団体参拝で、私たちは専如ご門主の伝灯奉告法要にお参りするという勝縁に遭うことができました。
 その後お参りした鷺森別院は、第8代蓮如上人ゆかりの寺院であり、11年に亘って戦われた織田信長との大坂戦争の後和睦により本山本願寺を大阪から移した地でもあります。また、津村別院はその本願寺の鷺森への退去の後に残されたご門徒が「お念仏の灯」を守るために建てられた坊舎が礎となっております。

 このように、私たちは今回の団体参拝で、長い歴史の中で多くの先人の方々の命をかけた努力で護られた法灯が、確かに新しいご門主に受け継がれたことを目の当たりに見ることができました。

(写真は、本願寺境内での集合写真です。)
 当日は生憎の雨天でしたが、宿泊先は本山のすぐ近くで雨の影響を多く受けることもなく行き来することができました。
 翌日以降は雨も上がり、参加者一同は初春の陽気の中、印象に残る2日間を過ごすことができました。

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319.『阿弥陀経』を読む(16)

20170417専称寺サクラ2  20170417専称寺サクラ

[御文] 從是西方・過十万億佛土 (じゅぜさいほう・かじゅうまんのくぶツど)
[訓読] 「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて、
[訳文] 「ここから西の方へ十万億もの仏がたの国々を過ぎたところに、

 本日の部分からは、お釈迦さまが実際にお説きになられた言葉が「 」でくくられる形で伝えられています。前回書きましたように『阿弥陀経』は「無問自説」のお経ですので、お弟子さんなどとの問答ではなくお釈迦さまがお話しになられた言葉のみが伝えられます。従って、この「 」の締めくくりの(」)の部分はこの『阿弥陀経』の最後の方に登場することになります。

 お釈迦さまが最初に説かれたのは、お浄土についてです。
 まず、お浄土は「これより西方に」とされます。この「これ」は私たちのこの現実世界、娑婆世界のことと伺いました。従って、私たちの世界から見て西の方に、お浄土があると説かれています。
 辻本敬順氏は道綽禅師の『安楽集』を引用されて「では、なぜ西なのか。(中略)日の没する西は、生命の帰趨する処として、浄土の場所を表すのにもっとも適当であるから、阿弥陀仏はここに浄土を建立され、人びとを導かれる。」という言葉を紹介されています。
 太陽が昇ってくる東、一日の始まりを示す東に対して、静かに太陽が姿を消していく、一日の終わりを示す西は確かに安らぎを感じさせる方角です。これは東洋人だけの感覚なのでしょうか?

 ついで、「十万億の仏土を過ぎて」と言われます。
 『浄土真宗辞典』では「浄土」とは「菩薩の智慧清浄の行業によって建立された清浄な国土」とされています。さとりの境地に入った仏や菩薩の住む清浄な仏国土が浄土だとお聞きしました。
 従って、浄土の数は仏の数だけあるということになり、気の遠くなるほど多いのだということになります。これが「十万億の仏土」の所以です。しかし、瓜生津氏によれば、この十万億という数字は他の原文では百万億や百千万億などとされているのもあるのだそうです。
 これはどの数字が正しいか、ということではなくて、この途方もない大きな数字は、私たちの相対的で有限な迷いの世界と絶対無限のさとり世界の違い、数的な違いではなくて質的な違いを示したものだとされています。私たちの有限の見方ではさとりの世界を推し量ることはできないのだということが示されているというということだと思われます。

(写真は奈良県香芝市の専称寺のサクラです)
 枝垂桜が美しい浄土宗のお寺で、ちょうど満開の時に訪ねることができました。

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318.『阿弥陀経』を読む(15)

P1110789.jpg   P1110787 (2)

[御文] 爾時佛告・長老舍利弗 (にじぶツごう・ちょうろうしゃりほツ)

[訓読] その時、仏、長老舎利弗に告げたまはく、

[訳文] そのとき釈尊は長老の舎利弗に仰せになった。

 『阿弥陀経』のこれまで学んできた部分は「序分」と呼ばれていて、今回から「正宗分(しょうしゅうぶん)」と呼ばれる部分に入ります。お釈迦さまが説かれた内容そのものに当たります。
 この正宗分は、また三つの部分(段)、極楽浄土と阿弥陀仏の姿について説かれた部分と、阿弥陀仏の名号を信じて称えるならば間違いなく浄土に往生することができると説かれた部分そして六方の諸仏がこのお釈迦さまが説かれた法は真実であると証されたに分けられるとお聞きしました。
 今回からその正宗分の最初の段について学ぶことになります。

 『阿弥陀経』は古来、「無問自説の経」と呼ばれています。お釈迦さまがお弟子さんや他の方からの問いかけや要請を受けずに、ご自身が自発的に説かれたお経だという意味で、お釈迦さまの本懐をあらわされたお経(出世本懐:ほんがい、の教説)だとされています。
 その結果、お弟子さんの阿難の求めに応じて説かれた『無量寿経』や、韋提希夫人の懇請により説かれた『観無量寿経』ではお釈迦さま以外の方のことばも入っていますが、『阿弥陀経』では全てがお釈迦さまのことばなのです。

 最初に、お釈迦さまはお弟子さんの舎利弗さんに語りかけられます。
 すでに見ましたように、舎利弗さんはお釈迦さまの十大弟子の一人で、智慧第一と称されたお弟子さんでした。この舎利弗さんにお釈迦さまが「なあ、舎利弗よ」と呼びかけられるのです。このお経の中では、35回呼びかけられたとされています。

 瓜生津氏はその著『聖典セミナー 阿弥陀経』で「善導大師は、仏が「舎利弗よ」と呼びかけられたことは、広く私たち苦悩にあえぐものすべてに向かって呼びかけられたことであって、舎利弗は私たちを代表しているといわれています。」と書かれています。これから学びますお釈迦さまの説法は、何度も何度も私たちに向かって語りかけていただいたものだと改めて受け止めながら読みたいと思います。

(写真は美祢市の厚狭川畔のサクラです)
 これは今年の写真ではないのですが、毎年寒い日々を通り越して「春が来たなあ」と感じさせる姿です。

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317.新聞版「壽福寺だより」を発行しました

  20170410新聞1 20170410新聞2 

 新聞版「壽福寺だより」の4月号を発行しました。今日からお届けしています。

 今月号の記事は次の通りです。

[1麺]
 「春季永代経法要をお勤めしました」
 「降誕会のご案内です」
 「ご存知ですか(9)降誕会」
  今回の「ご存知ですか」は降誕会について説明しています

[2面]
 「仏教婦人会幹部会を開催しました」
  壽福寺の仏教婦人会の活動です
 「四月の宇部北組行事のご報告です」
  4月5日に開催された、宇部北組の仏教婦人会連盟総会と午後に開催された子供会行事花まつりの報告です
 「本山の伝灯奉告法要」
  5月31日まで勤修されている伝灯奉告法要への個人での参拝のお勧めです

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316.宇部北組仏教婦人会連盟大会を開催しました

20170407仏婦大会

 4月5日、浄誓寺さんを会所に宇部北組の仏教婦人会連盟の大会と子供会行事の花まつりを開催しました。
 今年度は午前中に婦人会大会を開催し、午後に花まつりを開催することにより多くの方に花まつりにも参加いただくことを計画しました。

 午前中の仏教婦人会連盟大会のご報告です。

 ○開会式
  仏婦連盟旗入場(目副会長より組長へ)
  お勤め『讃佛偈』
  代表焼香(杉山会長)
  『仏教婦人会綱領』斉唱
  連盟会長挨拶(杉山会長)
  組長挨拶(市川組長)
  『アソカの園』斉唱

 ○総会
  次の議題を審議し、承認をいただきました。
   平成28年度活動報告(杉山会長)
   平成28年度会計報告(大田副会長)
   平成28年度会計監査報告(伊藤会計監査)
   平成29年度行事予定(杉山会長)
   平成29年度予算(大田副会長)

 ○ご法話
  白滝組西楽寺の中山和泉先生からご法話をいただきました。

 ○閉会式
  引受寺仏婦会長挨拶(浄誓寺仏婦井上会長)
  来年度引受寺会長挨拶(宝林寺仏婦岡本会長)
  『恩徳讃』斉唱

 仏教婦人会連盟大会には組内の各寺院からご法中13名を含めて66の方に参加いただきました。壽福寺仏教婦人会からは杉山会長、井上副会長、山本千代子さん、江木都美恵さん、山本信子さんに参加いただきました。

 今年度は、午前中のみの開催としましたがご法話の時間は1時間半確保したいと考え、開始時刻を例年より30分繰り上げで9:30としました。また、開会式、総会の時間も短縮する計画としましたが、少し時間不足となりました。この点は来年度の企画に当たって考慮したいと思います。

 会所の浄誓寺さんには、婦人会連盟大会と花まつりの両方に対応していただくというご苦労をおかけしました。役員の方々には、会場の準備、花まつりの甘茶などの準備、駐車場の整理などで多くのご協力をいただきました。お礼申し上げます。

(写真はご法話をいただいている中山和泉先生です)

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315.『阿弥陀経』を読む(14)

20170403帝釈天法隆寺     20170403帝釈天東寺

 「阿弥陀経を読む」の第14回目です。

「御文」 与如是等・諸大菩薩・及釈提桓因等・無量諸天・大衆倶 (よにょぜとう・しょだいぼさツ・ぎゅうしゃくだいかんいんとう・むりょうしょてん・だいしゅく)

「訓読」 かくのごときらのもろもろの大菩薩、および釈提桓因等の無量の諸天大衆と倶(とも)なりき

「訳文」 などの菩薩たちや、その他、帝釈天(たいしゃくてん)などの数限りないさまざまな神々ともご一緒であった。

 今日の部分までは、その時お釈迦さまの説法を聞いていた方々が紹介されている部分です。お釈迦さまのお弟子さん、菩薩方に続いて本日の紹介がなされます。

 「釈提桓因」とは帝釈天のことです。『浄土真宗辞典』によりますと、「帝釈天は古代インドのヴェーダ思想における中心的な神であるインドラ神のこと。仏教にとり入れられて梵天とともに仏法の守護神となった。」「四天王を眷属(けんぞく)とする。」とされています。
 辻本敬順氏によれば、「インドラ神は、インド最古の『リグ・ヴェーダ』における最大の神で、勇猛果敢な英雄神である」とされています。
 インドの伝統的な「神」が仏教に取り入れらてその守護神となったということが伺えます。
 「四天王を眷属とする」というのは、四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天)を従えているということで、この四天王を四方に配した仏像群を見ることができます。

 帝釈天は私たちに身近な存在のように思います。
 映画の寅さんが産湯をつかった柴又の帝釈天、広島県には帝釈峡という名所もあります。登ったことはないのですが、帝釈山という名前の山もあるようです。

 続いて「無量諸天・大衆」ですが、辻本氏によれば、「諸天」の天は仏や仏法を守護する神のことで、その中には、この四天王も含まれているとされています。
 「大衆」という言葉について、「訳文」(浄土真宗教学研究所の訳によっています)では、直接「大衆」という表現がなされていません。一方、辻本氏は『阿弥陀経のことばたち』で、無数の神々のまわりを多くの大衆が取り囲んでいた、と表現されています。
 村上元博士は訓読部分で「無量の諸天・大衆とともなりき」とされていて、「大衆」も一緒にお釈迦さまの説法を聞いていた、というように推測できます。
 
 いずれにしても、お弟子さんを始め、菩薩方、仏法を守護する多くの神々、その他の人々がお釈迦さまの説法に聴き入っていたということが伝わってきます。

(写真は、帝釈天の像です)
 左は法隆寺、右は東寺所蔵のものです。帝釈天は右のように象に乗った形で描かれるものも多く、衣の下には甲冑を着たものも見られるということです。

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