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244.専如ご門主山口別院をご巡拝


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 7月25日、専如ご門主は山口教区をご巡回ならびに山口別院をご巡拝されました。
 当日午後3時より山口別院において記念の式典が催され、壽福寺より住職、坊守、岩﨑明さん、杉山博子さんが出席しました。
 
 記念式典は、開式の辞の後、次により執り行われました。
  木下山口教区教務所長・山口別院輪番 挨拶
  ご門主ご焼香  (ご門主は本願寺山口別院の住職でもあります)
  勤行
  「御消息」ご親読(ご門主がお読みになられました)
  「御消息」拝受 (木下ご輪番が随行長より受けられました)
  寉野随行長挨拶
  「恩徳讃」斉唱

 式典の後に、本願寺派布教使の葛野洋明師の記念布教をお聞きしました。

  「御消息」ご親読でご門主は「伝灯奉告法要についての消息」をお読みになられたのですが、お聞きしながら昨年1月にお参りしました本山の御正忌報恩講での御消息発布式を思い起しておりました。
  御消息の中に、「私たちは、凡愚のまま摂め取って捨てないとはたらき続けていてくださる阿弥陀如来のお慈悲を聞信させていただき、その有り難さ尊さを一人でも多くの方に伝えることが大切です。」というお言葉がありますが、一年半経過して改めてこのことを思い起させていただきました。

 後半は、記念行事として「本願寺山口別院寄席」をご門主とご一緒に楽しみました。出し物は次の通りでした。
  落語 桂米輝氏、林家染二氏
  太神楽 豊来家一輝氏

 その後、ご門主は午後5時半に多くの参拝者のお見送りを受けられて別院を出立されました。

(写真は別院を出発されるご門主です)
 右の写真は、ご門主も胸につけておられますが、蓮の花の胸飾りです。仏教婦人会の方々が手作りで準備いただいたもので、輪袈裟に付けていただきました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
   
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243.お正信偈を読む(46):依釈段(23)/道綽讃(4)


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 親鸞聖人が道綽禅師のご功績を讃嘆された道綽讃の4回目となります。

「御文」 像末法滅同悲引 (ぞうまつほうめつどうひいん)

「訓読」 像末(ぞうまつ)・法滅(ほうめつ)同じく悲引(ひいん)す。

「訳文」 正法・像法・末法・法滅、いつの時代においても、本願念仏の法は変わらず人々を救い続けることを明かされる。

 道綽禅師を讃嘆された偈文の第一回目で学びましたように、禅師はお釈迦さまはがお隠れになられて1500年、時代は末法の世だという認識を根底に持っておられました。

 仏教では、三時思想という時代観が次のように説かれています。
  正法:み教えとそれを実践する行とさとり(証)のいずれもが具(そな)わった時代
  像法:教と行はありますが、さとりが完成できない時代
  末法:教のみあって行と証のない仏教衰微の時代
  法滅:正・像・末の三時が終わり、仏法がこの世から滅びること

 禅師はこの末法の時代に私たちが救われていくには阿弥陀如来のご本願にお任せする以外に方法はないのだとお示しいただいたのですが、この本願念仏の法は法滅に至っても私たちを救い続けていただくとされたのだとされています。
 (御文にあります「非引」は「慈悲引導」のことで、慈悲をもって導くという意味だと伺いました。)

 これはお釈迦さまはが『無量寿経』の最後の部分で、「やがて将来、わたしが示したさまざまなさとりへの道はみな失われてしまうであろうが、わたしは悲しみの心をもって哀れみ、特にこの教えだけをその後いつまでもとどめておこう」と述べられたことを承けられた禅師のお示しです。

 思い返してみますと、親鸞聖人もご自身の時代を末法の始まりととらえておられました。道綽禅師が正法の時代を500年とされたのに対して、聖人はこれを1000年とされたことによるのですが、この末法の世で衆生が救われる道は阿弥陀如来のご本願による以外にはないのだとされる禅師の教えは、親鸞聖人の時代認識と強く響きあうものであったと思われます。
 『教行信証』で聖人は「聖道門のさまざまな教えは、釈尊の在世時代と正法の時代のためのものであって、像法や末法や法滅の時代とその人々のためのものではない」「浄土の真実の教えは、釈尊在世の時代にも、正法や像法や末法や法滅の時代にも変わりなく、煩悩に汚れた人々を同じように慈悲をもって導いてくださる」というお言葉を記されています。

(写真は一昨日見かけた蝶、カラスアゲハでしょうか、瑠璃色の美しい蝶でした)

 不思議な光景を見かけました。
 この場所はいつも道路に水が流れていて昆虫たちの「水飲み場」のようになっているところです。車で通りかかって、いつもより多くの蝶が集まっているので不思議に思って近寄ってみましたら、1羽(蝶は1頭?)の蝶の死骸があって、その周りに蝶たちが集まっているように見えました。一番多いときには8羽もいました。
 まさか仲間の死骸に集まっているというようなことはないだろうと思って、その死骸をそばの草むらに移してみました。すると蝶たちは姿を消したのですが、もう一度その死骸をもとの水飲み場に戻したところ蝶たちはもう一度集まってきたのです。
 地面に止まった蝶は最初は忙しく羽を動かしていたのですが、しばらくすると羽の動きを止めてじっとしています。そのうちの1羽は、仲間の死骸のそばにずっと付き添っているような様子を見せていました。
 まるで蝶たちが死んだ仲間を追悼しているように見えましたが、そんなことがあるのでしょうか。不思議な光景でした。

 右の写真の左にみえるのは、蝶の死骸とそれに寄り添う(?)ように見えたもう1羽の蝶です。

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242.お正信偈を読む(45):依釈段(22)/道綽讃(4)


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「御文」 三不三信誨慇懃 (さんぷさんしんけおんごん)

「訓読」 三不(さんぷ)三信(さんしん)の誨(おしえ)慇懃(おんごん)にして、

「訳文」 三信と三不信の教えを懇切に示し、
 
 前回までで、道綽禅師は、末法の時代の私たちはこの世で自力の修行を重ねてさとりを得るという聖道門の道はとてもなし得るものではなく、阿弥陀如来のご本願により浄土への往生を得るという浄土門の他力の道のみが残されているとお示しいただきました。

 今回、親鸞聖人は道綽禅師が「三不三信」の教えをねんごろに諭していただいたと讃嘆されています。
 この「三不三信」は「三不信」と「三信」のことだとお示しいただきました。

 その「三不信」については第三祖の曇鸞大師が「往生論註」の中で、称名念仏してもなお無明があって、往生を得ることができない者があるのはなぜか、という問いで取り上げられています。
 善導大師はそれは次の三種の不相応があるからだと示されました。
 一つには、信心が淳(あつ)くなく、ときには有り、ときには無くなるという半信半疑の状態であるから(信心不淳)
 二つには、信心が一つでない、信心が決定(けつじょう)していない、阿弥陀如来にまかせきっていないから(信心不一)
 三つには、信心が相続しない、余念(自力の心)が入り込むから(信心不相続)
 しかも、この三つの不信は、互いに因となり果となるという関係にあると示されました。

 道綽禅師はこれを承けられて、「もしよく相続心があれば、それは一心であり、よく一心であればそれは淳心である」とされ、その三心をそなえれば往生しないわけがない、と説かれました。
  このように道綽禅師は、曇鸞大師が示された三不信の姿に対して、進めて三信の趣旨をお伝えいただきました。親鸞聖人は、そのことをもって道綽禅師が「三不三信」を私たちに示していただいたのだと伝えられました。

 全く私事になりますが、子供のころ本日の句を耳で聞いてなぜか「三球三振」のことだと思い込んでいたことを思い出します。日常的に耳に入ってくるお経のことばには、色々な思い出があるものです。
 先日の連続研修会で「正信偈の思い出」ということで話し合いをしていただいたのですが、その中でも耳で聞いたお経文の思い違いの話が出ていて、同じようなことがあるのだなあ、思った次第です。

(今日の写真はユウスゲです)

 徳佐(今は山口市になっているのですね)の船平山でユウスゲが満開、という新聞記事を読んで見に行きました。昼過ぎには全く花は見当たらなかったのですが、夕刻には一面に咲いていました。翌日午前中にはしぼんでしまうそうです。

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241.正現寺さんでライブ演奏を聴いてきました


20160718正現寺ライブ1s
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 昨日、美祢市美東町の浄土真宗本願寺派正現寺さんの本堂で開催されたライブ演奏を聴いてきました。
 このライブは、壽福寺のすぐ近くに住んでおられる村川博司さんが企画されたもので、情報をいただいて出かけてきました。

 出演されたのは、川原一紗・藤川潤司ご夫妻です。このお二人は去る3月20日に「万倉ふれあいセンター」で開催された「ライブ&トーク」で演奏されたお二人で、お聴きするのは二回目ということになります。

 演奏は、奥さんの川原さんがボーカルとキーボード、ご主人の藤川さんがインディアンフルートなどの世界の民族楽器を担当されました。
 「この道」などの懐かしい曲やオリジナル曲など、川原さんの澄んだ歌声と、藤川さんの楽器の演奏を楽しむことができました。当日は快晴で気温も高くなったのですが、本堂を吹き通る風もあって暑さを忘れて聴き入っていました。
 最後はアンコールの「ふるさと」をみんなで歌い和演奏会は終了しましたが、曲の途中でお二人の子供さんも鐘を鳴らしたりして演奏に「参加する」姿も見られたりして、和やかな演奏会となりました。

 民族楽器の一つとしてオーストラリアのアボリジニのディジュリドゥという楽器が演奏されていましたが、これは初めて耳にする音でした。動物の鳴き声を真似た音色なのだそうですが、この「ディジュリドゥ」という楽器名が、最初にこの音を聞いた西洋人がそのように聞こえるところから命名したという独特の低い音で、一度耳にすると忘れられないような音色でした。

 この正現寺さんの境内にはイヌマキとイチョウの大木があり、イヌマキは美祢市の文化財に指定されているもので高さが27メートルという堂々とした巨木でした。
 また、イチョウも大きなもので、太い幹にこれまた太いフジの蔓がイチョウの先端にまで絡みついており、独特の樹影をしていてフジの花期にもう一度訪ねてみたいと思わせる木でした。

(写真はライブの様子と正現寺さんの境内です)

 藤川さんの前にある長い管楽器がディジュリドゥです。右の写真がフジを纏ったイチョウの巨木です。

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お正信偈を読む(44):依釈段(21)/道綽讃(2)

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 44回目の「お正信偈を読む」は、親鸞聖人が道綽禅師を讃えられた道綽讃の2回目となります。


「御文」萬善自力貶勤修 円満徳号勧専称 (まんぜんじりきへんごんしゅう えんまんとくごうかんせんしょう)

「訓読」萬善(まんぜん)の自力、勤修(ごんしゅう)を貶(へん)す。円満の徳号(とくごう)、専称(せんしょう)を勧(すす)む。

「訳文」(道綽禅師は)自力の行はいくら修めても劣っているとして、ひとすじにあらゆる功徳をそなえた名号を称えることをお勧めになる。
 
 前回、道綽禅師は仏道を聖道門と浄土門に分けられ、末法の世では私たちがこの世において修行をなしてさとりを得るという聖道門の自力の教えは困難であり、浄土門の他力の教えによってのみさとりを得ることができるとお示しになったことを学びました。
 これから禅師はその浄土門の教えについて示していただきます。

 「萬善の自力」は、念仏以外の全ての自力で行ずる諸善万行、聖道門のことを指すと伺いました。これは末法の時代の私たちにとっては不可能な行であることからこれを勤修する(つとめる)こと貶さ(おとしめ)ざるを得ません。
 一方、「円満の徳号」は、あらゆる功徳が満ちている本願他力の名号のことです。禅師は、私たちにはこの名号、南無阿弥陀仏を称えることをお勧めいただいたのです。

 前回に学びましたように、禅師は幼少の頃には仏教に対する苛烈な弾圧を経験され、また飢饉や国家の盛衰を目の当たりにされました。禅師はこの末法の世の中でさとりを得ることを求めて、戒律を守り仏道修行に励む自力の道を追及されたのですが、その方法では煩悩を断ずることも、さとりを得ることも不可能だということを強くさとられました。
 この末法の時代の人々にふさわしい道が必要だと考えられていた禅師が出遭われたのが念仏のみ教えだったのです。

(写真は、先日ご門徒さんからいただいたハスです。)

 普通のハスよりも小ぶりのハスだということです。本堂前に置いています。

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239.夏法座をお勤めしました


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 昨日10日に夏法座をお勤めしました。
 前日までは雨という天候でしたが、当日は蒸し暑いながらも雨はなく、33名の方にお参りいただきました。

 ご講師には甲南の明照寺の岡原弘和師を初めてお迎えしました。

 ご講師からは、阿弥陀如来が私たちに向けていただいている、智慧の光と慈悲の光についてお話をお聞きしました。

 私たちは何をもって幸せとしているのでしょうか、とご講師は問われます。
 お金、健康、長寿・・・容易に思いつくこれらの「幸せ」は一見私たちに幸せ感をもたらしてくれますが、どれも永遠に保たれるものではありません。さらにはこれらを手に入れよう維持しようと(無駄な)努力をし、それを手に入れようと時には争いあい、手に入らなければ怒り狂うという、まことに「危うい」幸せなのだと、ご講師は言われます。
 そのような「幸せ」を求めて這いずり回る私たちの姿を映していただくのが阿弥陀如来の智慧の光で、その光に照らされて、私たちがあてにならない「幸せ」を求めていることを知らされるのだとご講師は仰いました。

 私たちは一瞬もとどまることを知らずに時々刻々変化し続けます。私たちは、その結果としての「老病死」という現象を「幸せ」でない状態、「苦」ととらえて、それをなんとか逃れたいと考えてしまいます。私たちにとって「死」はその「苦」の究極の姿であり、その向こうに何があるのか、どこに向かうのかがまったく見えないことから、おののき、恐れ、なんとか忌避したいと考えます。
 しかし、お釈迦さまは、「労病死」は私たちが人間である限りどうしても避けることのできない「苦」なのだと示されました。お釈迦さまは、その最大、最終の「苦」である「死」に恐れおののく私たちに、ちょうど親が子にむけるまなざしのように阿弥陀如来が「間違いなく救う、一人残さずに救う」と願っていただいているのだとお示しいただきました。
 これが阿弥陀如来の慈悲の光なのだとご講師は示されました。

 私たちの本当の「幸せ」というものは、このように阿弥陀如来の智慧の光の中で私たちの真の姿を知り、阿弥陀如来の慈悲の働きによって苦の世界から救われる姿なのだと学ぶことができました。

 午後には、前回中止しました勉強会を開催し、「天親讃」の部分をご一緒に学ぶことができました。
 当日はお斎を準備していませんでしたから、参加者は手作りのお握りで腹ごしらえをして勉強会に参加することができました。

(写真は、恒例の集合写真です。今回は雨もなく、向拝で撮影することができました。)

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238.山口別院の常例法座のご報告です


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 山口別院では、毎月5日に常例法座がお勤めになります。今年4回目になりますが、7月5日にお参りしてきました。
 13時30分から『讃佛偈』のお勤めの後に、下松組 専明寺の藤本唯信師のご法話をご聞きしました。

 ご講師は、お釈迦さまが私たちに示された次の3つの重要なこと(生死の問題、命の平等、争いを避ける)から、「争いを避ける」ことについてお話しをいただきました。
 この「いかにして争いを避けるのか」という問題は、先日来学んできました「平和に関する論点整理」とも密接にかかわる問題であり、またオバマ大統領のスピーチのなかでも触れられていましたので、大変にタイムリーなお話しだと思いました。

 ご講師は、全ての争いの原因は「自是他非」の心にあるのだと言われます。
 自分の考えていることがいつも「是」であり正しいのだ、他人の考えは「非」であり誤っているとする私の心にその因があると、龍樹菩薩もその著『廻諍論(えじょうろん)』で述べられているとご紹介がありました。

 私たちはいつも「自分の物差しで全てのものを見ている」のだということを、ご講師ご自身の様々な実例(奥様とのユーモアあふれるやりとりなど楽しい?例もありました)を引いてお話しいただきました。

 私たちの浄土真宗は、「自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する」ことを目指しているみ教えです。他の人びとを自分と同じ大切なかけがえのない存在だとすること、「あなたの命は私の命」と受け止めること、「自他一如」の心を目指しているのですが、ご講師が仰るようにそれが難しいこともまた強く感じるところです。
 ご講師は、その「自他一如」の心を自分の力で実現できる人はそれで進めていけば良いのですが、私たちはそれができないと感じ、私たちの愚かな姿を認めざるを得ない多くの経験をしているのだとお話しいただきました。
 自分の努力で目指すことを実現することが難しい私たちですが、阿弥陀仏の光によって愚かな姿に気づかせていただいくことはできます。その気づきを大切にして、自分中心の物差しでものを見ることから少しでも自由になることを目指していくことが大切なのだと改めて感じました。

 利害関係が複雑に絡み合う現実の中でどのようにして争いを避け平和を維持していくのかということが、「平和に関する論点整理」の課題でありましたし、オバマ大統領のスピーチの中でも人間が本質的にもっているものへの言及がありました。
 大変に難しいのですが、私たちはまず私たちの「自是他非」の姿に気づくことが第一歩となるのだと実感しました。

 ちょっと本題から離れるのですが、麺類を例えに印象に残る語呂合わせのお話しをお聞きしました。
 スパゲティはゆがく前に「折った方がいい」のですが、ソーメンは「折らない方がいい」というお話で、難しいけど、おった方がいい「スパゲティお年寄り」になること、おらない方がいい「ソーメンお年寄り」にはならないように・・・というお話でした。
 これには一同お腹を抱えて笑いました。

(ご講師の藤本師です。)
 黒板に書いてある「法老記」は、専明寺さんのブログの中で藤本師が受け持たれている記事のタイトルです。将来は「芳老記」に変えられるのだそうですが、このようなユーモアあふれるご法話に一同聞き入らせていただきました。

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237.草刈りを行いました

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 7月2日に、10日の夏法座の準備として総代さん9名の方にお集りいただいて境内周辺の草刈りをお願いしました。

 当日は、草刈作業に先立って、このほど改修作業が完了したトイレを見ていただきました。その後、臨時の総代会の形で1月31日の定例の総代会以降の活動について報告を行いました。

 報告は、先に実施した山門と石垣の補修作業と今回のトイレ改修作業について、それと現在ご門徒さんにおねがいしています本山の宗門総合振興計画に係る特別懇志の進捗状況について状況をご説明しました。
 併せて、これらの活動に伴う門徒講金の収支見通しについてもご説明しました。

 その後、草刈作業をお願いし、11時過ぎには完了することができました。
 先日の大雨で石段から少し下がった場所の石が崩れて、水をせき止めている所がありましたので、流れをせき止めている石を動かして流れを確保するという、応急処置も行っていただきました。

 当日午後遅くには強い降雨となりましたが、晴れ間のあるうちに作業を完了することができました。みなさん、お疲れ様でした。

(写真は、参加いただいた総代さんです。作業を終えて一息入れているところです。右は、草刈りを終えてすっきりした石段の周辺です)

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236.お正信偈を読む(43):依釈段(20)/道綽讃(1)


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 2か月以上間が空いてしまいましたが、「お正信偈を読む」に戻ってまいりました。今回からは親鸞聖人が道綽禅師を讃嘆された「道綽讃」です。
 今回はその最初の2句です。

[御文] 道綽決聖道難証 唯明浄土可通入 (どうしゃっけっしょうどうなんしょう ゆいみょうじょうどかつにゅう)

[訓読] 道綽(どうしゃく)、聖道(しょうどう)の証(しょう)しがたきを決(けっ)して、ただ浄土の通入(つうにゅう)すべきことを明かす。

[訳文] 道綽禅師は、聖道門の教えによってさとるのは難しく、浄土門の教えによってのみさとりに至ることができることを明らかにされた。

 七高僧の第四祖、道綽禅師は562年に生まれられた中国の方です。14歳で出家して『涅槃経』というお経の研究に没頭され、また戒律や禅定の実践にも励まれました。その後、石壁玄中寺に参詣された折に曇鸞大師の碑文を読んで深く感激され、浄土教に帰依されました。禅師が48歳の時と伝えられています。

 当時の中国は南北朝時代の末期に当たり、動乱の末に隋が中国を統一することになります。
 その間の戦乱や天災を経験され、また苛烈な仏教弾圧にも遭われるなど、禅師が生きられた時代はまさに激動の時代そのものでした。
 中国では、552年が末法の始まりだと考えられていました。中国では、正法500年、像法1000年とされ、時代の混乱もまさに末法の世そのものと感じられたことだと想像されます。

 禅師は、上記のように『涅槃経』を究め、戒律の実践に励まれたのですが、それらによっても自身の煩悩を脱することができないと感じておられたときに、曇鸞大師の浄土教の教えに遭われたのです。

 親鸞聖人はこの2句によって、道綽禅師が、聖道門によってさとりを得ることは難しく、唯一浄土門の教えによってのみさとりに至ることができることを示されたと、讃嘆されています。

 禅師が、自力の修行によりこの世でさとりを開くことを求める聖道門によってはさとりを得ることができないとされたことの背景には次のようなことがあったとされています。
 一つには、時代はお釈迦さまが亡くなられてから遠く時代を経て既に末法の世に入っていること。正法や像法の時代ならばさとりを得る可能性があるかもしれませんが、末法の世では聖道門によってさとりを得ることは不可能だとされました。
 もう一つは、聖道門の教理は奥深く私たちにはこれを理解することはとてもできないとされたことです。

 禅師は、時(末法の世)と機(私たち自身の能力)のいずれもが聖道門の自力の行によりさとりを得ることを不可能にしているとされ、私たちは、あらゆる者が念仏によって救われるという浄土門の教えによってしかさとりに入ることができないのだとされたのです。

 すでに学んできましたが、龍樹菩薩は仏教を「難行道・易行道」に分けて示され、私たちには阿弥陀仏の名号を信じて称える易行道をお勧めになられました。曇鸞大師は「自力・他力」を分けられて、浄土に往生することも迷いの世界に還って人々を救うことも阿弥陀仏の他力の働きによることを示されました。
 そして、道綽禅師は仏道を「聖道門・浄土門」に分けて、この末法の世では浄土門の教えによってのみ私たちはさとりを得ることができるとお示しいただいたことになります。

(写真は、寺の道綽禅師のご絵像です。)

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