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175.最近の話題(11):初雪が降りました


20151130初雪

 11月27日、当地に初雪が降りました。こちらに帰って来てから、11月に初雪が降ったというのは初めてのように思います。それまでは、最高気温が20℃前後になる日もありましたので、その冷え込みも突然でびっくりさせられました。

 11月の初めから「お取越し」のお勤めにご門徒さんのお宅に伺っています。

 今年のお取越しの中で突然のお別れがありました。
 11月6日にお勤めに伺ったお宅がありました。その時一緒にお勤めをしていただいたご夫妻のご主人が、11月16日に急逝されたのです。80歳でした。
 ご主人は体調を壊され2年近く入院されていて、奥さんはご主人が入院される前から看病に尽くされ、入院されてからもお見舞いに通われ、ご自身も体調不良で入院されるというようなこともありました。
 そのご主人は昨年の9月に退院することができました。それからの1年余り、旅行好きだったご主人と奥さんは、クルーズに出かけたり、新幹線の9線全線踏破というツアーに参加したりと楽しく一緒に過ごしておられたそうです。
 16日の当日も、演歌の公演を一緒に聴きに行ってご機嫌で帰宅されたところだったそうです。

 奥さんからご主人がなくなられたという電話を受けたときは本当に驚きました。
 お取越しで伺ったときも、奥さんがご主人と一緒に行った旅行についてお話をされ、ご主人もその横で微笑みながらうなずいでおられたのですから・・・・

 生と死とは別のものではない、「紙の裏表」ということを改めて実感しました。
 「亡くなられたご主人は、今はお浄土で阿弥陀様と一緒に皆さんのことを見守っておられます」と、還骨のお勤めの後でお取次させていただいたのですが、やはり奥さんは、もう少し一緒に過ごしたかった、と思われたことと思います。長いご苦労の後にようやく手にされた穏やかなひと時だったのですから、どんなにか、この時がもう少し長く続いて欲しいと思われたことでしょう。
 私も、お勤めをしながら、このお二人にもう少し時間を残してあげることができたらよかったのに、と思っておりました。

 私たちは「生老病死」と簡単に口にしますが、それが私という存在そのものだという厳しい現実について、時として忘れてしまっているのかもしれません。いや、忘れようとしているといったほうが正しいのかもしれません。
 生の「表」の部分だけを見ていたい、「裏」の部分は見たくない、と思いながら毎日を過ごしているのだということに改めて思い至りました。
 そのように思い至った私なのですが、明日になるとまた、あたかも私の生は不変であり、老や病や死はなにか別のものだという思いに戻ってしまっているのかもしれません。

(写真は、27日の初雪です。)
 色を変えたイチョウやカエデがまだ残っているところに降った雪でした。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
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174.ご紹介します(9):「人生は価値ある一瞬」

20151127書籍1   20151127書籍2

 今日は、「人生は価値ある一瞬(ひととき)」というご本をご紹介します。
 このご本は、即如前ご門主がお書きになったもので、今年の10月1日に(株)PHP研究所から刊行されました。

 内容は、約60の文章が次の6つの章に分かれて掲載されているものです。

  1章「こころ安らかに生きるために」
  2章「素直に生きるために」
  3章「幸せに生きるために」
  4章「元気に生きるために」
  5章「手を携えて生きるために」
  6章「困難に負けずに生きるために」

  帯に「不安や迷いは当たり前。背伸びせずに毎日を精いっぱい生きればいい。」とありますように、読後には肩の荷が軽くなったような感覚を持つことができました。

 それぞれの文章の中では、「生老病死」「愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦」という私たちの根源的な苦が、現在の社会環境の中でどのような形で私たちの前に現れてくるのかということが示されます。
 それは生老病死そのものであり、物質的、社会的な不満であり、物事が自分の思い通りにならない不満であり、信頼に対する裏切りであり、争いであり、不安という形で私たちの目の前に現れます。

 そのような苦に直面したときに私たちは、自信喪失に陥ったり、諦めたり、自己正当化したり、相手を攻撃したりと様々な行動をとります。しかし、私たちが直面する「苦」は私たちが人間としてこの世に生きている限り逃れることができない根源的な苦ですから、これらの対応は本当の解決にはならないと、示されます。

 私たちは、たくさんの方々からご縁をいただき、また多くの方に支えられて今ここにいます。私たちが生きている瞬間はかけがえのない大切なものです。このように私たちの存在は大切なもので、また同じように私たちの周りの人々も大切な存在だということを認めることが基本になければならないと改めて思いました。
 印象に残っている2つの文章をご紹介します。

 「迷惑をかける」
 「家族に迷惑をかけて申し訳ない。何もできず、何の役にもたたないのだから、早く死にたい」と病を得た自分を責めておられる方についての文章がありました。前ご門主は、「家族という小さな社会においてさえ、誰にも迷惑をかけずに生きることは根本的にできません。」と私たちはこの世に生まれて以来ずっと迷惑をかけてきた存在だと言われ、時としてその「迷惑」をかけてきた人生はたくさんの思い出が詰まった大切なものでもあると言われます。
 「もしこころから周囲に迷惑をかけて申し訳なかったと思うのであれば、その気持ちを率直に表現すればよいのです。」「ありがとうと素直に言って世話に」なることも大事だと書かれています。
 ご門徒さんにも、高齢のご家族を介護されているご家庭が多くあります。この前ご門主の言葉は力強いお言葉だと感じました。

 「『自分探し』に惑わされない」
 前ご門主は「自分探し」という言葉には「『今の自分は本当の自分ではない』という焦りに似た思いと、『どこかにもっと素晴らしい本当の自分があるはずだ』という願望が込められているのではないかと思います。」と書かれています。
 実は、私もこの「自分探し」という言葉(サッカーの中田英寿選手が使ってからはやりだしたのでしょうか?)になんとなく気持ちの悪い違和感を覚えていました。中田選手の言葉がその後に独り歩きしているのかもしれませんが、するりと逃げていくというような感じがありました。
 前ご門主は「探して見つかるような『自分』が、今の自分のほかにあるのでしょうか。『自分』とは、何かに取り組んで成長し、人生を充実させていく過程そのものだと思います」と書かれています。「『自分』などというのは常に流動的で、今の自分はこうだと言えても、次の日はまた違った面が出て来てもおかしくありません。」と、今の自分を不変固定と考えて、それとは別の自分を求めることの問題を言われているのだと思いました。

 ご一読をお勧めします。

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173.お正信偈を読む(31):依釈段(8)/天親讃(2)

20151123天親菩薩

「御文」 帰命無礙光如来 (きみょうむげこうにょらい)

「訓読」 無礙光(むげこう)如来に帰命したてまつる。

「訳文」 (天親菩薩は)『無礙光如来に帰依したてまつる』と述べられた。

 天親菩薩が著された『浄土論』は正式には『無量寿経優婆提舎願生偈』と呼ばれ、『仏説無量寿経』を中心とした浄土三部経に説かれている阿弥陀仏について論議し、浄土に生まれたいと願う偈で天親菩薩ご自身が信仰の告白をされたものだと伺いました。
 その本文は、偈頌(願生偈)と長行(じょうごう:偈頌の解説)からなっていて、親鸞聖人は今回の句で偈頌の最初の次の4句を踏まえておられます。

 「御文」 世尊我一心 帰命尽十方 無礙光如来 願生安楽国
 「訓読」 世尊、われ一心に尽十方無礙光如来に帰命したてまつりて、安楽国に生(しょう)ぜんと願ず
 (世尊よ わたしは一心に 十方世界にゆきわたって 自在に救いたもう阿弥陀如来を信じて 安楽国に生まれることを願う)
 
 親鸞聖人はこの句を解して、「世尊」はお釈迦さまのこと、「我」は天親菩薩ご自身、「一心」とはお釈迦さまの仰せに対して二心(ふたごころ)なく疑いがないことすなわち真実の信心だとお示しいただいています。

 天親菩薩の「発揮」を「宣布一心」とお呼びしているのもこのことによると思います。

(写真は天親菩薩の像です。ウイキペディアからお借りしました。)

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172.お正信偈を読む(30):依釈段(7)/天親讃(1)

20151120天親菩薩  

「御文」 天親菩薩造論説 (てんじんぼさつぞうろんせつ)

「訓読」 天親菩薩(てんじんぼさつ)『論』を造りて説(と)かく、

「訳文」 天親菩薩は『浄土論』を著して説かれた、

 「お正信偈を読む」の「依釈段」は今回から、七高僧の第二祖天親菩薩を讃えられた「天親讃」の6行12句に入ります。

 天親菩薩は、お釈迦さまが入滅されてから約900年後、5世紀にガンダーラ国の現在のペシャワールに誕生になられた方です。
 3人兄弟の第二子だったそうで、はじめは部派仏教の一派である説一切有部で出家され、大乗仏教を批判する立場で著述をされていたと伝えられています。
 その後菩薩は、大乗仏教を非難する弟を心配した兄の忠告、戒めにより大乗仏教に転じられ、多くの経論を著されました。

 その多くの著述から天親菩薩は千部の論師と呼ばれましたが、浄土真宗で「正依の聖教」とされているものは『浄土論』(『往生論』とも呼ばれます)という書です。
 この『浄土論』は、その注釈書である曇鸞大師の『往生論註』を通して、その後の浄土教の思想に大きな影響を与えたとされています。そのことから親鸞聖人は天親菩薩を七高僧のお一人として尊崇されました。

 天親菩薩が大乗仏教に転じられた経緯について次のようなことが伝えられています。
 先にも書きましたように兄(無着というお名前でした)は弟のことを心配し、「重病だから来るように」と使いを出されたそうです。心配して駆けつけた弟の天親に「お前はお釈迦さまのみ教えを誤って解釈している、私はそのことが心配で心の病にかかっている」と諭されます。
 この兄の言葉に天親菩薩は深く反省され、大切な教えを非難してきた自分の行動を悔やみ舌をかみ切ろうとされました。兄はこの弟に「舌をかみ切ったとしてもその罪は消えるものではない。その舌を正しく使うことがお前の道だ」と諭されたと伝えられています。

 上記のように「千部の論師」と呼ばれた天親菩薩は、大乗仏教に帰依されるまでにも多くの書を著され、後の仏教に大きな影響を残されました。日本で「南都六宗」と呼ばれる諸宗の、俱舎宗や法相宗の基礎をつくられた方ともされています。

(写真は寺の天親菩薩の御影です)

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171.連続研修会(3)

20151116研修会

 11月14日に、光安寺さんを会場に第3回目の宇部北組連続研修会が開催されました。

 今回のテーマは「葬儀」でした。

 最初に、講師の養福寺の津室住職から「葬儀について」という題で問題提起をいただきました。
 講師からは、仏教の日本伝来以来の葬儀と仏教の関わり、死生観の変遷についての説明の後に、現代の葬儀の特徴についての情報提供がありました。
 最近では新しい形態の葬儀として、家族葬(身内だけで行われる葬儀)、直葬(通夜や葬儀を行わずに火葬するもの。東京では20%がこの形だという報告がありました)、無宗教葬などの多様な形がとられており、遺骨の取扱いも自然葬(樹木葬や海洋葬など)があったり、宅配便で納骨を受け付ける寺院が登場したり、はては宇宙葬なるものまで登場しているのだそうです。

 このような葬儀の「多様化」の背景として、価値観(葬儀というものの受け止め方)の多様化や高齢者所帯の増加、地域社会の崩壊、家族・親戚関係の希薄化などがあり、葬儀費用の増高というものも大きな要因になっていると説明がありました。

 浄土真宗では、「葬儀は、故人に対する追善回向の仏事や、単なる告別の式ではなく、遺族・知友があいつどい、個人を追慕しならがら、人生無常のことわりを聞法して、仏縁を深める報謝の仏事」とされています。

 葬儀は、私たちの生というものが実にはかなくもろいものであること、生と死とは紙の裏表のように不可分のものであることを改めて思い返す大切な機会だということです。そしてそのような危うい存在である私たちをいつも見守っていただき、私たちが死に向かうときには間違いなく救いとると仰っていただいている阿弥陀如来のことを思い、そのご恩に報謝するという大切なご縁でもあるのです。

 このように考えるとき、「葬儀の多様化」というのは、現在行われているような過剰な飾りつけの中で流れ作業的に行われる葬儀に対して問題が提起されているという一面もあるのかもしれません。
 印象に残った葬儀というものを思い返してみると、住み慣れたご自宅で行われたもので、ご家族・親戚や親しかった友人、近所の方々に見送られた葬儀が多かったように思います。

 大切な方の死を通して私たちの生のことを考え、阿弥陀如来のご恩に報謝するという葬儀の本来の姿を現在の環境変化の中で実現するためにどうしたらよいのだろうかと思いながら、研修に参加させていただきました。

(写真は、講師による問題提起の様子です)

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170.法中会のご報告です

20151113イチョウ    20151113イチョウ2

 去る11月11日、西念寺さんで今年度第2回の法中会(組内の住職の会)が開催されました。
 以下の内容の報告、協議が行われました。

 1.本山関連
  ・専如ご門主の山口別院ご巡回、ご巡拝計画
   2016年7月25日午後に実施されます
  
 2.山口別院関連
  ・別院設立30周年記念事業
   別院の空調関連設備の強化、改修が行われ、10月20日に完了しました
  ・別院設立30周年法要(案)
   2016年6月8日~10日に永代経法要と合同で勤修される予定です
  ・2015年度報恩講
   11月26日~28日に勤まります。宇部北組の参拝日は11月28日となっています

 3.宇部北組関連
  ・教区の少年大会報告(台風の影響により中止となったものです)
   予算のうち支出済のものについて処理方法を確認しました
  ・伝灯奉告法要への団体参拝
   宇部北組の参拝日時:2017年4月17日 14:00より
   参拝前後の企画について案を旅行会社に作成してもらいそれについて次回の法中会で検討することになりました
  ・大谷本廟の納骨所の運用について
   宇部北組が無量寿堂に持っている納骨スペースについて、今後の運用方法を検討することになりました

(写真は、昨日の山門周辺の情景です)
 イチョウの葉も散り地面は黄色の絨毯のようです。

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169.報恩講をお勤めしました

20151109報恩講

 昨日11月8日に報恩講をお勤めしました。天気予報では、雨または曇りとされていましたが、幸いに雨にも降られることなくお勤めすることができました。

 ご講師には明巌寺の中島昭念先生をお迎えし、午前、午後の2座でご法話をお聞きすることができました。
 先生からは、親鸞聖人が比叡山に登られてから20年のご苦労を偲び、聖人が私たちにお示しいただいたことについてお伺いしました。
 私たちの住んでいる場は娑婆と呼ばれます。私たちは一人生まれ、一人で生き、一人で死んでいくように見えますが、その過程では多くの人とのかかわりの中に生きていかなければなりません。その中では私たちの思い通りにならないことばかりで、老病死という私たちの力を超えた苦悩に満ちています。そのような私たちの世界を聖人は「五濁悪世」と呼ばれました。
 劫濁、見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁という避けがたいけがれ(五濁)から逃れることができずにいる私たちを救おうと、阿弥陀如来は「不可称不可説不可思議」の功徳を私たちに振り向けていただいている、とご講師より伺いました。

 私たちが一般的に望む健康や富、名誉とは違った本当の功徳をいただいているということに気づかなければならないとお示しいただきました。
 中島先生のユーモアあふれるお話を通じて、親鸞聖人のみ教えをお伝えいただくご法話に、参拝者一同引き込まれる思いでお聞きしました。

 今回も、総代会および仏教婦人会の方々にはお世話になりました。
 既報の通り総代の皆さんには境内の草刈、杉の伐採をお願いしました。また報恩講の当日には受付をお願いしました。

 前日の土曜日には、婦人会の杉山会長、井上副会長と江木都美恵さんにお斎(とき)の下ごしらえをしていただきました。当日には、前日来られた会長、副会長、江木さんの他に、屋敷都志子さん、野原泰子さん、志賀信子さん、山本信子さんに恒例の料理「けんちょう」と味噌汁を調理いただき給仕、後片づけをお願いしました。

 このように皆様のお力添えをいただいて報恩講をお勤めすることができました。厚くお礼申し上げます。

(写真は、集合写真です。雨にならず向拝で撮影することができました。)

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168.お正信偈を読む(29):依釈段(6)/龍樹讃(5)

20151106龍樹菩薩1      20151106龍樹菩薩2


「御文」 唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩 (ゆいのうじょうしょうにょらいごう おうほうだいひぐぜいがん)

「訓読」 ただよくつねに如来の号(みな)を称して、大悲弘誓(ぐぜい)の恩を報(ほう)ずべしといへり。

「訳文」 ただ常に阿弥陀仏の名号を称え、本願の大いなる慈悲の恩に報いるのがよい」と(龍樹菩薩は)述べられた。

 前回で龍樹菩薩が、「阿弥陀如来のご本願を信じる一念の時、直ちに必ず仏になるという身になることができる」ということ(信心正因)を説かれたことを学びましたが、親鸞聖人は今回の2句で「だからこそ、常によく阿弥陀如来の名号を称えて、広大な慈悲の本願のご恩に報謝すべきである」と龍樹菩薩が勧められたとお伝えいただいています。
 私たちは、このみ教えを「称名報恩」とお呼びしています。

 親鸞聖人はこれまでの16句で、龍樹菩薩が難行と易行の二つの道を示され、そのうち易行の道を歩むように勧められたこと。その易行の道とは阿弥陀如来のご本願におすがりすることで私たちは直ちにさとりの世界に入ることができるということ。そして、私たちは私たちをお救いいただいた阿弥陀如来に対して「南無阿弥陀仏」とそのみ名を称え、ご恩に報謝する(私たちにはそれしかできない)こと、をお示しいただいたのです。

 浄土真宗の教義は「信心正因称名報恩」と要約されるとお聞きしました。この根幹となるみ教えがこれまで学んできました龍樹菩薩が説かれたことに源を発していることが分かります。この龍樹菩薩のみ教えが後の六人の祖師を経て親鸞聖人に伝えられました。それゆえに親鸞聖人は龍樹菩薩を浄土真宗の第一祖と讃仰され、そのことにより私たちに阿弥陀如来のお救いの姿を明らかにしていただいたのです。

(写真は龍樹菩薩です。左は本願寺出版社から出版された『はじめて学ぶ七高僧』からお借りしたもので、龍谷大学図書館蔵とされています。右の写真はウイキペディアに掲載されたものです。)

 右の写真では龍樹菩薩は七匹の蛇を頭上にいただいておられますが、この像以外にも蛇をいただかれた像を多くお見受けします。
 龍樹菩薩は当時のサンスクリット語でナーガールジュナと呼ばれていました。この「ナーガ」は古代インドでは蛇の神様のことだそうです。蛇といいますと私たちは余り良いイメージを持っていませんが、インドでは仏教の守護神とされていたのだそうです。従って、蛇をいただかれた龍樹菩薩の像は菩薩が蛇に守られていることを表しているということになります。
 後に中国でこの蛇が龍とされて、漢訳の龍樹というお名前になったと伺いました。

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167.報恩講に向けて作業を行いました


20151102草刈1
  20151102草刈2

 昨日、11月1日に6名の総代さんにお集りいただき、報恩講に向けて境内と周辺の草刈と、台風の被害対策を行いました。

 当日は8時半に集合、駐車場や石段周辺の草刈やイチョウの枝切りをお願いしました。
 その後、前回の台風で崩落した庫裏の横および石段横の法面の石垣を再度点検し対策を検討しました。

 その結果、庫裏横についてはコンクリートまたは竹垣で支えを作り、土を積み戻す方法で対応することとなりました。 
 石段横の法面については、ユンボなどの掘削機で掘った後にコンクリートを入れて石を積みなおすことにしました。掘削機の対応が可能になった時点で実施することになります。

 また、庫裏横の崩落個所で傾いていた杉1本を伐採する作業を行いました。
 杉を2本のワイヤーで固定してチェーンソーで伐りこれを倒すという作業を行いました。伐った杉を倒す際、杉が予想とは違った方に倒れて来てヒヤッとさせられる場面もありましたが、無事に作業を終えることができました。
 枝を払って杉材とすることができました。この杉材を使って、後日山門の補修を行うことを計画しています。

 当日は、総代の井上さんの奥さんからぜんざいの差し入れをいただき、一同で暖かいぜんざいをいただくことができました。
 
 こうして、報恩講の準備も進み、また台風被害の対策も対応方針が固まりました。お礼申し上げます。

(写真は、お集まりいただいた総代さんと伐採した杉です。)
 杉の木は庫裏の方に倒れたのですが、枝が支えとなって軽トラックにも屋根にも被害がなくて済みました。

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