FC2ブログ

131.お釈迦さま(10):説かれた法(5)


20150629アジサイ1
  20150629アジサイ2

 お釈迦さまが説かれた四つの真理「四諦」の2番目は「集諦」です。

集諦(じったい):人生の真相が苦である、その苦の原因は、煩悩であるという真理

 お釈迦さまは最初に「人生の真相は苦である」と示されましたが、その苦の原因は私たちが逃れることが難しい「煩悩」にあると仰います。
 煩悩とは、「心身を煩わせ、悩ませる精神作用の総称で、衆生はこうした煩悩によって業を起こし、苦報をうけて迷界流転する。」(『浄土真宗辞典』)とされます。

 集諦の「集」は「招き集める」という意味で、結果を生じるために集まった原因のことをいうのだとお聞きしました。
 私たちの心身を煩わせ、悩ませる様々な煩悩が集まってそれが私たちの苦につながっているのだということとなります。

 私たちが持つ煩悩の代表的なものとして、「三毒」というものがありました。『浄土真宗辞典』には三毒について次のように記されています。
  貪欲(とんよく):むさぼり・我欲のことで、自己の好む対象に向かってむさぼり求める心をおこすこと
  瞋恚(しんに) :いかり・腹立ちのことで、憎しみ怒り、心が安らかでないこと
  愚痴(ぐち)  :真実の道理に無知なこと
 この3番目の「愚痴」の説明にある「真実」というのは、私たちの分別を超えた絶対の真理、さらには如来の願心やはたらきのことを表します。愚痴というのは「これらについて無知なこと」で「無明」とも称されます。

 この3つの煩悩が私たちの苦の原因だとお釈迦さまは言われます。
 そのいずれにおいても、自分を中心にものを考え、むさぼり、奪い、怒り、不満や不安に囚われ、うごめいていて、私たちを包んでいただいている法(阿弥陀如来の願)に気付くことのない私たちの姿が見えてきます。

 前回と同様に、医師と病める患者の関係に例えると、「苦」という私たちが生きている限り逃れることのできない病いの真の原因が「煩悩」にあるのだと診断されたことになります。

(写真は、今度もアジサイの仲間になりますが、コアジサイという植物です)

 コアジサイ(小紫陽花)も一般のアジサイと同じアジサイ属の仲間ですが、他のアジサイに見られるような「装飾花」と呼ばれる(大きな)花を持たないところが特徴で、「両性花」と呼ばれる小さな繊細な花だけを持っています。
 日本のみに自生する植物で、この時期六甲山でよく見かけられる植物です。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
スポンサーサイト



130.お釈迦さま(9):説かれた法(4)

20150626アジサイ1   20150626アジサイ2

 お釈迦さまが示された四つの真理、「四諦」について学びます。本日は最初の「苦諦」です。

苦諦(くたい):人生の真相は苦であるという真理

 四つの真理の最初に取り上げられている真理は、「人生は苦である」ということです。お釈迦さまがお説きになった多くの真理(法)の根底にはいつもこの「人生は苦である」という認識があるように思えます。

 この苦の内容として、生、老、病、死の「四苦」が挙げられています。

 このうち、「老、病、死」の苦は素直に理解できそうですが、最初の「生苦(しょうく)」とはどういったものなのでしょうか。
 この「生苦」は「生まれでる苦しみ」とされています。では、どうして生まれでることが苦しみなのでしょうか。
 お釈迦さまは、私たちの人生は苦しみであるといわれます。その苦しみの原因は、まさしく私たちが生まれたことによるのです。生にともなう様々な苦は、私たちがこの世に生まれでてきたそのことによって背負わなければならないものなのだということになります。
 これは、前回の記事で、私たちが死ぬ本当の死因は「生まれたこと」なのだと講師が言われたことにもつながっているように思います。

 この四苦に加えて、私たちは次の四つの苦とも向き合わなければならないとされています。

  愛別離苦(あいべつりく) :愛するものと別離する苦しみ。
  怨憎会苦(おんぞうえく) :逆に、怨念や憎しみを抱いている人とも会わなければならない苦しみ。
  求不得苦(ぐふとっく)  :求めてもそれが得られない苦しみ。
  五蘊盛苦(ごうんじょうく):私たちが生きているだけで湧き上がってくる苦しみ。
   この「五蘊」というのは、「色(しき)」、「受(しゅ)」、「想(そう)」、「行(ぎょう)」、「識(しき)」という私たちの身体や感覚、概念、認識などのはたらきを表しているとお聞きしました。「五蘊盛苦」というのは、私たちがそのはたらきの結果や内容に執着して離れることができない苦ということになるのでしょうか。

 私たちが行っている社会生活のことを考えてみても、特に最初の3つの苦は普通に直面する苦だということが分かります。人が人生で出会う苦というのは遠く時代を超えて変わらないものだということができますが、2500年前に、お釈迦さまは現在にまでつながる人間の苦というものを的確に指摘されたのだと思います。

 先の四苦と合わせて合計八つの苦、文字通り「四苦八苦」が私たちの人生だということになります。

 お釈迦さまは、この「苦諦」の中で、私たちの生そのものの根底に苦があるということをお示しいただきました。お釈迦さまは、ちょうど医師が病める患者の様態を診察されるように、私たちの生の実態を示されたということになります。

(写真は今回もアジサイです。)

 防府の「阿弥陀寺」のアジサイです。
 「阿弥陀寺」は、源平の戦で焼失した東大寺を再建するために西下した重源上人が建立されたと伝えられるお寺で、約80種、4000株もあるアジサイでも有名なお寺です。ウイークデーでも多くの人出がありました。
 アジサイは梅雨の鬱陶しさを忘れさせてくれますが、それにしても、その花の複雑繊細さはどうしてこのような造形が可能なのかと不思議な思いになります。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

129.宇部北組総代会総会、研修会に出席しました


 P1150626 (2)   P1150627 (2)

 去る6月19日、吉部の常光寺さんを会所に宇部北組総代会の総会と研修会が開催され、壽福寺からは代表総代の井上さん、総代の今橋さん、徳田さんと住職の4名が出席しました。

 総会は、毎年この時期に開催されますが、今回の議題は次の通りでいずれも可決承認されました。
 1.平成26年度事業報告
 2.平成26年度決算報告
 3.平成26年度会計監査報告
 4.役員改選
 5.会則改正
 6.総代会会費の徴収開始
 7.平成27年度事業計画(案)
 8.平成27年度予算(案)

 総会に続く研修会では、山口教区の隂山正憲教務所長より「寺院活動における門徒総代の役割と責務」と題してお話をいただきました。
 ご講師のお話で印象に残っていることを記しておきます。

 私たちが直面する苦しみには「苦労」と「苦悩」があって、この二つは違うものです、とご講師はいわれます。

 「苦労」は私たちの努力で何とかなる(可能性がある)ものですが、「苦悩」の方はこれと違って私たちの力ではどうすることもできないもの、私たちの力が及ぶことのできないものです。
 仏教ではこの苦悩の代表的なものとして「生、老、病、死」の4つの苦悩(四苦)をあげますが、これらの「苦悩」は私たちが生まれ出たと同時に、それと不可分に、一体としてある苦ということになります。
 生だけが欲しい他のものはいらない、というわけにはいかないものです。いわば紙の裏表のように生には老、病、死が貼りついています。

 人が死ぬ死因は何でしょうか、とご講師は問われます。
 病気、事故、老衰?・・・・しかしそれらは本当の「死因」ではない、本当の「死因」は「生まれ出たこと」であって、病気や事故は死に至る条件でいわば「死縁」だといわれます。

 私たちの力を超えた苦悩、乗り越えることができない苦悩とともに生きる私たちに対して働いていただくのが、阿弥陀如来のお救いの力。「この世に縁が尽きたときには間違いなくお浄土に迎えるから、今の生を力一杯生き抜いてくれ」と呼びかけられる阿弥陀如来の願いが私たちに届いて私たちの力になっていただけるのだと、改めて受け止めさせていただきたいと思います。

(写真は寺の前のアジサイです。)

 折からの小雨の中、色合いの違う花が生き生きと輝いているようでした。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

128.お釈迦さま(8):説かれた法(3)

20150619飯盛山夕日

 前回、「中道」の実践により私たちは両極端を排して正しいものの見方を得ることができるということを学びました。
 この中道は、そのような状態に「身を置く」ことを示しているというのではなくて、そのような「実践を行う」ことと理解することが必要だと思います。あくまで正しい実践の道、真理の実践の道、だということです。

 お釈迦さまはその内容を5人のお弟子さんに初めて説かれた「初転法輪」でお示しになりました。これはお釈迦さまのみ教えの根幹にあたるもので、私たちは「四諦八正道(したいはっしょうどう)」とお呼びしています。

 まずその「四諦」について学びたいと思います。

 漢和辞典で調べてみますと、この「諦」という字は「つまびらかにする」「つまびらか(審)」「まこと(真理)」「さとり(悟)」という意味を表す字とあり、「てい」「たい」「だい」と読まれます。
 現代では「諦念」「諦める」など「あきらめる」という意味に使われていることが多いようですが、「あきらめる」という意味に使用するのは日本だけなのだそうです。これは初めて知りました。

 「四諦」の「諦」は上記の意味の中では「真理」「悟」の意味で、「四つの真理」という意味になります。お釈迦さまは、その四つの真理を次のように示されました。
  「苦諦(くたい)」 :人生の真相は苦であるという真理
  「集諦(じったい)」:人生の真相が苦である、その苦の原因は、煩悩であるという真理
  「滅諦(めったい)」:人生の苦を滅した境地が、涅槃であるという真理
  「道諦(どうたい)」:苦を滅して涅槃を実現する道が八正道であるという真理

 この「四諦」は、お釈迦さまの当時の医師が病める患者に対する姿を表したものだ、とお聞きしたことがあります。
 それは、この四諦が医師の次のような働きに対応しているということです。
 1.医師は、まず診察によって患者の病状を正しく把握します
 2.次に、その病の根源となる原因を明らかにします
 3.その結果により、適切な治療を施して病からの回復を図ります
 4.最後に、病の再発を防ぐ手立てをおこないます

 まさしく、お釈迦さまはこの四つの真理をお示しいただき、病み苦しむ私たちに、その原因を明らかにしそれに囚われることなく生きていく道を示していただいたことになります。

(写真は、大阪府の飯盛山から見た夕日です。)

 飯盛山という名前の山は全国にたくさんあるのだそうですが、この飯盛山は大阪府大東市にあります。標高は314メートルで余り高くないのですが、河内平野に落ちる夕日がきれいだと人気のある山です。近くには楠正行(まさつら)が最後を遂げた四条畷の古戦場があり、山頂には正行の像が建てられています。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
 

127.お釈迦さま(7):説かれた法(2)


20150608棚田2  

 お釈迦さまは、それまで一緒に修行してきた5人の仲間(父王がお釈迦さまに遣わした供の者でもあります)におさとりの内容を説かれました。
 お釈迦さまがさとりに達せられたことを、私たちは「成道」、「正覚成就」とお呼びし、「仏陀になられた」と表現いたしますが、このおさとりに至られた実践を私たちは「中道(ちゅうどう)」とお呼びしています。

 すでに学んできましたように、お釈迦さまは王宮における何不自由のない生活、物質的に満たされた享楽的な生活、によっては本当の心の平安を得ることができない、として王子の地位や家族、財産など全てを捨てて出家の道を選ばれました。
 出家された後には、物欲から離れ煩悩を滅するために肉体を痛めつける過酷な苦行に取り組まれましたが、この行もまた真のさとりに至る道ではないと捨てられました。
 お釈迦さまは、快楽も苦行もさとりを得る正しい道ではないと、その両極端を捨てられました。この実践を「中道」とお呼びしています。

 お釈迦さまは、この両極端を排す道、「非苦非楽」という道をとられましたが、このことは、お釈迦さま以前には「見出し得なかった仏教独自の実践的態度」だったとされています。
 お釈迦さまは、「楽」と「苦」のいずれに徹するのか、いずれを行ずるのかではなく、その両極端を排するところにこそ真のさとりに至る道があるのだということをお示しになられました。

 この「両極端を排する」ということをもう少し考えてみたいと思います。

 「両極端を排する」というのは、単にその「中間を歩む」ということではないように思います。
 「楽」か「苦」かのどちらかをとるということはそのどちらかに囚われ執着することであり、お釈迦さまはそのことによって正しいものの見方ができなくなる、ということをお示しいただきました。
 それでは、「苦」と「楽」の中間の道を歩む、ということはどのようになるのでしょうか。単に「苦」か「楽」かという同じ地平上に立っているのであれば、その中間といってもそのことに執着しているということにはなんら変りがない、ということになるように思われます。
 お釈迦さまが示された「中道」は、苦と楽のいずれにも囚われない、新しいより高い地平に立つという立場なのではないかと思います。苦か楽かという対立を超えたところに求められた実践がお釈迦さまの示された「中道」だと思われます。

(写真は、前々回と同じ東後畑の夕暮れですが、もう少し時間が経過したところです)

 すっかり日が落ちてイカ釣り漁の集魚灯が点りました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

126.新聞「壽福寺だより」を発行しました

20150612新聞1  20150612新聞2  

 新聞版「壽福寺だより」の6月号を発行しました。

 記事の内容は次の通りです。

(1面)
 「降誕会をお勤めしました」
 「『宗門総合振興計画』がスタートしました」
  このブログでもお知らせしました「宗門総合振興計画」の基本方針を記し、併せて伝灯奉告法要、宗祖聖人御誕生850年、 
  立教開宗800年慶讃法要についてもお知らせしています
 「夏法座のご案内です」

(2面)
 「宇部北組『連続研修会』が始まります」
  今年9月から始まります、研修会について内容を知っていただき受講を勧めるものです
 「宇部北組仏教婦人会連盟総会・研修会」
  4月9日に開催された総会、研修会の報告です
 「ご存知ですか(5):『大谷本廟』への納骨」
 「『本願寺新報』の特別号」
  「本願寺新報」の特別号をこの「壽福寺だより」と一緒に配布し、購読を呼びかけます
 「法座での忘れ物」

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

125.お釈迦さま(6):説かれた法(1)


   20150608棚田

 これまで見てきましたように、お釈迦さまは苦行を捨ててブッダガヤーの地でさとりを開かれ、5人の比丘にそのさとりの内容をお説きになりました。
 それ以後45年にわたって、お釈迦さまはインドの各地で、相手を選ぶこともなくそのおさとり(法)の内容をお説きになられました。

 今回以降では、お釈迦さまが説かれた「法・真理」の内容を学んでいきたいと思います。

 その際理解しておかなければならないことは、この「法」はお釈迦さまがこの世に出られるかどうかに拘わらず存在していたもので、それをお釈迦さまがこの世にお出になられて私たちに説きあかしていただいたということです。また換言すれば、お釈迦さまがこの世にお出にならなければ、私たちは永遠にこの法を知ることがなかったということにもなります。

 お正信偈に親鸞聖人が書かれた次のお言葉を思い出します。

 如来所以興出世 唯説弥陀本願海
  如来、世に興出(こうしゅつ)したまふゆゑは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。
  (如来が世に出られるのは、ただ阿弥陀仏の本願一乗海の教えを説くためである。)
 お釈迦さまがこの世にお出になられたのは、ただ阿弥陀仏のみ教えをこの私たちに説き聞かせるためだった、と聖人はお示しいただいています。
 また、聖人は、お釈迦さまは阿弥陀仏が私たちにその姿が見えるようにとこの世にお出になられた姿だともお示しいただいています。

 遠く2500年の時を隔て、インドという遠い地にお釈迦さまがお出にならなければ、私たちは、阿弥陀仏のみ教えを知ることができなかったのです。

 さらには、お釈迦さまが「あたかも草叢に覆いかくされていた古い道を見つけだされたように、ひとり真理への道に目覚めて仏陀になられたのであるから」(『仏教要説』)私たちもお釈迦さまのみ教えを仰ぎそれに従えば、成仏(私たち自身が仏になる)できるということもお示しいただきました。
 「私たち自身が仏になれる」ということは、他の宗教にはない仏教の大きな特徴であり、仏教のみ教えの根幹に当たるものだと思います。

 お釈迦さまがお出にならなければ、私たちはこの法に出逢うこともできず、煩悩に苦悩する生活から永久に抜け出ることができなかったということになります。

(写真は、長門市の東後畑というところから眺めた夕刻の棚田と日本海です)

 この東後畑の棚田は「日本の棚田百選」にも選ばれているそうですが、このように海を間近に見る棚田というのは多くないのだそうです。
 この棚田を維持するために実に多くのご苦労があることも忘れてはならないと思いながら見ていました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

124.「宗門総合振興計画」が決まりました


20150605経蔵
  20150605イチョウ  

 5月12日から14日の間に開かれた第309回臨時宗会で「宗門総合振興計画」が審議され全議案が可決され、6月1日より計画がスタートしています。

 この「宗門総合振興計画」は、専如新ご門主のご就任を機縁として決められたもので、平成37年3月までの10年(会計年度)を対象として3期に分けて推進されるものです。

 この計画では、宗門をともに支えあう私たち一人ひとりの使命は「あらゆる人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝え、もって自他共に心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献すること」とされ、次の3つの基本方針が定められました。

 1.仏教の精神に基づく社会への貢献
  仏教、特に浄土真宗にご縁の薄い方、まだご縁のない方を含めた、より多くの人々に対するはたらきかけをすすめていくものです。
 2.自他共に心豊かに生きる生活の実践
  上記の活動により仏教や浄土真宗にご縁ができた、または深まった人々にさらに積極的にみ教えを伝えていくための活動です。
 3.宗門の基盤作り
  上記1.および2.を宗門全体で実践していくための支えとなる組織の充実を図るものです。

 また、この計画は、今後予定されている次の大切な法要を展望したものでもあります。
  〇専如新ご門主の伝灯奉告法要(平成28年~29年)
  〇親鸞聖人御誕生850年および立教開宗800年慶讃法要(平成35年)

 そのうち、伝灯奉告法要の日程が次のように決まりました。

  平成28年 
   第1期 10月 1日~ 8日
   第2期 10月20日~27日
   第3期 11月 4日~11日
   第4期 11月18日~25日
  平成29年
   第5期  3月 7日~14日
   第6期  3月28日~4月4日
   第7期  4月11日~18日
   第8期  4月25日~5月2日
   第9期  5月 9日~16日
   第10期  5月24日~31日

(写真はご本山の「経蔵」とイチョウです。)

 6月1日にご本山にお参りする機会がありました。イチョウの若葉も緑色が深まっていました。
 この「経蔵」は境内のブックセンターの前にある建物で、1678年に完成したものです。大きな建造物が多い境内では目立たない建物なのですが、函数665、6323巻の、「大蔵経(一切経)」が収められていて重要文化財に指定されています。
 このイチョウはその独特の形から「逆さ銀杏」と呼ばれています。樹齢400年と推定され、京都市の天然記念物に指定されています。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

123.お釈迦さま(5)

20150601涅槃堂1s   20150601仏教遺跡3

 梵天の強い勧めを受けて、お釈迦さまはご自身が得られたさとりの内容について説くことを決心されました。

 お釈迦さまは、まず一緒に修行していた5人の比丘(びく:出家者のことです)に法を説こうと考えられました。この5人はお釈迦さまが出家された際に父王が警護の意味もあって付き添わさせた人で、その後お釈迦さまが苦行を捨てられたのを見て修行を放棄されたのだと考えてお釈迦さまのもとを去っていました。

 お釈迦さまはこの5人の比丘が住んでいる鹿野苑(ろくやおん)という場所に向かい、5人に対して初めてさとりの内容について説かれました。これを「初転法輪(しょてんぽうりん)」とお呼びしています。
 5人の比丘ははじめは、「修行を捨てた」とお釈迦さまを蔑んでいましたが、説法を聞くうちにお釈迦さまが説かれている内容がこの上なく尊い真理だということに気づき、5人はお釈迦さまの教化を受けた最初のお弟子となりました。

 お釈迦さまがこの5人の比丘を教化したことによって、仏(仏陀)、法(教法)、僧(信者)の三者(三宝)が備わり、仏教教団が成立したとされています。

 初転法輪の後、お釈迦さまはその後の45年間をご生涯を通して、相手をいとうこともなく時も所も嫌うことなく人びとの教化に努められました。
 その教化の範囲はガンジス川の中流域をカバーする広範な地域にわたり、雨期を除いてこの各地を巡って教化を進められたと伝えられています。
 またこの間、各地の王侯や有力者などが精舎と呼ばれる施設をお釈迦さまとお弟子に寄進され、ここが教化、布教の拠点となったとされています。マガダ国王のビンビサーラが寄進した竹林精舎、シュラバスティーの祇園精舎や、アームラパーリーという遊女が寄進したマンゴー林などが知られています。

 お釈迦さまがお示しになられた真理(法)については別途学んでいきたいと思っていますが、お釈迦さまが法を説かれるその説法は「対機説法、応病与薬」と呼ばれています。お釈迦さまは、相手の悩みの内容、理解度に応じて法を説くということを徹底して実行されたと伝えられます。
 このような説法により、お釈迦さまは王侯貴族から一般の民衆までを含む幅広い人びとに真理をお伝えになられ、それが受け入れられ、多くの信者がお釈迦さまのもとに集まりました。

 お釈迦さまは、45年の布教活動の後クシナガラの地で沙羅双樹のもとで静かに入滅されました。80歳のお年でした。
 次の言葉がお釈迦さまが残された言葉として伝えられています。
 「自らを灯とし、他を灯とするなかれ、自らに帰依し、法に帰依し、他に帰依するなかれ」

(写真はお釈迦さま入滅の地クシナガラに建てられている「涅槃堂」のお釈迦さまの像です)

 切手は前回ご紹介したシリーズの1枚で、同じクシナガラにあります「荼毘塚」と呼ばれている遺跡を描いたものです。お釈迦さまのご遺体はここで荼毘に付されたと伝えられています。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)
カウンター
カテゴリ
検索フォーム
リンク
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR