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105.お正信偈を読む(19):依経段(15)


20150330シキミ1
    20150330シキミ2

 今回は、「心光摂護の益」の続きとなります。前回の2句で聖人は、阿弥陀仏の光明に摂取されて衆生の無明は晴らされる、と示されましたが、続けて次のように記されています。

「御文」 貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天 (とんないしんぞうしうんむ じょうふしんじつしんじんてん)
「訓読」 貪愛(とんない)・瞋憎(しんぞう)の雲霧(うんむ)、つねに真実信心(しんじつしんじん)の天(てん)に覆(おお)へり。
「訳文」 貪(むさぼ)りや怒りの雲や霧は、いつもまことの信心の空をおおっている。

 阿弥陀仏の光明に照らされて無明の闇は晴らされたのですが、聖人は、貪愛や瞋憎が雲霧となって信心の空を覆っている示されます。

 この貪愛というのは、あらゆるものを欲しがり執着する自己中心の私の姿です。また、瞋憎は腹を立てて怒り、憎む私の姿です。前回出てきました三毒のうちの貪欲(とんよく)、瞋恚(しんに)に対応する私の煩悩です。
 聖人は私たちの煩悩について次のように記されています。
 「凡夫といふは、無明煩悩われらが身に満ち満ちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむことおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえずと」
 この煩悩は、消えることなく、臨終のその瞬間まで私たちをとらえてはなさいと言われます。

 ここで留意しなければならないことは、この真実信心の空を覆っているのは、誰かが邪魔しているからではなくて、「私が持っている煩悩、私がどうしても捨て去ることのできない煩悩」が原因であるという点です。
 私は、私自身が作り出し、逃れることのできない煩悩に遮られて阿弥陀仏の光明が見えなくなっているのです。

 そのような私たちはどのようにしてすくわれていくのでしょうか、次回に続きます。

(写真は、シキミです。)

 昨日、ご門徒さんのお宅に伺う途中で出会いました。これまで何度もこの場所を通っているのですが、花が咲いているのを見て初めてシキミだと気づきました。これまで見たことのないような大きな木でした。
 シキミ(樒)はハナシバ(花柴)とかコウシバ(香柴)とも呼ばれ、仏前によく使われる植物です。香りを持っている葉は乾燥させて抹香や線香の原料にされますが、花、茎、葉、実から根に至るまで全体に毒を持っていて、誤食すると死に至ることもあるそうです。

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104.お正信偈を読む(18):依経段(14)


20150327ミツマタ1
   20150327ミツマタ2

 少し間が空きましたが、引き続き「釈迦讃」をお読みします。

「御文」 摂取心光常照護 己能雖破無明闇(せっしゅしんこうじょうしょうご いのうすいはむみょうあん)
「訓読」 摂取(せっしゅ)の心光(しんこう)つねに照護(しょうご)したまふ。すでによく無明(むみょう)の闇(あん)を破(は)すといえども、
「訳文」 阿弥陀仏の光明はいつも衆生を摂め取ってお護りくださる。すでに無明の闇ははれても、

 今回から聖人は、阿弥陀仏の本願に遭うことができた人が受ける3番目の「利益(りやく)」、阿弥陀さまの光明にいつもおさめとられて護られるという「心光摂護の益」について述べられます。

 「光明」は阿弥陀さまの智慧を表すものとお聞きしました。迷いの闇を破り、真理を表すものです。
 「摂取」という言葉にもよく出会いますが、おさめとるという意味で、仏の光の中に私たち衆生をおさめとるということを表します。「宗祖讃仰作法(音楽法要)」の中に取り上げられ非常に印象に残っています和讃(浄土和讃)に次のお言葉があります。
 「十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなわし 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる」
 阿弥陀仏の摂取の光は、私たちをおさめとり、決してすてることなく護り通していただけるとお示しいただいています。
 続いて「無明」という言葉がでてきますが、「浄土真宗辞典」では「愚痴・無知ともいう。真理に暗く、縁起の道理を知らないことをいう。あらゆる煩悩の根源となるもの。十二因縁の第一支。三毒の一。」とされています。
 お釈迦さまは人間の根源的な苦悩を、生(しょう)、病死に至る12の因縁で示されましたが、その根源となっているのが「無明」とされました。
 また、三毒というのは貪欲(とんよく)、瞋恚(しんに)、愚痴(ぐち)の3つの代表的な煩悩とされています。現在の用法とは異なりますが、「無明」はその愚痴に当たります。

 今回の2句で、阿弥陀仏の光明に摂取されて衆生の無明は晴らされる、とお示しいただきました。ただ、この第2句は「すでに無明の闇ははれても、」と次の句に続いています。
 この次については、次回以降で学びたいと思います。

(写真は、ミツマタ(三椏)の花です。ちょうど今頃が見ごろです。)

 左の写真は、昨日、山口市徳地地区にある「重源の郷」で撮りました。施設の中に紙漉きの工房があって、その前にミツマタが植えてありました。ミツマタはコウゾ(楮)と並んで和紙の大切な原料になります。ミツマタは花も鮮やかですし枝の別れ方からも簡単に見分けがつくのですが、コウゾの方は全くわかりませんでした。実は左の写真にはコウゾの枝も写っているのですが・・・工房の方に教えてもらって初めて知りましたが、それだけでは絶対に見分けられないと確信(?)しました。
 右の写真は、京都の伏見にある「長建寺」というお寺のミツマタです。

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103.お釈迦さま(2)


    20150323釈尊誕生地4   20150323釈尊誕生地5

 今回はお釈迦さまのご生涯をたどる第2回目です。

 釈迦族の王子として誕生されたお釈迦さまは、生後7日にして母のマーヤー夫人を亡くされ叔母のマハープラジャパティーに育てられました。
 若きお釈迦さまは、父王シュッドーダナの期待と慈愛を一身に集められて成長されました。将来の王にふさわしい文武諸芸を学ばれ聡明な王子に成長されるのですが、その一方で、鋭敏な感受性と思索性も深められて瞑想にふけることも多かったとも伝えられています。
 父王はそのようなお釈迦さまを心配されて、妃を迎えさせられ、三季に適した宮殿を設けて歓楽生活をすすめてその憂いを晴らそうとつとめられたそうです。

 お釈迦さまは子供にも恵まれ、外から見るとなに一つ不自由のない生活を送っておられたのですが、ご自身は本当の幸福とは何なのかと悩み続けられました。
 そして、ついに妻子や社会的な地位、名誉を捨てて、城を出られ出家の道を選ばれました。29歳の時だったと伝えられます。

 お釈迦さまの苦悩や出家につながる逸話として次のようなことが伝わっています。

 (樹下の静観)
  お釈迦さまがまだ幼少の頃と伝えられていますが、畑で掘り出された土の中の虫を見ておられると、一羽の鳥が飛んできてその虫をくわえて飛び去ったということがあったそうです。お釈迦さまは、強いものが弱いものを痛めつけるこの世の姿に心を痛められて、一人樹下に思い沈み、長時間静坐されたということです。

 (四門出遊)
  お釈迦さまが郊外に出ようとされた時に次のようなことがあったと伝えられています。
  東門に差しかかったところ、老人が杖にすがって歩いているのに遭われました。
  南門に差しかかったところ、今度は病に倒れている人に遭われました。
  西門に差しかかったところ、葬式の列に遭われました。
  これらのことからお釈迦さまは、今は若く、健康で、満足した生活を送っている自分も、いずれは老い、病み、そして命を終える存在なのだと深く気づかされました。
  そして、最後の北門に差しかかったところ、一人の出家者に出逢われたということです。お釈迦さまはその出家者の威厳のある態度と穏やかな様子に感動し、これこそが自分の進む道だと確信されたと伝えられています。

(写真は、お釈迦さまのおられたカピラ城跡と伝えられるティラウラコットの周辺の風景です)
 
 左の写真は遺跡のすぐ前にあった民家です。背の高い植物はトウゴマという植物で、日本ではせいぜい背丈くらいにしかなりませんが、インドでは各地でこのように高く成長した姿を目にしました。トウゴマの種子から採られる油は、ひまし油として広く使われています。この油は古くから利用されていたそうで、インドでも紀元前2000年には灯明用あるいは便秘薬として使われたという記録があるそうです。
 右の写真は、城壁の向こうをゆっくりと過ぎていく羊の群れです。
 お釈迦さまの当時もこのような光景があったのではないか、と思いながら眺めていました。

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102.ご紹介します(4):「二人が睦まじくいるためには」

 
20150320本1    20150320本2    

 1月27日のNHKの「クローズアップ現在」という番組で吉野弘さんという詩人が紹介されていて、「祝婚歌」というタイトルがつけられた詩が取り上げられていました。
 これまでも結婚式の祝辞の中でその詩の一部が取り上げられているのを聞いた記憶がある詩なのですが、全文については知りませんでしたし、吉野さんについても全く知らなかったのです。
 その詩が掲載されている本、「二人が睦まじくいるためには」を注文して最近入手できましたので、今日はこの詩をご紹介したいと思います。

 まず、少し長くなりますが詩の全文です。

 「二人が睦まじくいるためには
  愚かでいるほうがいい
  立派すぎないほうがいい
  立派すぎることは
  長持ちしないことだと気付いているほうがいい
  完璧をめざさないほうがいい
  完璧なんて不自然なことだと
  うそぶいているほうがいい
  二人のうちどちらかが
  ふざけているほうがいい
  ずっこけているほうがいい
  互いに非難することがあっても
  非難できる資格が自分にあったかどうか
  あとで
  疑わしくなるほうがいい
  正しいことを言うときは
  少しひかえめにするほうがいい
  正しいことを言うときは
  相手を傷つけやすいものだと
  気付いているほうがいい
  立派でありたいとか
  正しくありたいとかいう
  無理な緊張には
  色目を使わず
  ゆったり ゆたかに
  光を浴びているいるほうがいい
  健康で 風に吹かれながら 
  生きていることのなつかしさに
  ふと 胸が熱くなる
  そんな日があってもいい
  そして
  なぜ胸が熱くなるのか
  黙っていても
  二人にはわかるのであってほしい」

 この詩の中の
 「互いに非難することがあっても 非難する資格が自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい
  正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい
  正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと 気付いているほうがいい」
 という部分に強く共感を感じました。
 吉野さんは昨年亡くなられたのだそうですが、番組で紹介されていた、遺品から見つかった次の文を一緒に読みますと、吉野さんが言われたかったことが伝わってくるような気がします。

 「人間は、その不完全を許容しつつ、愛し合うことです。
  不完全であるが故に退け合うのではなく、人間同士が助け合うのです。
  他人の行為を軽々しく批判せぬことです。
  自分の好悪の感情で、人を批判せぬことです。
  善悪のいずれか一方に、その人を押し込めないことです。」

 私たちは、自分で考え、自分の意見を述べ、また相手の声を聞くということを行いますが、よく考えてみるとその行動の中心にはいつも自分というものが据えられているようです。自分の意見を述べる場合はもちろんのこと、相手の考えを聞く、という場合でも、それは自分の考えと合っているのだろうか、という聞き方をしているように思えます。
 この相手は自分の味方なのか、敵なのか、自分に有益な人間か、良い人間か悪い人間か、と思考と行動の中心にはいつも「自分」が置かれているように思えます。

 自分の考えに道理があって相手の考えが誤っている、と思えるときが一番厄介なのかもしれません。私は正しいことを述べているのですから、もう怖いものはありません、正義に反するものは悪なのです・・・と居丈高に主張を強め、相手を非難してしまいます。そのことによって、私は「言ってやったぞ」と充実感を感じていて、実はそれが隠れた主な目的だったということもあるかもしれません。

 吉野さんの詩の奥には、太平洋戦争の敗戦で、それまで持っていた価値観が一気に崩壊したという体験があると、番組で紹介されていました。
 私の存在も、私の意見も、私の正義もいつも相対的なのだ、という感覚を終生持ち続け、そのことで虚無的になることなく、人にやさしくあり続けようとした詩人だったと思います。

 NHKの番組の記録はこちらです⇒http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3606_all.html

(写真は、その本です。「3月1日第21刷発行」とされています。注文から入手までに珍しく時間がかかったのは、品切れだったからのようです)

 帯に「初々しいふたりと 少し疲れたふたりに」とあってちょっと笑ってしまいました。その「少し疲れたひとり」がいたく感銘を受けたのです。

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101.春の永代経法要をお勤めしました

20150316集合写真  20150316仏婦メンバー

 一昨日、3月14日に春の永代経法要をお勤めしました。

 前夜は雨だったのですが、朝には晴れて少し暖かさも感じることができる陽気になりました。
 ご講師に豊田組 清徳寺の尾寺俊水師をお迎えして、午前、午後の二座でお話を伺いました。

 ご講師のお話の中で印象にのこりました子供さんに関するお話をご紹介します。

 一つは、お年のいかれたご門徒さんとお話をしておられると、昔子供のころにお寺の本堂の床下で遊んだことやお寺の行事でお菓子をもらったこと、など昔のお寺に関する思い出が心に残っていて、それが今もお寺とのつながりを実感できる要因になっているのだと感じられたというお話でした。
 小さなころに仏さまを意識したという経験は大人になっても心の奥にのこる大切な経験なのだ、と改めて感じました。  
 その点から見ますと、最近の壽福寺には子供さんのお参りというものはほとんどなくなっています。昔はたくさんの子供たちが遊び回る場だったのですが、子供たちにお寺と接するという経験をしてもらうこともますます重要になっていると改めて感じました。

 もう一つは、人間の子供と猿の知能に関するお話でした。人間の子供も猿の子供も3歳前まではほぼ同じペースで知能を高めて行くのだそうです。ところが、3歳ころから違ってくるのは、死というものを意識するかどうかというところなのだそうです。
 猿は自分が死ぬのだということは意識することなく過ごすのだそうですが、人間の子供は3歳くらいになると、誰もが死んでいくのだということを意識し始めるということです。自分が死んだらどうなるのだろうかという不安を持ち始めた子供たちに、どのように接するがよいのか、ということがご講師の問題提起でした。
 ご講師は、そんな子供さんに「あなたは阿弥陀さまにいつもおんぶしていただいているのですよ」と語りかけてあげてはどうか、とお話しいただきました。「あなたはいつも阿弥陀さまに大切に守られていて、命が終わるときには、今度は阿弥陀さまのお浄土で生きていくことができるのですよ」と、人は必ず死ぬものであることをしっかりと伝えて、その上で、「死んだらそれでおしまい」ではないのだということを話してあげることが大切なのだとお話いただきました。
 報恩講で伺ったお話とも通じるところのあるお話でした。

 ご法話の後、第3回目となります勉強会を行いました。15名の方にご参加いただき、お正信偈の「本願名号正定業成」から「必至滅土願成就」の部分について学びました。

 今回も、法座の準備、運営について多くの方々にお世話になりました。
 3月12日には、仏教婦人会の杉山博子会長、井上幹子副会長に本堂の清掃と会場の設営をいただきました。
 また、法座の当日には、総代の井上啓志さん、今橋庄二さん、徳田順久さんに受付、会計の仕事をお願いし、仏教婦人会の杉山会長、井上会長をはじめ魚次末子さん、山根幸江さん、志賀信子さんにお斎の準備、給仕、後片付けをお願いしました。
 いつもお力添えをいただき、お礼申し上げます。

(写真は、向拝での集合写真と、お手伝いいただいた仏教婦人会の方々です)

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100.宇部北組仏教婦人会連盟理事会


20150313.jpg
 

 去る3月10日、瓜生野の明専寺さんで宇部北組仏教婦人会連盟の理事会が開催され、壽福寺からは杉山会長と住職、坊守が出席しました。

 この宇部北組の仏教婦人会連盟というのは、北組内の12か寺の単位仏教婦人会によって構成されているものです。例年3月に理事会を開催し、新年度に開催される総会の運営方法、議題(決算報告、予算案など)について検討する場となっています。

 今回は次のような事項について内容の検討、確認が行われました。

 1.今年度総会の開催要領
  ・日時 4月9日(木)10:00~15:00すぎ(受付 9:30~)
  ・会所 明専寺
  ・総会の内容
   平成26年度活動報告、会計報告、会計監査報告
   平成27年度活動計画、会計予算
   新役員紹介
  ・研修会
   講師 清福寺住職 林正文 師
   内容 法話(午前)と腕輪念珠の作成(午後)
  ・参加予定人員
 
   会所の明専寺さん(手伝いの方も参加される)以外の寺には住職を除き6名の参加を要請することとし、総参加人員を約80名程度と想定して計画することとなりました。

 2.その他
  今年度は宇部北組を引き受けとして山口教区の子供会の行事が予定(8月27日)されていますので、連盟の役員および会員に協力をお願いすることとなりました。
  また、その行事でも腕輪念珠を作成することになっていますので、子供たちを指導できるように今回の総会で習熟しようということになりました。

 この連盟の役員は3年ごとに順番に就任することになっていて、今年が役員交代の年に当たっています。
 今年度から向こう3年間は次の体制となります。( )内は今年度までの担当です。
  会長(および事務局) :壽福寺(光安寺)
  副会長(会計担当)  :西念寺(壽福寺)
  副会長(会計監査担当):明専寺(西念寺)
 (ただし、今年度の行事のうちこの総会までは、旧の担当寺院で実施することになっています)

(写真は、先日の寺の朝の様子です)
 当日はその後の冷え込みとは違い快晴の朝でした。境内にはまだ朝日が当たっていなかったのですが、向かいの山は朝日で明るく輝いていました。

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99.お正信偈を読む(17):依経段(13)


20150309オオイヌノフグリ1
   20150309オオイヌノフグリ2

 前回に続いて「釈迦讃」をお読みします。

「御文」 凡聖逆謗斎廻入 如衆水入海一味 (ぼんじょうぎゃくほうさいえにゅう にょしゅしいにゅうかいいちみ)
「訓読」 凡聖(ぼんじょう)・逆謗(ぎゃくほう)斎(ひとし)しく廻入(えにゅう)すれば、衆水(しゅすい)海に入りて一味(いちみ)なるがごとし。
「訳文」 凡夫も聖者(しょうじゃ)も、五逆(ごぎゃく)のものも謗法(ほうぼう)のものも、みな本願海に入れば、どの川の水も海に入ると一つの味になるように、等しく救われる。

 今回は、阿弥陀仏の本願の信心を得た人が恵まれる5つの利益(りやく)の2番目で、どのような人であっても、平等に救われるという利益、「平等一味の益」です。

 親鸞聖人はここで、凡聖、逆謗などあらゆる人は、自力の心を改めて真実信心の海に入れば、みな等しく救われる、とお示しいただいています。どの川の水も海に入れば一つの味になるという譬えを使われています。
 「凡聖、逆謗」という言葉は、聖人が著された『尊号真像銘文』というご本では、「小聖・凡夫・五逆・謗法・無戒・闡提」と説明されています。聖者も凡夫も、悪人、法をそしる人も、どのような人でも、阿弥陀仏のご本願により煩悩を持ったままで救われると仰っています。

 小聖というのは、小乗のさとりを得た聖者や大乗の菩薩方のことです。
 
 五逆と謗法については、以前「浄土真宗のことば:本願」で学びましたが、阿弥陀仏のご本願はこのような重い罪を犯したものにも向けられているのだとお示しいただきました。
 無戒は戒律がないこと、闡提は、世俗的な快楽を追及するのみで正法を信じずさとりを求める心がなく成仏できない衆生のことを意味します。

 まったく私事になりますが、子供の頃、今回の第2句の部分を、悪い海賊の一味のことを言っているのだと思い込んでいたことがありました。それで、今でもお勤めをしていてこの部分に来るとそのことを思い出します。

(写真は、先日荒滝山のふもとで撮った花です)
 オオイヌノフグリという怪しげな名前を持った植物ですが、名前に似合わず可憐な花を持っています。早いものは1月の終わり頃から咲き始め、春を予告するような花です。

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98.お正信偈を読む(16):依経段(12)


20150306釈尊誕生地2
  20150306釈尊誕生地3

 今日は「釈迦讃」の3回目になります。

「御文」 能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃(のうほついちねんきあいしん ふだんぼんのうとくねはん)
「訓読」 よく一念(いちねん)喜愛(きあい)の心を発すれば、煩悩を断(だん)ぜずして涅槃(ねはん)を得(う)るなり。
「訳文」 信をおこして、阿弥陀仏の救いを喜ぶ人は、自ら煩悩を断ち切らないまま、浄土でさとりを得ることができる。

 前2回の「釈迦讃」で親鸞聖人は、お釈迦さまがこの世にお出になられたのはひとえに阿弥陀仏のご本願を説くためであった、ということをお示しになりました。
 今回以降で親鸞聖人は、阿弥陀仏のご本願を受け入れた人がどのような利益(りやく)をうけるのか、ということを示されます。

 私たちは「利益(りやく)」という言葉でどのようなことを思い浮かべるでしょうか。
 最初に思い浮かべるのは、家内安全、交通安全、商売繁盛、健康などの「ご利益」ではないでしょうか。

 ただ、理解しておかなければならないのは、これらの「ご利益」はいずれも非常に不安定なものだということです。私たちがそれを手にしたとしてもいつなくなってしまうかわからない極めて不安定なもので、それゆえに手に入れたらそれを失いたくないとそれでまた悩みを生じるという性格ももっているものだということです。

 これに対して親鸞聖人は、私たちが信心をいただく(一念喜愛の心を発す)ことによって受けることができる利益を「お正信偈」の中で五つ示しておられます。これらの利益は前に挙げた不安定な利益ではなく、永遠の安定まさしく涅槃を得ることができる利益なのです。

 本日の2句目(不断煩悩得涅槃)がその最初のものになりますが、「不断得証の益(やく)」とお呼びするものです。
 ここでは、「自ら煩悩を断ち切らないまま、浄土でさとりを得ることができる、という利益」が示されています。

 仏教の究極の目的は、煩悩を断ち切って涅槃の状態に入ることなのですが、私たちにはこの煩悩を断つということが非常に難しい、というより不可能なことのように思われます。先にもあげましたように、何かを得てもそれをなくしたくない、もっと欲しい・・・など煩悩の種は限りなく再生産されます。私たちはいつまでも迷いの世界から逃れることはできないと言わざるを得ません。

 では、なぜ「煩悩を断たないままで涅槃を得ることができる」と聖人は仰ったのでしょうか。
 それは、阿弥陀仏はこのような私たちを哀れに思われてご本願を起こされたからだと聖人はお示しいただきました。この阿弥陀仏のご本願に遇い、そのお呼びかけを受け止めることができれば、私たちは涅槃を得ることができるのだと聖人は仰っているのです。

 このように、私たちは阿弥陀仏のご本願によって煩悩を持ったままさとりを得ることができる、とお示しいただきました。
 ただ、忘れてはならないことは、私たちがどのように努力しても、もがいても自分の力では煩悩を断つことができない存在であるという、自分自身にたいする慙愧の思いがなければならないということではないでしょうか。「放っておいても私は救われる」のではなく、「こんな私でも救っていただける、もったいなくありがたいことだ」という思いがなければならないと思うのです。
 それが阿弥陀仏のご本願に対する心からの報謝の思いになるのだと思います。

 (写真は、ネパールのティラウラコットにある仏教遺跡です)

 お釈迦さまが出家されるまで住んでおられたカピラ城の場所については、インド説とネパール説があるのだそうです。写真のティラウラコットがネパール説の場所だとされています。お釈迦さまがなくなられて1000年ほどは仏教徒の巡礼の地であったとされていますが、その後この地域ではヒンドゥー教やイスラム教が力を持つことになって、仏教遺跡は荒廃しその場所もはっきりしないという状況になりました。
 遺跡に立つと、お釈迦さまが従者とカンタカという名前の馬とともに城を抜け出されたというその姿が遠い時間を超えて見えてくるような思いがします。

 最近になって、インドでも仏教遺跡の修復、保存に力が入れられるようになったということですので、今後さらに整備が進められることと思われます。

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97.仏教婦人会幹部会を開催


20150302仏婦会
 

 昨日3月1日、壽福寺の仏教婦人会幹部会が開催されました。

 当日は杉山博子会長、井上幹子副会長及び地区担当の役員のみなさん10名の方に出席いただきました。
 本堂で「讃仏偈」のお勤めののち、庫裏にて会議を行いました。内容は次の通りです。

  1.住職挨拶

  2.平成26年度活動状況報告

  3.平成26年度会計報告、会計監査報告
   井上副会長より下記の会計報告が行われました。(単位:千円)
    前年度繰越金 196
    収入      36(主なもの:会費25)
    支出      37(主なもの:大会等参加費11、組・教区負担金11など)
   次年度繰越金  195

   この会計報告について、屋敷都志子会計監査担当より決算は正確に行われている旨の報告がありました。

  4.協議事項
   (1)宇部北組仏教婦人連盟大会の開催について
    4月9日(木)10:00~ 於 明専寺

   (2)各法座のおとき等ご奉仕の担当確認について
    春法座(3月14日) 万倉、船木、森広地区ほか
    降誕会(5月 3日) 吉部地区
    夏法座(7月11日) (おとき無し)
    秋法座(9月 6日) 伊佐地区
    報恩講(11月8日) 各地区幹部

   (3)婦人会行事について
    今年、次のような婦人会の行事を企画しようということになりました。
     時期:春(境内のフジが咲くころ)
     内容:お勤め、法話、昼食(フジ棚の周辺で)

 今年度から杉山会長が宇部北組の仏教婦人会連盟の会長に就任され、壽福寺が事務局を担当することになっています。ご協力いただいて、活動を盛り上げていただきたいと思います。

 (写真はご出席いただいた幹部の方です)
  お世話になりますが、よろしくお願いします。

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