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53.浄土真宗の教章(8)


20140929キンモクセイ1
   20140929キンモクセイ2

 本日の「浄土真宗の教章」は、「宗門」の項です。
 これまでご一緒に学んできました「浄土真宗の教章」も本日の「宗門」で最後となります。

 「教章」には次のように記されています。

 宗門 この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。

 ここでは、私たちの教団は「同朋教団」であると示されています。
 「同朋」という言葉には、私たちは阿弥陀如来から信心をいただいたもの同士ですから、ともにご法義をいただく仲間として敬いあっていくということが示されています。
 私たちは法名に等しく「釈」の字をいただいていますが、これは、ともにお釈迦さまの弟子となることの名乗りだと伺いました。古くインドでもお釈迦様の僧伽(さんが=出家者の教団)では、弟子として入門した者はみな等しく仏弟子として敬いあったと伝えられています。これが「同朋」の意味だと思います。

 阿弥陀如来の智慧と慈悲によって救われた私たちは、その喜びをまわりの人々に伝えることが求められています。
 もとより私たちは「煩悩具足」の身には違いありませんが、私たちがお念仏を喜ぶ姿や、私たちの明るく元気な生き方をまわりの人が見た時に、お念仏の生活はこういうあたたかい世界なのかと知っていただければこれは嬉しいことです。
 このような私たちの生き方が、自己中心的になりがちな現代社会で「自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現」にほんの少しでも貢献できればこれに勝る喜びはない、と思います。

 前回ご紹介しましたが、「浄土真宗の生活信条」をこの「教章」の光の中で読み返してみると、私たちに示された生活のありかたが改めて確認できるような気がします。そしてそのことが、教章に(私の歩む道)と付言されている意味だと思うのです。

 以上、8回にわたって学んできました「浄土真宗の教章」も本日で終わりとなりました。
 最初に申しましたように、この8回の記事を作成するにあたっては、「浄土真宗の教章」が改訂された際に発行されました「『浄土真宗の教章(私の歩む道)』を理解するために」という資料を参考にさせていただきました。
 私の理解の誤りや理解の浅いところもあると思いますが、私としては改めてこの教章を読み返し、思い返すよい機会になりました。
  
(写真は、玄関前のキンモクセイです)
 
 9月25日に咲き始めているのに気付いたのですが、ここまで咲きました。

(このブログは毎週2回、月曜日と金曜日に新しい記事を載せる予定ですので、また覗いてみてください)

 
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51.浄土真宗の教章(7)


20140922ホトトギス
 

 今日は、「浄土真宗の教章(私の歩む道)」の「生活」の項です。
 教章では次のように示されています。

 生活 親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、慙愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。

 ここでは、私たちの信仰生活について、「聴聞」(「阿弥陀如来のみ心を聞き」)と「念仏」(「念仏を称えつつ」)とがその中心であると示されています。

 浄土真宗は他力の信心を恵まれるみ教えで、その信心は聞くことによってのみ恵まれると伺いました。 
 阿弥陀如来のよび声を聞き、如来の智慧の光の中で「つねにわが身をふりかえり」
  私の本当の姿、自己中心的で深い闇をかかえた姿に気づき(慙愧:ざんぎ)
  そのような私のために、常に働いていてくださる如来の願いに気づく(歓喜:かんぎ)
 ことが私たちの信心だとお示しいただいています。

 このような阿弥陀如来のご恩に対して報謝のお念仏を申し上げることが、私たちの生活の中心とされる所以です。

 私たちは、阿弥陀如来の智慧の光に照らされ、常に働きかけていただいているのですから、もはや迷信などに迷わされることはありませんし祈祷などに頼ることもありません。(「現世祈祷(げんぜきとう)などにたよることなく」)

 「浄土真宗本願寺派宗制」にも次のように定められています。

 第五章 宗範
  本宗門に集う人々は、親鸞聖人の行跡を慕い、常に阿弥陀如来の本願を依りどことろとする念仏の生活にいそしんで仏恩報謝に努め、現世祈祷を必要としない無碍(むげ)の一道を歩むのである。

 また、「浄土真宗の生活信条」という文章がありますが、ここにも次のように述べられていて「教章」と同じ心が示されています。

 一、み仏の誓いを信じ、尊いみ名をとなえつつ強く明るく生き抜きます
 一、み仏の光りをあおぎ、常にわが身をかえりみて感謝のうちに励みます
 一、み仏の教えにしたがい、正しい道を聞きわけてまことのみのりをひろめます
 一、み仏の恵みを喜び、互にうやまい助けあい社会のために尽くします

(写真の花はホトトギスです)

 裏の庭に咲いています。ことしはたくさん花のつけましたが、これが最後の花になりそうです。
 ホトトギスという名前は、花の紫色の斑点が鳥のホトトギスの喉の模様に似ているところからつけられたということです。
 このホトトギスはユリ科ホトトギス属に分類されます。ホトトギス属には多くの種があるのですが、写真のホトトギスはどの種に当たるのかよく分かりませんので、単にホトトギスとしておきました。

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46.浄土真宗の教章(6)

20140908センニンソウ1    20140908センニンソウ2

 「浄土真宗の教章」は、前回見ました「経典」の次に「教義」、「生活」、「宗門」という項が続いています。

 今回はその「教義」を取り上げたいと思いますが、教章には次のように書かれています。

 教義 阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏(ぶつ)となり、迷いの世に還(かえ)って人々を教化(きょうげ)する。

 ここでは、次のことが示されています。

 1.私たちは、阿弥陀如来の本願の力によって信心を与えられ、念仏を申すことができ
 2.私たちは、この世での縁が尽きたときには阿弥陀如来の浄土に迎えられて仏となり
 3.その後、私たちは、この迷いの世界に還ってきて人々を救うことができる
 
 1.項では、私たちは、「自分が信心を得ている、自分がお念仏申し上げている」と思っていますが、これは実は阿弥陀如来の本願が私たちに届いてそのことによって私たちが信心を得ることができ、お念仏申し上げているのだということが示されています。
 お盆の項で申しましたように、「南無阿弥陀仏」の名号(お念仏)は阿弥陀如来の「必ず救うから、我にまかせよ」という呼びかけ、召喚だと親鸞聖人は示されました。また、私たちが口にするお念仏は、「私のことは全て阿弥陀さまにおまかせします。このような私をお救いいただきありがたくもったいないことです」というお礼の言葉なのです。

 これに続く2.、3.項は、往相回向、還相回向とお呼びしているものです。

 その阿弥陀如来のご本願の働きにより、私たちはこの世に縁が尽きたとき(つまり死を迎えるとき)には、間違いなくお浄土に往生させていただくことができ、しかもそのことは私たちが生きている今現在定まっているのだということを聖人は示されました。
 この阿弥陀如来のご本願のはたらきを「往相回向」とお呼びしています。

 そしてその後、私たちは阿弥陀如来のご本願のはたらきによりこの迷いの世界に還って、み仏とともに人々をお浄土に迎える役割を果たすと示されました。これを「還相回向」とお呼びしています。

 お浄土に向かう往相回向もお浄土から還る還相回向も、ともに阿弥陀如来の本願(他力)によるものだということがここで示されています。
 親鸞聖人は「正信偈」の中では次のように記されています。
  往還回向由他力 正定之因唯信心(往還の回向は他力による。正定の因はただ信心なり。)
 
 
(写真は、センニンソウです)
 昨日、荒滝山のふもとの駐車場で写しました。右の写真の後方に見えるのが荒滝山です。
 センニンソウは、テッセンやクレマチスと呼ばれる植物と同じ属の植物で、純白の花を持っています。

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44.浄土真宗の教章(5)

20140901三部経1   20140901三部経2

 しばらく間が空きましたが、今回は「聖典」の項に移ります。

 「教章」には次のように記されています。

 聖典 ・釈迦如来が説かれた「浄土三部経」
      「仏説無量寿経」「仏説観無量寿経」「仏説阿弥陀経」

     ・宗祖 親鸞聖人が著述された主な聖教
      「正信念仏偈」(「教行信証」行巻末の偈文)
      「浄土和讃」「高僧和讃」「正像末和讃」

     ・中興の祖 蓮如上人のお手紙
      「御文章」

 旧の「教章」では、「経典」として「浄土三部経」のみが掲げられていました。
 新しい「教章」では、これに親鸞聖人の著わされた「正信念仏偈」と「三帖和讃」(上記の「浄土和讃」、「高僧和讃」、「正像末和讃」のことです)、さらに第八代宗主蓮如上人がご門徒さんに宛てて書かれたお手紙である「御文章」が加えられたということになります。
 これは、私たちは日常の勤行で「正信念仏偈」と「和讃」、「御文章」を拝読し、これらの聖教が親しいものになっているということから「聖典」に加えられたと伺いました。

 宗門の「憲法」に当たる「浄土真宗本願寺派宗制」では、上記の聖教の他に、七高僧の著述、親鸞聖人の他の著述などが聖教に加えられています。

 この七高僧とお呼びするのは、親鸞聖人が祖師と定めて尊崇されたインドの龍樹(りゅうじゅ)菩薩、天親(てんじん)菩薩、中国の曇鸞(どんらん)大師、道綽(どうしゃく)禅師、善導(ぜんどう)大師、日本の源信(げんしん)和尚、源空(げんくう)聖人の7人の高僧方です。
 親鸞聖人はお「正信偈」の中でこの七高僧を一人ひとり取り上げられて、そのご功績を讃嘆しておられます。

(写真は、「浄土三部経」のお経本です)

 左の写真は右から順に、
  「仏説無量寿経(上)」、「仏説無量寿経(下)」、「仏説観無量寿経」、「仏説阿弥陀経」 です。
 右の写真は、「浄土三部経」が全ておさめられたお経本です。同じく「折本」ですが、用紙の裏表両面にお経文が印刷されています。

 この「折本(おりほん)」と呼ばれる形は、お経本の最初の形態である「巻子(かんす、けんす)本」(巻紙の形です)を一定の幅で折りたたんだ蛇腹形になっています。折本の方が特定の場所を開くのに便利だということで、巻子本にかわって広く用いられるようになったと言われています。

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36.浄土真宗の教章(4)


20140801釈尊1 (1)
   20140801釈尊2 (2)

 本日も、前回に続いて「浄土真宗の教章」の「本尊」について見てみます。

 ご門徒さんとお話していて時々、「お釈迦様はおまつりしないのですか?」と尋ねられることがあります。
 お釈迦様は仏教を開かれた大切な方なのに、お寺の本堂にもご家庭のお仏壇にもお姿が見えないのはなぜなのですか、という疑問です。

 お釈迦様(釈尊)は約2500年前にインドの地で悟りを開かれ、現在の私たちにまで遠く時間と距離を超えて伝わる仏教を開かれた方です。お迦さまがおられなかったら、阿弥陀如来のお救いの光について私たちは知ることがなかったと言えます。
 そのようなお釈迦様をどのように考えたらいいのでしょうか?なぜお姿が見られないのでしょうか?

 親鸞聖人が作られたご和讃『浄土和讃』に次のご和讃があります。
  久遠実成(くおんじつじょう)阿弥陀仏 五濁(ごじょく)の凡愚(ぼんぐ)をあはれみて
  釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)としめしてぞ 迦耶城(がやじょう)には応現(おうげん)する

 (計り知れない遠い過去に正覚を成就し仏になられた阿弥陀如来は、迷いの世界で悩み苦しむ私のために、お釈迦様となってブッダガヤの地で悟りを開かれ、私に見える姿となり、聞こえる声になって仏法をお伝え下さった)

 このように、親鸞聖人は、お釈迦様は阿弥陀如来がご本願を私たちに伝えるためにこの世にお出になられた姿なのだと、説かれています。
 阿弥陀如来とお釈迦様は決して別の方ではありません。従って、私たちが阿弥陀如来の尊前で合掌礼拝するときには、当然にお釈迦様に対しても合掌礼拝しお礼を申し上げていることになります。

(写真は、ブッダガヤの「大菩提寺」です。釈尊はこの地の菩提樹のもとで悟りを開かれたと伝えられています)

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